三十九話
「だいぶ良くなってきましたね」
「このくらい余裕ですよ」
額からこぼれ落ちる汗を拭って答える。
今の時間は朝8時ほどから開始して、昼を挟み午後3時過ぎになっていた。
スパルタな気もするが、教えかたが優しいお陰でほとんどストレスを感じずに学べている。
……それにしても、この人本当によく見てる。
数時間の訓練でおれの視線の癖まで当ててきたんだ。桜楽家のメイドは伊達じゃないといったところか。
「今日はここまでにしましょうか」
「………」
「ふふっもう気は抜かないみたいですね。でも本当に終わりでいいですよ」
そう言って彩香さんはパソコンをしまい始めた。
「え、夜までやらないんですか?」
「たしかに物覚えは良いですけどそんなに詰め込んでも効率が悪いです。一流レベルとなれば話は別ですが、才原様はそんな必要もないので」
「え、でもおれが外出時の執事になるなら一流じゃないとダメなんじゃ……」
「………言った方がいいですか?」
「……………いいです」
「こっそりほかの者が付いていくので」
「話聞く気ないよこの人」
なんというか話しやすい人だったのはありがたいが少々クセが強くないだろうか。
「ま、でもさすがにそうですよね。いくら先輩がよくても守れないなら桜楽家の執事としては三流もいいところって感じですか?」
「三流どころかその辺の蟻と大差ないかと」
「おれの評価低すぎだろ……」
先輩以外からは蟻として扱われていく未来を思い描いて思わずため息が溢れる。
「まあ、ある程度は期待していますよ」
「……そりゃどうも……」
いつか、この人から褒めてもらえれば一人前だったりするんだろうな。
「それではティータイムです。テラスに向かいましょう」
「え、やった」
おれも、甘いお菓子が出てくるのを期待していますよ。
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「こ、こんな高そうなやつ……食べていいんですか?」
「はい!慎のために用意したんですよ!」
「ま、まじですか…」
結論を言おう。期待通りだった。
いま目の前に並べられているのは中世ヨーロッパを醸し出すようなデザイン、色合いのマカロンやクッキー、ケーキなどだ。どれも凝っていて一流のシェフが作ったのは間違いない。
あ、ちなみに中世ヨーロッパが(以下略
「いただきます」
「はい、どうぞ」
先輩の了承を得てまずはマカロンから手に取る。
一切崩れることのない完成度にもかかわらず、少し噛んでしまえばもうそれはホロホロと……
こ、これは………
いや、まだ決めるには早い。次はケーキを口に運ぶ。
見た目ほど強烈な甘さは感じないが、その分上品さがあり中のフルーツも調和がとれている。
間違いない、これは……
「い、今まで食べたお菓子の中で一番うまい、です」
「え?」
先輩は何を言ってるのかわからないといった感じだ。
「いや、だから人生で一番うまいですよこれ!!正直いって今まで食べたやつの味を細かく覚えてるわけじゃないですけど、食べたらわかります。これナンバーワンですよ!!!」
「……そ、そうなんですか……?」
「そうですよ!!先輩も食べてください!!…あと一応彩香さんも………ってなんですかその顔は」
「え?」
彩香さんはなぜかニヤついていたのだ。
さっきおれをからかってきた時と似てるような……
「あ、もしかしておれがはしゃぎ過ぎててバカだなーとか思ってますか!?本当に食べてみてくださいよ、めちゃくちゃうまいですから!」
おれが食べることを勧めまくると笑いながらこっちを見つめ返す。
「たしかに、バカだなーとは思いましたよ」
「やっぱり……てかそれは言わなくていいですよ」
まだ話して一日程度だが、彩香さんのことも少しはわかるようになってきたみたいだ。
「ふふっ、でもその馬鹿さのお陰でいいものが見れましたから感謝してもいます」
「………どういうことですか?」
彩香さんは目線をおれからずらして言う。
「良かったですねお嬢様。褒めてもらえて」
「っっ、、!!」
「え?」
目線の先には頬を真っ赤に赤らめた先輩がいた。
「……え?…なんで先輩が……」
自分で口にした瞬間、頭の中を一筋の稲妻が駆けぬける。
「これ……手作り、なんですか……?」
「………は、はい」
恥ずかしそうに目を伏せながらも答えるその姿に、おれも恥ずかしさが込み上げてくるのを感じた。
「あそこまで熱く語られたら女冥利に尽きるというものですよ。頑張って作った甲斐がありましたね」
「………そう、ですね…ありがとうございます」
「いやいやいや!お礼を言うのはおれの方なんで………まさか先輩の手作りを貰えるとは思ってませんでした…」
「……その、嫌じゃなければ……次も作りますよ?」
「え…………ぜ、ぜひお願いします!!!」
わかりました、と嬉しそうに頷く先輩を見てこっちも嬉しくなってしまう。
こんなにお菓子作りが上手いなんて知らなかったな…
きっと手料理もレベルが違いそうだ。
まあ天音のに勝てるとは思えないけども。
そう思いつつも、先輩の顔を正面から見るのがなんかはずかしい。
おれはマカロンを少しかじるだけにしていた。
「初々しくて見てられませんね」
「「なっ!!」」
「私がこれお先に頂きますね」
それを見兼ねた彩香さんにクッキーを奪われる。
「あっ!それは慎に最初に食べてもらいたかったんですよ!?」
「才原様が遅いから……一体何を見ていたのやら…」
「何も見てないですよ!マカロン食ってただけです」
「さきほどはあんなに……」
「………何かあったんですか慎?」
「いやなにも。クッキーうまいです」
「………流された気がしますけど……良かったです」
たまに寒気を感じながらも、いつか奢ってもらったクレープよりずっと甘いひと時を過ごした。
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