事件発生
「ペット探しますんで休みますだとぉぉぉ!」
東田虎太郎は最近血糖値が中々下がらず、医者から怒られてばかりの生活を送っている。
怠惰だ努力不足だと妻からは言われるが、何も隠れて体に悪いものを食べてる訳ではない。
原因はわかっているのだ、だいたいがこいつのせいだと。
「明石ぃぃ!いつもお前の尻ぬぐいは俺がどうにかしてやってるよな・・・?警察に何回話をしに行ったと思ってる?それはひとえにお前の実力を買ってと、若い身での心労を労ってだ。そんな労り神の俺に対して少しくらい頑張ってくれても悪くないよな・・・?」
叩いた机がメキメキという前に手を離すと、横に置いてある白湯を思いきり喉に流し込む。
入れたての白湯は確実に東田の喉の熱量を上げていき自身の崩壊へと導く。
時既に遅しではあったが、絶叫をあげる体を何とかねじ伏せて正面の女性と向き合った。
「はい!なので今回もぜひ労っていただければと思いまして!ペットが大ピンチなのです!」
明石と叫ばれた女性は背筋をビシッと立て、東田に対して敬礼をすると上目遣いでほほ笑む。
「あれだけの警戒網を突破されたのです、国レベルが動いていると思って間違いないかと」
「お前頭沸いてんのかぁぁぁ!どこの世界にペットに国規模で動くバカがいるんだよぉぉぉ!」
もしそのペットが空飛ぶ天空城のカギを握るとかであれば、怪しげな国家は覇権を目論見行動に移すかもしれない。
しかしながらこのご時世、そんな夢見がちな話があるものかあってはならないあるべきではないあればいいなぁ。
「そもそもそのペットはお前が買ってるわけでも無いだろうが!きっと自分の境遇に嫌気がさしたか、怪しげなセールスマンにズドーンとされたかとかその程度のレベルで消えただけだろう!」
むしろそれこそ警察に捜査願を出さんかい、いや近所に張り紙をすべきか・・・
「それにな、明石。お前にはわが社の社運をかけた案件に取り掛かって貰っている。これを抜けば間違いなく新規得意先からの仕事が急増するぞ。もはや身辺調査だけではこの時代生き残れん、多角経営が会社を大きくするんだ」
東田探偵社は創業60年を超える老舗の探偵社である。
第二次世界大戦後の身元不明者捜索により頭角を現し、その後企業間情報収集、政党間の仲介など様々な業務をこなしたが時代の流れについていけず、三代目虎太郎の時には浮気・素行などありふれた仕事しか来なくなっていた。
「いや、社長。言っても今回のもただの身辺調査ですよ。多角経営っていうのには無理がないですか?」
今回の仕事はある芸能人の身辺、有り体で言えばゴシップ調査である、しかもかなり眉唾な話の。
「やかましいわ!個人じゃなくて企業からの依頼なんだから1角が2角になるだろ!数増えたら多角だよバカヤロー!」
「わかりました、とりあえず並行してやりますんでー!」
血糖値の上昇に伴い語彙力が乏しくなってきた東田を置いて社長室から出ると、自席に戻り脇に積まれている書類に目を通す。
【替え玉営業か!? 前後それぞれの違いを検証!!】
ある芸能人がある日突然別人に入れ替わったという話だ。
今回の依頼主の書いた記事を流し読むが、当人が神隠しにあい急遽そっくりな人物を代打に立てたという荒唐無稽な内容に開いた口が塞がらなくなる。
どうせ思い違いか、単純な失踪か何かだから適当に時間をかけたのちに東田に報告すれば良いだろう。
書類を戻すと、カバンに私物を入れ込み帰り支度を始めた。
「ほらねーみのりちゃん、やっぱ虎ちゃん怒ったでしょ?」
「やっぱり怒ったよ理沙さん、あんな依頼本気にしちゃうなんて目が曇っちゃったのかな?」
明石をみのりと下の名前で呼んだこの女性は北山理沙と言い、この探偵社の営業事務兼総務をこなしてくれている言わば屋台骨だ。
「意外とそうでもないみたいよ、ファンの間では微妙な変化が話題になってるみたい。ダンスのキメが依然と違うとか歩幅が違うとか」
この記事が出て以来、あれやこれやと議論が沸き上がり検証を行うものが出てきたがどれもその時の体調や気分で変わる程度の変化しかない。
あげくこの記事が出るや否や所属事務所は強い姿勢で否定をし、出版社を訴える準備までしているそうだ。
「イメージ商売だから傷がつくと大変だしねー、まぁ私にはそんな事よりも大事なことがあるからそっちはちゃちゃっと済ますつもりですよ」
「あぁ、あーくん消えちゃったんだって?」
「えぇ、綺麗さっぱり。なんの痕跡も無く」
あーくん、みのりのペットはある日突然姿を消した。
「あれだけの装置を綺麗さっぱり無くすことが出来るなんて絶対何かの陰謀ですよ」
「そりゃそれだけGPSだなんだと着けられてたら私だって逃げ出すかも・・・」
重要な持ち物全てにGPSを仕込んでおいた、財布・バイク・そして携帯。
どれかが何かのトラブルで使えなくなってもそのほかでカバーできるようにしておいた。
にもかかわらず全てが同じ時間に消息を絶っている。
「相当に計画されて実行に移されているはずです、このままではあーくんの身が危ない・・・」
「私にはほぼストーカー的つきまとわり方をしている貴方の方が危ないと思うけど・・・」
手をわなわなと震わせ一連の妄想に更けこんだ後、意識を取り戻した実は慌ててカバンを閉じると短距離走でも走るような速度で走り始めた。
「それじゃ理沙さん!東田さんによろしく!」
「はいはーい、警察に捕まらない程度にねー」
突風が過ぎ去ると、先ほど実が見ていた書類が地面に落ちた。
「人気絶頂俳優【須賀宗孝】神隠しの噂・・・ね、あながちこういう話が真実だったりするのよね」
理沙は書類を拾い上げると主の居なくなった机にそっと戻しておいた。