第二話 寅
私合歓千晶は考えていた。これまでの人生に無いくらい考えていた。学校のテスト中でもこんなに脳みそをフル回転したことはないかもしれない。
無論考えてるのは目の前のこの虎男のこと。私のあげた弁当を今は一心不乱に口に頬張っている。よっぽどお腹が空いていたのだろう。
とりあえず今コイツが弁当を食べてる間は襲ってこないだろう……。だがコイツが全部食べ終わったら攻撃してこないなんて保証はどこにもない。
ちらりと虎男の腰に携えてある銃を見た。銀色に輝く銃。側面に何か文字らしきものが彫り込んであるがここからはよく見えない。
この銃口が再び私に向いたらその時はほぼ確実にジ・エンド・オブ・私だろう。それだけはなんとしても防ぎたい。
虎男の顔を再び見た。……日本人ではないな…。だって瞳がオレンジの日本人なんか見たことないし顔立ちも外人モデルみたいに整ってる。こんな状況じゃなかったら間違いなく惚れてる。…性格と態度は別として。
そしてさっきから気になりまくっているのはやはり頭上の獣耳と虎の尻尾。耳はさっきからなんかピクピク動いてる気がするし尻尾に至ってはゆっくりと左右に揺れている。今のコスプレグッズはハイテクだなぁ。
さて、なんで私が逃げずにこんなに冷静に虎男の観察をしているかというと…逃げようにも逃げられないのである。
私の体は縄で虎男に繋がれているのだ。これでは逃げられない。
本当は発狂しそうなほど混乱している。でも今発狂したら虎男の腰にある物騒なもんで脳天に風穴開けられるだろうからおとなしくしている以外ないのだ。
「おい」
でももしかしたら発狂したら意外とびっくりして隙が出来るかも!?
「…おい」
そうよ!やってみなけりゃわからないわ!!
「おい!!聞いてんのかぁ!?てめぇ!!!」
『ぎゃあ!!!!!ひゃぁい!!!』
ぎゃああああ!!妄想に夢中で全然聞こえてなかったよぉおお!!なんか声裏がえり放題だし!今の段階で妄想中に考えた作戦全部駄目になったじゃん!
「さて。俺の腹も膨れたことだし、早速死んでもらうか」
やばい……やばいよ!!これ!マジでジ・エンド・オブ・私に一歩近づいたじゃん!?これはまずい!!
「巫女ォ!!死ねェ!!」
虎男は銃に手を伸ばした。ええい!こーなりゃヤケだ!
『ちょっ!!待ったぁあ!!』
私の突然の大声に虎男の動きがピタッと止まった。
『さっきから巫女巫女って!!私巫女なんかじゃない!!なんで私殺されなきゃなんないのよ!!』
私は虎男に噛みつくように叫んだ。
『人違いです!!訳わからん!!』
「お前は巫女に間違いねぇ!!なにせ十二支の寅を司る俺が言ってんだ!!巫女を間違えるはずがねぇだろーが!!」
『さっきから訳わからんことを!!ゲームの世界と現実を混同するな!!』
「はぁ!?なんだよゲームって!?現実に決まってるだろ!?」
私は虎男の目を見た。真剣味を含んだオレンジの瞳はとてもじゃないけど嘘を言ってるようには見えなかった。え?じゃあ……
『もしかして…あなたが言ってること全部本当のことなの!?』
「当たり前だろ?」
私の頭は再び混乱に陥った。いきなりこの現実を受け入れろと言われても無理がある。
そんな私の様子を察したのか虎男は形の良い眉を寄せて私に問いかけた。
「まさかあんた…自分が何者か分かってねぇのか??」
私はその問いかけに頷くだけで精一杯だった。
「……まぁお前が自分が何者か知っていようが知ってなかろうが俺には関係ねぇな」
再び虎男は私に銃口を向けた。私……死ぬんだ……。そう思うと恐怖と悲しさから目の前が霞んできた。
お父さんお母さん。千晶はここで死ぬようです。親不孝を許してね。
涙がポタポタと零れ落ちた。
その様子を見て虎男は何故かうろたえ始めた。
「な、なんで泣くんだよ!」
『だって私…あなたに殺されるんでしょ?悲しくて……』
尚も流れ続ける涙を見て虎男はプルプルと震え始めた。
「なななな泣くなって!!泣いたら殺す!!」
矛盾だらけの虎男の言葉に私は首を傾げた。
『どうせ殺すんでしょ??うえぇ……』
「だぁー!!殺さねぇ!殺さねぇから泣くなって!!」
予想外の虎男の言葉に私は目を見開いた。なんか虎男が纏っている雰囲気さっきと全然違うものになっていた。
虎男は私を縛っていた縄を解いた。
『……』
「お前…本当に何にも知らねーんだな」
聞きたいことがありすぎて言葉が出てこなかった。自分のこと。この状況のこと。虎男のこと。
『何にも…分からないよ…』
「……てことは、お前召喚されて間もないってことか」
虎男は獣耳に付いたピアスをいじりながら呟いた。
「(こいつは…使えるかもしれない)お前はとりあえず今は生かしておいてやる。だが条件付きで…だ。今から俺に従ってもらう」
『条件…て??』
「それは俺に付いてこりゃぁそのうち分かる。俺の目的に協力してもらうぜ。嫌なら…」
『協力する!!是非協力させてください!!』
さっきの涙はどこへやら。私はこの虎男の条件に賭けることにした。死ぬよりはマシだ。
『あなた名前は?』
「俺はユグド・シャロンだ」
やっぱり日本人じゃなかった…。てかここは虎男の言う事が正しければ私が生まれ育った世界じゃないかも。
「私、千晶。合歓千晶」
かくして私は虎男ユグドと最悪な出会いを果たしたのであった。