十六話
次からラブコメ要素増えてくると思います
『よし、なら多分私から何かいうことはないな』
「おれもないですね。もし何かあったらまた連絡入れます」
『ああ。期待しているよ。それじゃ失礼する』
……やっと終わったか。
「なんかやらかしたの??」
「まあ、ちょっとな。でも愛咲には影響ないから気にすんなよ」
「そう」
興味なさそうなことで……
マスターキーを忘れたのはふつうにやらかしだけど、間違いなく昨日の作戦は大成功だった。
思わず口元が緩むのも仕方ない。
まず契約書にはいろいろそれっぽいことを書いてカサ増ししておいたが、URLへ飛ぶと「この中に2億がある」と言って知り合いの中でも先輩を一番わかりやすく載せておいた。
そこからさらに桜楽家のホームページに飛ぶと執事とメイドの募集ページにたどり着く。ここには給料や面接内容、それに加えて今実際に働いている人の紹介もされている。
給料に関して、以前おれは1日5万円といわれたがあれは高校生だからであって正社員ともいえる人達だと10万円。ただし高校生を雇うことなんて、あの家で普通あるはずもないから正社員料金しか分からず、片山さんはそれをおれの給料だと踏んだ。雇用期間は定年までっていうのも正社員だけだしな。
そして1番のポイントはおれがまだ昨日の時点では雇われていなかったことだ。これは前におれと同じ学年に執事がいることを聞いていたからなんとかなると思っていた。おれの父親はプログラミング系というかパソコン強い系でそういう仕事をしているため、おれもある程度の知識があった。
つまり同じ学校の同学年だったために変更点がすくなく、その程度の偽造なら天音が帰ってくる前に行ってしまえる。
片山さんが言っていた特例は、本当はおれではなくあの時はまだ「江東」という三光2年の生徒だけだったわけだ。
詐欺師というか、それよりタチが悪いかもな。
「なんでニヤついてるのよ」
「っ……ただ昨日の成功を振り返ってただけだ」
「ふぅん。まあでもやっぱ才原もそうよね!」
「何がだよ?」
「昨日のこと思い出すのがやめられないの。本当に夢だったんじゃないかって」
「…そうだな。おれもずっと考えてる」
10億のほうがメインだけど。
「あ、そうだ。さっきちょうど愛咲の話入る前に終わったじゃん!お前はどんな感じの生活送ってるんだ?」
「私まだ才原の話もそんな聞いてないわよ…」
「おれは結構話しただろ。どこ高?おれも知ってるとこかな」
「……高校は栄女学院、ちなみにあんたと同じ2年」
「は、はぁ!?お前栄女なの!?美人で頭もいいってどんだけだよ……!」
「べっ別にそんな人いっぱいいるわよ!恥ずかしいからそんな声出さないで!」
周りの視線を集めてしまったみたいだ。
でもそれも仕方ないこと、なぜなら栄女学院の偏差値は全国の女子校内なんと2位。
まぐれで入れる次元じゃない。
「思い返してみたら、飲み込み早い場面あったしなぁ…」
「だから大したことないって!学校内じゃ勉強だって中間だし…」
「いやいや……あ!じゃあさ今度おれに勉強教えてよ」
「は?」
「なんでそんな嫌な顔すんの…」
「まあ、カフェで私に奢りながら…ならいいわよ?」
お前が奢りって言う度おれはこれを言うことに決めた。
「……あ、ありがとぅ…」
「まじであんた殺す」
「ちょっ、目がガチだろ!ごめんて!!」
席を立ちかけた愛咲にビビりまくるおれ。
アイドルとは思えない殺気だ。
「……あれ、てかお前変装とかしなくていいの??」
「え?」
「だってアイドルだろ?こんなとこで男のおれと話してたら最悪熱愛とか……」
冷や汗がおれの頬を伝う。
「…………やらかしたわ」
このポンコツがああああ!!!!
「と、とりあえず低く姿勢保て!っていうか顔は腕で隠して伏せといた方がいい」
「ご、ごめん……」
「……回り見た感じそういう人はいないな。でも油断するなよ」
「うん……」
でも本当のポンコツはおれだな……。
一言言っとくべきだったし、それを忘れたにしてもカフェであった時に気づかないとダメだろ……!
集中できてねえな…。
「悪かった」
「え?……なんで才原が謝んのよ」
「当たり前だろ。お前のマネージャーだぞ?真っ先に気付くべきだ………ごめん」
「い、いやこれは私が悪いわよ。いつもなら忘れることないのに昨日あんなことがあって少し浮かれて…」
「今はすぐここから出よう。おれが会計済ましてから一気にいくぞ」
「うん」
そうして俺たちはカフェから走り出し、コンビニでマスクと伊達眼鏡を買って駅に向かった。
「はぁ……これでもう大丈夫だろ」
「そうだといいわね…まあ昨日の収録は来週放送だからまだ私の注目度は変わってないわよ」
「だな。……それにしても、はははっ!あんなドラマみたいなことほんとにするとはな!!記者とかはいなかったけどさ」
「そうねっ!!ちょっとヒロインみたいで楽しかった!」
「おれ恋人役か〜。毒舌が無ければつぎも立候補したかったな」
「そんなに言ってなかったでしょ。……ていうかさ」
「ん?」
「才原が私をあんまりアイドルとして見ないから気が抜けちゃうのよ」
「え?……おれマネージャーだしお前のことアイドルだと思ってるけど」
「なんか、うまくプライベートと分けられなくなったっていうか…」
愛咲もよくわかってないやつだなこれ。
「あ、そうだ…」
「どうした?」
「仕事の時は私のこと愛咲って呼んでよ」
「いやそうしてるけど……お前大丈夫か?」
「まあ栄女だし才原よりは、ね」
いつでも煽り性能は揺るがないらしい。
「で、それでどうなるんだよ」
「プ、プライベートの時は、その…は、春でいいわよ」
「は?」
「だから!愛咲春は芸名で、愛咲は仕事の時に使われるべきなのよ!な、ならプライベートは、春でいいでしょ!?」
「え、芸名だったの!?……まじかよ。……まあそれはいいとしてもプライベートで会うことなんてあるか?」
「え?」
こっちが「え?」なんですけど……
「だってさっきも仕事の話なわけだろ?明日もそうだし。プライベートでおれといたらお前週刊誌にのるぞ」
「さっきはそうだけど、もうカフェでたら違うじゃん!!だから今はお前じゃなくて春って呼びなさいよ!!」
呼び方、ねえ……。
でもたしかに恋人になった瞬間呼び捨てとか、可愛いあだ名で呼ぶとかあるもんな。
これは愛咲なりの信頼の印なのかもしれない。
「それにさ…」
「ん?」
「……勉強、教える時ってプライベートでしょ…?」
「っ……………」
さすがアイドル。いや、さすが愛咲春、か。
「……ちょっと厳しいかなぁ」
「はぁ!?才原が教えてほしいって言ったんじゃん!!」
「いや、おれもそのつもりだったんだけど…」
「…もういいわよ!帰るから!じゃあねポンコツマネージャー!」
ヒールにしてはやけに早い足取りで人混みをかき分けていく。
そんな彼女を見て、おれもゆっくり改札へ向かった。