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2話 彼女の人となりを少し知れた気がする

 人が変わったといえばまるで彼女が奇特な人だという誤解を与えかねない。彼女は隙のない美人である。その彼女を怒らせてしまったのは俺が気持ち悪かったからというだけの事である。

 夏だというのにやけにひんやりした通路の壁に背中を預け、そんなことを思いながら俺は仕事終わりのお茶を啜った。

 お茶と言ってもただのお茶ではない。引っ越しの手伝いをしてくれたお礼ということで彼女が作ってくれた特別なお茶だ。

 まあ、部屋の中で座りながらゆっくり飲めたらもっと良かったけど。てか、引っ越しの手伝いの対価がお茶一杯ってどうよ。何度も彼女の部屋と道に停めてあった車を行き来して、それなりに重い物もあった。今でもまだ手がジンジンする。ちょっとだけど。

 てか、結局俺部屋に入っちゃったし。そのへんどうなの? 防犯意識しっかりしてる?


「何で俺こんなことしてんだろ」


 一人で呟いたのではなく、隣には彼女がいたので恨み節たっぷりに当てつけてやった。


「まだそんなこと言ってんの?」


 そう言って彼女もお茶を飲む。結露した水滴が床に落ちる。


「いや、あなたもですね冷静になって考えてください。初対面の男に引っ越しの手伝いをさせる女がどこにいます?」


「ここにいるだろ。馬鹿なの?」


「そうだったわ」


「やっぱ馬鹿」


 違う。そこに納得したわけじゃない。その前にそもそも納得なんてしてない。呆れてただけだ。

 ふと、彼女の横顔を横目に見る。やっぱり綺麗だった。俺が目にしていいか戸惑うほどに綺麗だった。

 果たして俺は平静に見えているだろうか。だったらいいんだけどな。むしろよくやってる方だろ。最近全く女子と喋らない割には、頑張ってる方だ。

 氷が溶けてなくなったお茶を一気に呷った。彼女が入れたくれたお茶は冷たいはずなのに胃に届くと夏の暑さに交じってしまった。


「ねえ。あんたはここにいていいの?」


 唐突に彼女が言った。後少し遅ければ俺は「じゃあ帰るわ」とコップを返すところだった。


「どういうこと?」


「だって、どこかに外出するためにドアを開けたんでしょ? それで、私とぶつかりそうになって、引っ越しに手伝いをした」


「あー」


 彼女からすれば俺の外出を妨げてしまったと思ってしまうわけか。まあ、外出って言うか騒音をやめるように言いたかっただけなんだけどな。


「何だったか忘れたからいいや」


「本当に? 友達との約束とか、バイトとかない?」


 そこ食い下がるのかよ。

 友達も、バイトも今一番聞きたくない単語だ。どっちもないんだって。俺はもうそんなのに関わりたくない。しんどくて、疲れて、嫌な思いをするだけだ。

 でも、それを彼女に言っても仕方がない。かといって、誤魔化すのも面倒なので、何でもないように言おう。


「友達はいないし、バイトも昨日でやめたからない」


「そう、なんだ」


 彼女は申し訳なさそうに呟いた。申し訳ないどころか、何かとんでもない間違いをしでかしたかのようだった。彼女の存在が世界から薄くなったような気がした。

 俺は彼女がどういう人か掴めないでいた。優しいのか、気が強くて口が悪いのか、それとも臆病なのか。

 どれも彼女なのかもしれないし、本当の彼女ではないのかもしれない。そんなのあったばかりの俺に分かるはずもない。別にわかりたいとも思わない。彼女は確かに美人だけど、面倒くさくて鬱陶しい一人の人間であることに変わりはない。


「なら私と一緒かも」


「え、一緒……? え?」


 薄幸めいた雰囲気は消え、彼女は楽しそうに言った。無理をしているようには見えなかった。さっきのはきっと気のせいだったのだろう。


「バイトはやってないし、友達も今はいない」


「今は?」


 聞かないほうが良かったかも。でもそんな含みのある言い方をされたら、誰だって気になるだろ。


「まあちょっと、喧嘩のようなものを」


「やっちゃったのか」


「そんな感じ」


 喧嘩か。最後にしたのいつだろ。まあしたくもないけど。

 大学生にもなって喧嘩とか、正直馬鹿だと思う。何が原因で喧嘩したか知らないが、何言われたって適当に受け流せばいいだけだ。いやでも、あまりに酷いことを言われたら話は変わるかも。どんな喧嘩したか、聞かないほうが良いよな彼女も黙ってるし、今日は帰ろう。


「じゃあ俺、帰るわ」


「そう。手伝ってくれてありがと」


「いいって」


 俺はコップを渡して今度こそ部屋に戻った。

 真っ直ぐに布団に帰りたかったが体中汗まみれだということに気づいた。億劫に感じたがこのまま力尽きてべとべとになるのは勘弁願いたい。

 脱衣所で脱いだパジャマはそのまま洗濯機の中に放り込み、俺は風呂場に入った。てか俺、パジャマのまま引っ越しの作業してたんだよな。傍から見たらさぞ奇妙な人間に見えただろう。通報とかされてないみたいだからいいけど。

 湯船にお湯を待つのも面倒なのでシャワーの蛇口をひねった。放水温度を人間の体温に近づけ、だんだんと温まる水を頭から浴びる。頭の汗を流したら、蓮口の首を掴んで肩、胴体、足、と汗を流していく。

 そう言えば。

 あの車。誰が運転してきたのだろう。彼女、そう言えば名前聞いてなかったな。まあいいか。そのうちわかる。わからなければ、それまでの関係だったってことだ。ご縁がなかったということでわかる必要もない。

 車はそうだな。今日、俺は彼女にしかあっていない。もちろん彼女の家族にも。娘の引っ越しなんだから両親が手伝ってやってもいいだろうに。ということはあの車は彼女が運転してきたのだろうか。あの車、確かハイエースだっけ。あのでかい車を女子大生に運転させるとは。中々親に信頼されてるみたいだな。

 俺とは大違いだ。でも羨ましいとは思わない。

 ひょっとして彼女、お金持ちなのでは。作業終わりに車はどうするのかと聞けば、「近くに駐車場を借りてるからそこに停める」と言っていた。あの車、彼女の持ち物なのでは。


「ふう」


 と溜息を吐いてみたら疲労感がどっと襲ってきた。

 蛇口を捻ると俺の体にはお湯がかかってこなくなった。髪と体の水滴を手で弾き、風呂場のドアを開いて用意してあるタオルに手を伸ばす。水をタオルに吸い取らせたら風呂場を出てさっきとは別のパジャマを着た。ドライヤーはここにはない。

 布団に寝転がると背中に何か硬い物が当たった。右手で拾ってみると俺のスマホだった。そういや持ってくの忘れてたな。

 特に目的はないが、ロック画面を表示してみると、ものの見事に鮮明なロック画面が映し出された。


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