三十六話
今回長いです。
「で、なんのブランドが好きとかあるのか?」
「いままでが可愛いキャラだったから私服だとその逆、綺麗目な服を着たかったのよね。だから"ラース"系列かな」
「なるほどな。一回妹とその系列店に入ったことあるけど桁が違くてビビったよ」
「だから私もたくさんは買わないかな。他の服と合いそうなやつを何着かって感じ」
「おれもせっかくだしなんか買うかな」
そろそろ本格的な夏もくるし涼しい服にしたいものだ、なんて考えながらタクシーの窓から外を見やる。
6月で日も延びているおかげで明るい空に、大きなビル群。
七花とまではいかないがその手前にある繁華街は十分な華やかさと人混みで俺たちを迎えてくれた。
今日は愛咲のショッピングに付き合うわけだが、アイドルがおいそれとショッピングなんて出来るわけがない。特にこいつはある程度知名度もあるから七花のような場所にはいかないほうがいい。
もちろん、ほかの場所でも今のように変装はしてもらう。その変装の効果は天鳳で実験済みだしまず大丈夫だろう。
「てか、それがメインでもあるのよ?」
「ん?」
おれの脳内を覗いたんだろうか。変装のことか?
「絶対違うこと考えてる。才原の服よ。服」
「おれの服?……がメイン?」
「そう」
付き添い係じゃなかったらしい。
あんまりファッションセンスは無いから清潔さ、というか明るい爽やかな男をイメージして着てるだけなんだよな…
やっぱり変だったりするわけか。
思い切って聞いてみよう。
「おれの服そんなダサいか……?」
「ダサいことはないけど………この前原に言われたじゃん」
「原って……ああ、あれか?でもあれはおれが根回しした結果だぞ」
「そうだし実際ダサいわけでもないけど、なんか…嫌でしょ」
「別にそんなことないけど……」
「とにかく!!あんたの服も買うわよ?私のマネージャーなんだからかっこよくないと!」
早速ファッションのアプリか何かで調べ始める愛咲。
そして、ダサくないといわれたのが地味に嬉しいおれであった。
––––––––––––––––––––––––––––––––––––
「ここが≪フィリー≫かあ、キレ〜」
「たしかに、これはいいな……」
おれと愛咲が感嘆の声をあげているのは≪フィリー≫というショッピングモールの入り口から見えるその全貌だ。
七花のような圧倒的輝きというよりも、少し抑えめで和の雰囲気も感じられる。提灯があったりするフロアもあるみたいだ。
「最近は七花の方ばっか注目されてるけど、こっちも綺麗だな」
「そうね。あと平日だとやっぱり人が少なくて快適さが桁違いよ」
「よっし!まずはあのクレープいこうぜ!!」
「––––ガシッ」
入り口のすぐそばにあるクレープ屋さんに向かうおれの腕が掴まれる。
「おい愛咲。クレープってのは元はフランスの–––」
発祥から説いてあげようとしたおれを見る目には既視感があった。
「メンズはどこだ?」
「………はぁ。これだからこのマネージャーは……」
クレープのタイミングはうまく取ろう。これは絶対。
さすがと言えようか、二階のフロアに行くとすぐに"ラース"の文字が見えた。
「先にお前のみてくか」
「いいの見つかるといいけど……」
–––––20分後、
「ちょっと!これめちゃくちゃ綺麗じゃない!?ここの線が曲がってるのがいいのよ!!でもこっちは色合いが完璧よね……!若干前の衣装とも似てるけど、かなりいいかな〜」
めちゃくちゃはしゃいでいた。
おれの想像だと10分して「まあ、これくらい」とか言って終わると思ってたけど、その倍くらいの時間かけてテンションしか上がってない。
「そろそろ決めないか?……次の店も行きたいし」
「じゃあどっちも買ってよ」
「え?……おれが?」
「無理なら黙ってて」
圧倒的理不尽。
付き添い係ではないと思ってはいたがもはや他人扱いである。それなのに、
「………じゃあおれメンズに––––」
「––––ガシッ」
「あの……」
「マネージャーでしょ」
「………はい」
近くにいないとダメらしい。他人だけどマネージャーらしい。
