三話
あいさき はる と読みます
二億の契約書を見せたまま数時間にも感じられる数秒が過ぎた。
「本物か偽物かは置いておいても、、君の目はどうやら本気みたいだな。若い時の私と似ている気がするよ。」
「気持ちが伝わったようでなによりです。それで受けてもらえますか?」
よし!ここが千載一遇のチャンスだ。逃すわけにはいかない!
「ハハッ!!そんな目をギラつかせるな。いいだろう。その契約のろうじゃないか。」
「っ!!本当ですね?」
よっしゃぁぁぁああ!!!!やってやった!!!!見たか!!こっからのし上がってや「ただし」
「はい?」
片山代表は条件をさらにつきつけてきた。
「君には愛咲春を担当してもらう」
「は?」
銃弾の入った拳銃ともとれる戦慄不可避の条件を。
「いやいや、愛咲春って最近違う事務所からMOXに来た割と実力のあるアイドルですよね?そんなもとから知名度ある人を担当しても目に見える成果なんてはっきりしないんじゃ、、」
「それがそうでもなくてね。彼女は異動に納得していなし、プライドが高いせいでうちのマネージャーと全く上手くいってないんだ。マネージャーもクビが怖くて強く言える人はほとんどいない。」
「でもどうせクビになるかもしれない君なら話は別だろう?」
「っ!!、、そういうことかよ」
どうりで簡単に契約してくれたわけだ。
この人は最初からおれを愛咲春という問題アイドルにぶつけるつもりだったんだ。失敗しても二億なんて額が手に入るなら全く問題はないどころか願ったり叶ったりなんだろう。
ある程度人気のあるほうが素人アイドルより遥かに扱いづらいはず、、、間違いなく想像よりきつくなるな。
「ほかのアイドルを担当させるつもりはない。どうする?」
「…まあ、当然といえば当然の対応ですね。でも」
そこでおれは一旦言葉を切る。
10億返すんだ。とりあえずは借金取りへの返済意思を見せるためだけど簡単なんかじゃない。
地獄を生き抜く覚悟を持て。
「やります。いえ、やらせてください!!」
やってやるさ!!この瞬間がおれの借金人生のターニングポイントだ!
「よし。決まりだな。じゃあ早速3階のAスタジオに向かってくれ。」
「契約書はプライベートで、なんですよ?手続きなんて跡がつくことしたくないんですが」
「もちろんわかっている。いいからAスタジオに行きなさい。行けばわかるさ」
ここから離れた瞬間取り押さえられたりしないよな?
不安を抱きつつもとりあえずそのスタジオへ向かうことにした。
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「失礼します」
若干緊張した声でスタジオに入ると同時におれは少し笑ってしまう。
「なに人のこと見て笑ってんのよ。マネージャーが遅刻とかありえなくない?しかも新人のくせに」
目の前には愛咲春がいた。長いブラウンの髪に口の悪さを際立たせるような鋭い目。ただし顔は物凄く整っていてクールビューティーを体現している、アイドルというよりは女優っぽい感じだった。
ここに彼女がいるってことは片山さんは本気なんだ。
さっきの契約が間違いないものだと再確認できたが、あまりにもぶっ飛んだ展開に笑わずにはいられないだろ。
「ごめんごめん。本当に愛咲春の担当になれたのが驚きでさ。」
「馴れ馴れしく呼び捨てにしないで。あんたもどうせ私に付き合いきれない根性なしでしょ。さっさと今日の用件すませるわよ」
想像の倍性格キツイんだが!!
「そんなのやってみないとわかんないだろ。で、用件ってのはなんなの?」
「は?」
殺す勢いで睨まれる。
「あんた新人だからって何も準備してないわけ?このあとある収録の流れとそこで披露するダンスの打ち合わせやんのよ。は〜、、どうせいても意味ないからもうそこに立ってれば?てか帰れば?」
「急だからしょうがなかったんだよ。立ちもしないし帰りもしないから。これが企画書か」
愛咲がいるテーブルの上にはこのあとあるバラエティ番組の台本みたいなものがあった。
おれはそれを取って始めから高速で読み進めていく。
「なっ、、、初心者にわかるわけないでしょ!!しかもそんなペラペラめくってわかるわけ?」
「おれは20分くらいこれ読んでるから愛咲はダンスの練習でもしといてくれ。三時間後がスタートならそれからでも打ち合わせ間に合うだろ?」
とりあえず中身を把握しないことには何もできないからな。
どんなタイプの人がいるか、どう会話が回るのか、見ている年齢層等の情報が頭の中を駆け巡る。
「ッはぁ!?なんできたばっかのやつに決められなきゃいけないのよ!20分で読み終わるわけないじゃん!」
「いいから。アイドルなんだろ?笑顔でダンスしてなよ」
何を言われても適当に返事だけはしとく。これは関係を築く上で大事なことだと思ってる。
「っっ!!………ほんっと今回のは変人ね!!高校生みたいなくせに生意気。」
「見た目も年齢も関係ない。おれが出来るやつかどうかだろ。ほら、練習練習。」
手であっち行けしてやるとちゃんと愚痴りながらも練習しだしてくれた。
「しね!」
………代わりにアイドルってなにかわかんなくなったけど。
気を取り直してそのままおれは黙々と台本を読み続けた。