薔薇の意味を理解するのには幼すぎた
「どうしてよ、どうしてなの」
俺は見てはいけない現場を見てしまっている。立ち退こうかどうしようか迷うところである、普通は。
もし、そこにいるのが知り合いじゃなかったら女が泣いて彼氏にしがみついてるところなんて見ていられなくてすぐにこの場を去るだろう。
でも、そこにいるのは俺の知り合いで、なんなら部活の先輩だった。
「どうして別れなきゃいけないの?この前まで仲良くしてたじゃない。なんでよ、なんでよ」
「よせ、みっともない」
「みっともない?なにそれ、今日の今日まで付き合ってた相手に言う言葉?」
「ごめん、俺はもうお前のこと愛せない」
この二人は所謂美男美女カップルで、誰もが認めるパーフェクトカップルだった。
それなのに、俺はこの現場を見て、人間に完璧なんてものはないのだと実感させられた。
もう、いこう。
やっぱりこれ以上見てらんない。
「かーなーたー」
「うわ、なんだよ、え?」
「趣味悪くない?」
背後に人がいるなんて全く思いもしなかった。
こいつは、佐藤雛子で俺の幼馴染みだ。
「お前だってここにいるってことは聞いてたんだろ、同罪だ」
「まぁそうなるね」
と可愛く舌を出しているが、俺には何のときめきもない。
「で、奏多はいつ付き合ってくれるの?私と」
「なんで俺がお前と付き合わなきゃならないんだよ」
「もしかして、先輩フラれたからチャンスなんて思っちゃってるの?」
「思ってない」
思ってない、思ってないが、取り乱した先輩を見て敗北を感じてしまったのも確かで、俺はいつか待ってれば先輩と付き合えると思ってたのかもしれない。
「だからさ、この雛子様と付き合うしかないんだよ」
「いい加減、諦めろ」
「嫌だよ、絶対嫌」
雛子と軽い口喧嘩をしているとこれまた背後に油断していた。
「きみたちー。趣味悪いよ」
「げっ」
そこにいたのは、俺の部活の先輩であり、好きな人である、神崎愛先輩だった。
「げっじゃないよ。どこから見てたの?」
俺は最初からなんて言えず、黙ってしまった。
「まぁいいよ、これでわかったでしょ、私は完璧じゃないの」
先輩は無理に作った笑顔を見せて、去っていった。
俺は先輩に無理をさせてしまった。
「かなた、ご飯行こ、ね?」
「俺はもうお腹いっぱいだ」
雛子の落ち込む顔が少し見えたけれど、俺は見て見ぬ振りをして一人で帰った。
ちょっと冷たかったと思ってる。
けど、俺は今雛子に優しくできるほど余裕がない。ごめんな、雛子。
帰る途中やたらチョコが売ってるなと思った俺は普段見ないチョコを選びすぐってコンビニから出てくると、泣きじゃくっている先輩がいた。
「あーもうやだな、奏多くんには嫌なところばっかり見られちゃうね」
今すぐにでも抱きしめたかった。
俺にしろよ、って。
でも、その行為に意味がないことくらい分かってる。
ただ俺は我慢出来なかった。
先輩の手を握って俺は走り出した。
「奏多くん?奏多くん?」
先輩の声はほとんど俺の耳には届いていなかった。
そして、着いたのは、『Heureux Rose Jardin』
「ちょっとここで待っててください」
俺は駆け足で、そのお店で薔薇の花を買って先輩に渡した。
「受け取ってください、俺の気持ちです。先輩が泣いてるのなんて見てられません、俺が幸せにします」
「ありがとう。ゆっくり考えさせて」
「じゃあ失礼します」
その後、来る日も来る日も返事が来なかった。仕方がないと思ってた。
先輩にとって俺はただの後輩で、フラれた直後にあんなことをしたんだ。気持ちの整理がついてなくてもおかしくないんだ。
そう思ってた、今日2月14日。
先輩は俺の目の前に現れた。
「この間はありがとうね。今ちょっと時間いい?」
「はい」
教室のざわめきを気にせず、俺は人気のないところにたどり着いた。
「これ、受け取って」
そうして、先輩が渡してきたのは、
俺の3本の薔薇に12本付け加えた15本の薔薇だった。
「あ、ありがとうございます」
先輩は渡すだけ渡して、教室に戻ってしまったのだ。
少し、にやけながら教室に俺も戻ると、雛子が飛んできた。
「それ、私がもらう」
「なんでだよ、これは俺がもらった薔薇だぜ」
「いいから、もらうって言ってんの」
と15本の薔薇の花束を持って雛子は走って逃げていった。
俺は理解出来なかった。
先輩はなぜ薔薇だけ渡して去ってしまったのか、なんで雛子が飛んできたのか、そして、逃げていったのか。
そして、その15本の薔薇が告白の返事だってことも。