ぶっちゃけ衣装ならおれも本気で考えるけど私服だとどうも気が緩んでしまう。
家や外出で着るだけなら大した影響は出ないだろう。
「…ねえ」
そんなやる気の無さを察知されたのか、
「………これとこれ、どっちがいい?」
どうやらマネージャーの出番だ。
「……そうだな…」
さっき言った通り私服だとどうしても真剣に考えれない。
愛咲が真剣に悩んでるようにも見えないしな。
ただしこの状況、わかるだろうか。
全カップルやばすぎクエッション堂々の4位にランクインする鬼畜中の鬼畜––––––
––––「なんで聞いたんだよ」だ。
そう、いま質問者がアイドルであり、彼女ではないという違いがあるが本質は全く同じだ。
この質問、答えがない。いや正確にはなにを答えてもなんら相手は聞き入れないのだ。もちろん、例外はいるだろうが。
例を挙げよう。男が片方を指差して「そっちのほうが似合ってるよ」と言った場合、「でもぉあたしはこっちもいいと思ってて〜」と言われる。ここで「じゃあそっちでいいんじゃない?」と言うと無限ループに突入。
次は「どっちも似合うよ」といった場合だ。そもそも質問に答えられていない気もするし基本は「選んでよ」が返ってくる。ここで選ぶとしよう。さっきの無限ループ突入だ。
だからといって自分の好みを言ったり、まったく関係のない話に変えるのはナンセンス。「あんたの好みを聞いてるんじゃないわよ」や「は?」が返ってくるだけ。
………だんだん愛咲みたいになってきたな……
じゃあ、一体どうすればいいのか?
これは消えていく毒舌アイドルと同じなんだ。
つまり、バカなやつらはこの数パターンでしか考えられていない。
本来、この質問はそんな単純じゃない。
圧倒的な情報力を解析し、構築した戦略をなんのミスもなく実行する必要があるんだ。
答えを見せてやろう。
「左は最初会ったときのブラウスより綺麗って感じがするよな。明るさが似てるけどリボンが無い分大人っぽく見える。おれは好きだけど………愛咲には右かもな。今までのはスラッとしてるイメージだけど、たまには柔らかい雰囲気でいくのもありなんじゃないか?」
早口にはならないように意識して、だが淀みなく流れるように愛咲に伝える。
「お、思ったよりちゃんと見てるじゃん……」
「まあな」
「……こっち買ってくる」
そう言って愛咲は左手を少し上げた。
つまり、おれがいった右だ。
そう、この質問、相手は答えを求めてるんじゃない。
簡単に言えばおれがどのくらい考えてくれているか、を図る意図があるのだ。
だからおれは最初会った時の服や、どういう系統の服を着ていることが多いか知ってるということを伝える。ちゃんと興味を持っている証みたいなもんだな。
そして相手がいった言葉をそれとなく変えて言うことで愛咲はおれがちゃんと考えて言ってくれていて、なおかつ自分と同じ考えだと思い込む。
今回で言えば、「色合い」という言葉を「明るさ」に。さらに「曲がっている線」を「柔らかい雰囲気」に。
恋人が同じ考えだと自然と嬉しくなるものだ。
そして、自分の好みを伝えつつも、「相手にはこれが似合う」、つまり相手のことを考えているとさらに強調した。
最後に決定権を相手に返すこと。最終的には相手自身で選んでもらう時間を再び作ることで、こっちの思いやりと興味をうまいバランスで伝えることができる。
–––––つまり、この質問が来た時点の情報だけでは解決できない。
これまでの相手の情報を逐一捉え、それをしっかり応用することで解決できるのだ。
この質問は質問される前から問われている、そういうわけだな。
愛咲が服を買えたらしいので次の店に行くことにした。
おれ用にメンズ店かな。
「てかさ」
「ん?」
センスがある、と褒めてくれたりするんだろうか。
「服装覚えすぎててちょっとキモい」
「ぐはっ」
試合に勝って勝負に負けるとはこのことか。
こんな副産物があるとは……な……
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