白いバラ
白い雲が空一面を覆っている。
窓越しでは分かりにくいが、傘をさしている人がいることから、雨が降っているらしいと分かる。
私は傘を持っていない。
急用ができて行けなくなった。
そう恋人から連絡があったのは喫茶店に入ってからで、せめてもっと早く連絡しろと怒りが湧いた。
日曜の朝、店内は空いている。今さら出ていくのも恥ずかしく、席についてモーニングを注文する。暇潰しに雑誌を手に取り、適当にめくる。恋人から更に連絡があったが、無視した。 注文したものが届き、雑誌を閉じる。
その時、巻末にある占いが目に入った。なんとなく見てしまう。
ー素敵な出会いがありそうです。普段行かない場所にも積極的に出掛けてみましょう。思わぬ発見がありそうです。
ラッキーアイテムは白いバラー
白いバラ?花屋にでも行けばいいのか。
そのまま雑誌を閉じて朝食を食べる。代金を払って外に出ると、雨はまだ降り続いていた。
それ程酷くはない。傘を買わなくても平気だろう。
大通りを一人で歩く。普段ならカラオケやボウリング、あるいはウインドショッピングに行くけれど、一人ではとてもそんな気分になれない。かといってそのまま帰るのも…。
考えながら歩いていたせいだろう。すぐ横を通った車に水をかけられそうになり、慌てて飛び退く。夕べかなり降ったせいで、あちこちに水たまりができていた。急に飛び退いた私を、通行人が邪魔そうによけてゆく。
ああ、つまらない。
この通りにあるのは、いつも二人で行く場所ばかり。一人で歩いても楽しくない。どこにも行く気になれない。
私は大通りを外れ、人気のない脇道へ入った。
道を一本外れるだけで、こんなに静かになるのか。
道を一本隔てるだけで、車も人も随分減った。
この辺りはよく知っているつもりだったけど、いつも歩くのは同じ道ばかり。なんだか異世界に入り込んだような気分だ。
興味を引かれるまま、ふらふらと歩き回る。道に迷うんじゃないか、なんて心配は感じなかった。
気がつくと、車のほとんど通らない、閑静な住宅街に入り込んでいた。
辺りを見回すと何か白いものが目に入る。
近付いてみればそれは白いバラだった。
フェンスに巻きつけるようにして植えてある。ほとんどはまだ蕾だが、咲いているものもちらほら見える。金網の向こうからは、人の声や音楽が聞こえてくる。
ーラッキーアイテムは白いバラー
雑誌の占いを思い出し、私はバラの垣根に沿って、フラフラ歩いていった。
かなり広いらしく、角を曲がったところでようやく入口らしきものと、赤い旗が遠くに見えた。
「フリーマーケット」旗には白い字でそう書かれている。
中を覗くと、道の端にレジャーシートが敷かれ、たくさんの露店が並んでいる。芝生の上にはステージがあり、何か演奏されている。
こんなところに、こんな大きな公園があるんだな。
音楽につられて、私は公園の中へ入っていった。
シートの上には様々なものが並べられている。
子供服に食器、雑貨等。自分で描いた絵や手作りの小物を売っている人もいる。
話しかけられるのが嫌で、立ち止まることなくゆっくり歩く。しかしふと気になるものを見つけ、足を止めた。
「いらっしゃい」
子供用のおもちゃを売っている。大切に使ってきたのだろう。古びてはいるが、傷は少ない。その中に、昔私が使っていたのと同じタイプのドールハウスがあった。
隣には人形用の家具や服、食器等も売られている。
家具には白い絵の具で何か描いてある。
「それ、子供が小さい頃、フリーマーケットで買ったものなの」
店のおばさんが話しかけてきた。
「新しい方がいいかと思ったんだけど、ほら、ここの」
家具を一つ取り上げ、白い模様を指差す。
「この梅の模様が気に入ってね。前の人が描いたものらしいけど、これがいいって聞かなかったの」
それは梅ではなく、バラの花です。
そう答える代わりに、私は頷いて相づちを打った。適当に切り上げて立ち上がる。
歩き出したところで恋人からメール。用が済んだらしい。今朝返信がなかったことを気にしているようだ。
小さく笑って、私はようやく返事を打った。
朝から降っていた雨はいつの間にか止み、太陽が顔を覗かせていた。




