三十三話
20.21の間です
あの打ち上げの日。
慎は私が妹に会えなくて残念がってると思っていただろう。大事な約束ができて来れなくなったらしい、と謝っていた。
––––––でも、本当は違う。
彼女は来ていたんだ。
話は打ち上げの日にもどる。
––––––––––––––––––––––––––––––––––––
私は目を閉じて、唇を近づけていった。
その瞬間、
「–––––パシャッ!」
「え?」
近くから聞こえたシャッター音に思わず顔を上げる。
3メートルほど前に女の子が立っていた。
–––––こっちにスマホを向けながら。
「いやぁ、寝てる人にそんなことしちゃっていいの?」
「え、や、か、彼氏なので、いたずらしちゃおうかな〜なんて…」
「嘘はやめてよ。お兄ちゃんに彼女なんていないから」
「………おにい、ちゃん……?」
急に飛び出したその言葉の意味がわからなかった。
そんな私の表情が面白いのか、彼女は微笑みながら答える。
「才原天音、そこで寝てるお兄ちゃんの妹だよ」
「なっ……」
……こ、この子が慎の妹?……似てないこともないけど…いや、そんなことより
「あ、そっか…私は橘奈々。慎の……」
「友達だよね……?」
「………そう、だね」
嫌な気配を感じながらも嘘はつけない。家で慎に聞かれたら意味がないから。
「あははっ!!まさかお兄ちゃんの動きをみて早く来たらこんなことになってるなんて……」
「こ、これは…その、悪戯心が動いたっていうか…」
「あたし最初から見てたよ」
「え……?」
……最初から?あの一部始終を全部?……というかなんでそんなに早く…
「お兄ちゃんさ、最近忙しいバイト始めたって言ってなかった?」
「っ!!……天音ちゃんも知ってるんだね」
「妹なんだから当然だよ。………でも、そのバイトのことは何も教えてくれなかったんだよね」
妹にも教えてないの……?…慎は何を…
「だからGPSつけたの」
「……は?」
この状況で出てくるはずのない単語に頭が真っ白になった。
「お兄ちゃんの襟の裏触ってみなよ」
それでも、意味のわからないまま言われた通りにすると
「な、なにこれ……」
黒い正方形の薄い物体がつけられていた。
大きさにして一辺3センチほどか。
「場所がわかるだけで一気に絞り込めるでしょ?大きいけどお兄ちゃんの服が襟付きのシャツでよかったよ〜」
「こ、こんなのつける時にバレるに決まって––––」
「バレないよ。絶対」
一言で空気が変わった。
私は思わず口を噤んでしまう。
「お兄ちゃんだって男だから、あたしに抱きつかれて胸とか押し付けると少しそっちに意識がいくの。そこからなんか気になるような言葉でも言って完全に意識から外してあげればいいだけだよ。」
まるで何も難しいことが無いように言ってのけた。
「準備はバイト始めた日からしてたし、今日家に来た時襟付きなのを見てチャンスと思ったんだよね。……まさかその日のうちに手がかりが入ってバレずに回収できるとは思わなかったけど」
嬉しそうに笑いながら話す彼女をみて私は寒気を感じた。
いくら気になるからといっても、すぐにGPSなんて発想にはならないはず。それも実の兄に。
本当に慎の妹なのかも怪しい。
「それ返して?」
私もGPSを投げて質問した。
「手がかりってなに?…それと本当に慎の妹なの?」
「答えるつもりはないよ。……それに」
彼女のスマホを見るとともに私は現実を突きつけられた。
「寝てるお兄ちゃんにキスなんて最低じゃない?……バラすよ」
「っ!!!」
そうだ、さっき私は写真を………
「これ見たお兄ちゃんどう思うかな〜、もう友達じゃいられないよね」
「そっ、それは……!!」
「他にも、顔触ったり膝枕……付き合ってもない相手にこんなことされてたら普通気持ち悪いよ」
「う、っ、そう…だけど!」
もちろん、わかってた。しちゃダメなことだって。でも止まらなくて……!!
「お兄ちゃんのことそんなに好きなんだ」
「……だったらなに…?」
「奈々ちゃんは絶対付き合えないよ」
「は?……なんで妹にそんなこと言われなきゃ––––」
「妹だからだよ」
まるで当然の権利であるかのように、なんの後ろめたい気持ちも無いように言う。
「告白でもしようとしたらこれ全部バラまくから」
「どうして!!??た、たしかに悪いことしたけど妹だからってする理由にはならないでしょ!?」
「あたしお兄ちゃんが好きなの。男として」
「え……?」
………なに言ってるの?
「ひとりの女として奈々ちゃんには譲れないの。今日打ち上げなんてものに来たのも女の中にそういうのがいないか確かめるためだしね」
「……ほ、本気で……?」
「そうじゃなきゃここまでしないよ??」
……じゃ、じゃあ天音ちゃんは慎のことが好きで、私はそんな子にあの写真を撮られてる……の…?
「やっとわかったの?自分の置かれてる状況」
「っ…………」
私は歯をくいしばるしかなかった。
「お兄ちゃんが何隠してるのか気になるから、毎日あたしに気づいたこと送ってね。そうしてる間はバラさないよ。」
「あ、あと変に距離とったりもしないでね」
「は?……なんで…」
「急に友達がよそよそしくなったら気になるじゃん」
「つまり、あたしが言いたいのは絶対に付き合えない相手に近づいてこれからずっと友達ヅラしといてってことだよ」
「っ、そんなの!!!」
「やらないって言ったらバラす。告白しようとしてもバラす。………いいよね?」
「っ……ぅ、うぅ………」
「あははっ!……じゃあね奈々ちゃん。絶対に叶わない恋心を押し殺しながらがんばってよ」
才原天音は連絡先の書いてある紙を残して帰っていった。
……なんでこんなこと……
さっきまで…あんなに幸せで……
………どう……して……
「……ん……」
膝の上にある慎の顔を触る。
私の膝の上でこんなにも幸せそうに寝ているのに。
もう、一生こんなことできないのかな……っ…
……私は…ただ…慎が大好きなのに……!!
『絶対に叶わない』
その言葉が胸の中を、頭の中をぐちゃぐちゃにしていく。
こんなに……近くにいるのに…!!
「…ぅっ、うぅ……しん……っ………!!!……」
溢れ出す涙は止まらなかった。
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