第四話 虚空の朱酉
愛しい愛しい呪われし巫女
この時をどれだけほど待ち望んだことか
天と地が初めて別れた日か
双子の月が初めて重なった日か
それは分からない
さあ巫女よ逃げ惑うがよい
……いや逃げるな
この宿命から
私は頬に当たる風で目を覚ました。気絶するのは今日で二回目だ。今まで気絶なんつしたことなかったのに…。病院とか保健室とかにも無縁の人生を送ってきた。健康だけが取り柄だったのにぃ!!
私はそこまで考えて思考を停止した。あれ??私崖から落ちて!?
体には痛みは微塵もない。
慌てて辺りを見回したがそこには崖の下に広がっているであろう寒々しい岩肌はなかった。
『でぇぇぇええ!!!???』
目の前には遥か下方に広がっている大地。それは崖の頂上よりも遥かに高い。なんで!?
「色気のない声ッスねぇ」
『!!!???』
私は弾かれたように上を見た。
「今晩わッス!!」
見上げた先には見覚えのない男がいた。
赤。それがその男の第一印象だったと思う。燃えるような赤毛。真紅の瞳は白い肌によく映えていた。にへらと笑った顔はかっこいいというよりも可愛い系だった。そして何より彼の背にある真っ白な大きな翼。その翼には所々真っ赤な炎を纏っていた。翼が羽ばたく度に熱風が当たる。
『なななな何あなた!?』
「いやぁ〜危なかったスねぇ。もう少しで地面とこんにちわだったんスよ〜!」
『え!?じゃああなたが私を助けてくれたの!?』
「いゃぁ焦ったッス!!巫女がようやくこの世界に来たって聞いたんで巫女の気配を探ってきたら、その巫女が落下中じゃないッスか〜」
ん??今コイツなんて言った??
『あなた(認めたくないけど)私が巫女だって知ってるの??』
「もっちろんス!!オレたち十二支獣人が巫女を間違えるなんてありえないッス!!」
十二支…十二支十二支十二支………
その単語が私の頭の中をぐるぐると回り出した。じゃあこの人は…
『あのー、つかぬ事をお聞きしますが…』
「なんスか?」
鳥男は長い睫を瞬かせた。うぅ…女の私よりも可愛い…。…じゃなくて!
『あのーあなたも私の命を狙ってらっしゃるのでしょうか…??』
単刀直入に聞いてみた。
「うーん…まぁ一般的にはそうッスね」
単刀直入に返ってきた。不思議な沈黙が訪れた。てことは…
『うぎゃあああ殺されるー!!!助けてー!!』
「わわっ!!暴れないで下さないッス!!落ちるッスよー!!!」
そんなこと言ったってこのままじゃ殺されるかもしれないのに大人しくできる訳ないでしょー!?この鳥男に丸焼きにされたくはない!!落ちた方がまし!!
「あなたを今殺した所で十二支の呪いは解けないし、鍵のかけらを集めて鍵を完成させないと意味ないッスから!!殺さないッスよー!!」
なんか訳分からん単語がいくつか出てきたし全く話は見えないが、最後の殺さないッスよー!!だけは理解できた。
私は暴れるのをやめ、涙目で鳥男を見上げた。
『ほ…ほんと??』
「ほんとッス!…なんかごめんなさいッス……オレ、あなたを怖がらせたッス……」
シュンとしてうなだれる鳥男。翼の炎が一気にしょぼくれた。
なんだかこの鳥男が一気に哀れに思えてきた。
『ご、ごめんなさい!私今日ユグドっていう虎男に殺されかけて!なんかそいつも十二支がなんとかって言ってたから!つい……』
ユグドの名前を出した途端、鳥男がパッと顔を上げた。
「ユグドに会ったんスね!?それはラッキーッス!!ユグドの家に行くッス!!」
前言撤回。やっぱ哀れなんかじゃなかった。何を言いますかこの鳥男!!私は今し方そのユグドん家から逃げて来たっていうのに!!
『嫌よ!!あいつの所なんかに戻らないわよ!!』
「どうしてッスか!!?今ユグドに頼る以外に他の獣人から身を守る手段はないッス!!」
何を訳の分からん事を言うか!!私はそのユグドに今日殺されかけたのよ!?
『とにかく嫌!!あいつの所には戻らないの!!』
私はユグドの所に戻るのを断固拒否した。今頃ユグドは私がいなくなったことに気がついて探していることだろう。見つかったら今度こそ八つ裂きにされるかもしれない。それはごめんだ!!
「困ったッスね〜」
眉をハの字にして困る鳥男。
『ユグドは私の命、まだ狙ってんの!!今帰ったら殺されるかもしれないの!!』
「大丈夫ッスよ〜!オレが守ってあげるッス!!」
鳥男は必死に私を説得する。なんでこんなに必死に私をユグドの所に行かせたがるの!?私はそれを鳥男に聞いた。
「今、ユグドを頼らないと他の十二支獣人たちがすぐにあなたの気配を嗅ぎ付けてあなたを奪いに来るッス。ユグドの家には結界が張ってあるッス!ずっと…とは言えないッスがしばらくは持ちこたえられるッス!!だから…オレを信じて欲しいッス!!」
一息で必死に言い切る鳥男。少なからず私の心は揺れていた。
今他の獣人に見つかったら私は今すぐ殺される…とは限らないけどいつかは殺される可能性は高い。そんなリスクを回避する力は私にはない。そんなリスクを背負うくらいならこの鳥男の言うことを聞いて、ユグドの元で身を潜めていたほうがよいのでは!?
私の心は決まった。
『分かったわ。あなたの言う通りにするわ』
「本当ッスか!?」
『たーだーし、条件があるわ』
私は人差し指を鳥男の目のに立てた。鳥男は不思議そうに目を再び瞬かせた。
『あなた、ユグドん家に私と一緒に行って私を守るのよ!!』
「!!!もちろんッスよー!!あなたはオレが守るッス!!オレは十二支の酉と火を司るリクディム・ヒートハートっていうんス!リクって読んで欲しいッス!!」
『私、千晶っていうの。よろしくねリク』
「オレ、千晶好きッス!!」
『はぁ!?』
興奮したのかリクの翼の炎が激しく燃え上がった。どうやら炎の大きさは感情の起伏に左右されるらしい。
「千晶はオレが守るッス!!」
変な奴に好かれてしまった。先が思いやられる。
私はリクの興奮を鎮めるのに苦戦したのであった。