四十四話
愛咲家編おわりです
「出たけど……なに話してたの?」
「これから頑張ってくれって話かな」
「………それだけ?」
風呂から出てきた愛咲は話の内容が気になってしょうがないみたいだ。
「春出てくるの早くないか?」
「いつもと一緒よ!……ほんとにそれだけよね?」
「それだけだ。………あの日は帰ってからはしゃいでた、とだけ」
「はしゃいでなんてないから!!お父さんたち勝手に変なこと言わないでよ!」
「ははっ!!今みたいな感じだったよな?」
「そうね〜!」
「っ……違うからね??」
至近距離でその目力は怖い。
いや、それより風呂上がりだからシャンプーやら石鹸やらの甘い匂いがしてきてちょっと困る。
「わかってるって………あと少しだから座りなよ」
「………わかったわよ」
そうして待つこと30分、
「今月の大変身女性のそのワケはなんなのかシリーズ〜〜!!!」
ついに番組が始まった。
「おお!春映ってるぞ!!!」
「うわ〜!!!ほんっと綺麗ねあんた!!!」
「ふ、2人とも静かにしてよ!」
そう言う愛咲にも余裕はない。
やっぱり自分をテレビで見るのと収録しているのでは感じ方が全く違うんだろう。
おれも自分がマネージャーをしているアイドルがテレビに出ていることにテンションが上がってきていた。
それから数分して、あの場面へ–––––
「春めちゃくちゃ受けてるわよ!?すごい!!」
「なんていうか本当に芸能人らしく見えるな!!あんなコメントが言えるなんて…」
ほかのアイドルに切れ込み、さらにそこから司会にまで手を伸ばす。見事の一言だ。笑い声は足されているせいか、より面白さが増している。
いいシーンに編集してくれたな…と、おれは安堵していた。
ただし、
「…………………」
すごく嬉しそうな夏子さんと拓哉さんに比べて愛咲は少し静かだった。
いや静かというよりは、
「……なに泣きそうになってんだよ」
「………うっさいポンコツ」
目から溢れ出そうになる涙を必死に堪えていた。
自分がテレビに出て、放送時間帯はゴールデン、そして流れも生み出せている。笑いも取れている。
バラエティに出るアイドルとしては完璧じゃないだろうか。
「笑って見ないともったいないぞ?こんな面白いんだから」
「……わかってるわよ……」
抑えようとすればするほど涙は溢れてきていた。
それは可愛いキャラとして燻っていた自分から変われたこと、そして新しい本来の自分でもやっていけるとわかったこと。
色々な思いが愛咲の中で入り混じっているんだろう。
「………良かったわね、春」
「こんなすごい娘を持てて俺たちは幸せだな」
そんな愛咲の後ろから2人が暖かい言葉を向ける。
おれなんかよりずっと見てきた2人だ。おれがマネージャーになるまで支えてきた2人。
その言葉の重みをきっと本人も感じている。
「………ぅん、…っ……良かっ、た……ほんとに、よかった………!!!…」
2人に支えられる形で、目から零れ落ちる涙を拭くこともなく愛咲は泣き続けた。
–––––––––––––––––––––––––––––––––––
「それじゃあ、おれは帰ります」
「泊まっていけば–––––「絶対無理!!」………わかった」
「今日は来てくれて本当にありがとうね」
「はい。こちらこそご馳走さまでした」
デビューを見終わったあと、愛咲になぜか蹴られまくったので早々に退散することにしたわけだ。
予想より濃い時間を過ごせたし、良い両親、いい家族で本当に良かった。これからも仲良くしていけそうだ。
「じゃあな愛咲」
あんまり深く話すタイミングでもなさそうだし、軽く挨拶して帰ろうとしたが
「––––うちは舞崎だぞ?」
「………え?」
拓哉さんに訂正される。
「愛咲春が芸名だっていうのは聞いてないのか?」
「あっ………そういやそうだった……」
だから愛咲にプライベートの時は愛咲はやめろって言われたやつだな……。
本当にプライベートで会うとは思わなかったけど。
「うちの苗字は舞崎なのよ」
「すいません。つい、いつもと同じように言ってしまって………じゃあな舞崎」
1文字違うだけでなんか恥ずかしいな……知り合ったばっかみたいだ。
そう思いつつも次こそ帰ろうとすると
「––––舞崎は3人いるぞ?」
「へ?」
また、待ったをかけられた。
「ここにいるのはみんな舞崎よね〜?」
「は、はぁ……」
この流れは………
「………ま、前にも言ったでしょ。………プライベートは……春でいいわよ」
「っ………」
やっぱりそうだった。
……てかそんな顔を赤くしながら言われるとこっちも照れるんだが………
「春ったら顔真っ赤にしちゃって〜〜青春ね〜!!」
「あ、赤くないから!!!さっき泣いてたからよ!!…………あんたも何見てんの!!さ、さっさと帰れば!?」
「お、おぅ」
男子圧巻の勢いに無理やり体が押され動き出す。
でも少し歩いて、騒がしい後ろを振り返った。
「––––––またな、春」
「っ…………ん……またね」
さっきより、赤くて、でも少し嬉しそうな表情のアイドルがそこにはいた。
「はぁ〜〜恥ずかしがっちゃって!!!やっぱ可愛いわね春〜」
「お父さんもきゅんきゅんきちゃったぞ!!!また前のDVD見返すか!!」
「は、恥ずかしがってないし!!!あと、見ないから!!もう寝るから!!」
舞崎家の賑やかな声を聞きながら、おれは駅に向かって歩き出すのだった。
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