050.紅き世界の創造者(9)エピローグ
「メルさんはここで待っててください。俺は外の様子を確かめて来ます」
メルさんは突拍子もない出来事の連続に困惑しているのか、俺に被されたローブを取り払いながらなにかを言いかけては口を噤むのを繰り返していた。
そんな彼女をひとり残して俺は転移者と男の死体を引き摺って宿駅の外に運ぶ。外に出て死体を雑に地面に放り出し、周囲を見渡す。宿駅正面からそれなりに距離を取った位置には、全身に熱傷を負って顔の判別すら出来なくなった遺体が銃器を手にしていくつも転がっていた。
【ディテクト】の風を受けた段階で重症熱傷によりショック死してしまっていたらしい。銃器も魔術の影響を受け、素材が脆くなっており踏みつけただけで粉々に砕ける。これなら外部から持ち込まれた武器の処理は死体ごと地中に埋め立てても充分だろう。そう判断した俺は『水』属性魔術で地面を液状化させ、一帯に転がる死体を転移者共々埋葬する。2度に渡って物理干渉100%の魔術を受けて埋め立てるまでもなく完全に崩れ去っていそうだが、念のため地中深くに沈めた。
銃器を手にしていた襲撃者どもの処理を済ませ、俺は人身売買を生業としていた男の馬車に向かう。男に馬車の位置を聞き出して魔術で影響を与えないようなるべく避けていたが、馬は流れ弾をいくつも貰っていたらしく、頭部を損壊させ体表面を軽く魔術の風に炙られて地面に倒れ伏していた。
襲撃者供は商品にされた人間を助けに来たのではなかったのかとも思ったが、魔術で眼を潰された関係で動くものくらいしか識別出来ずに苦し紛れで発砲した結果なのかもしれないと考えを修正した。
これでは捕らわれていた人間も死んでいるだとろうなと幌馬車に近付くと死体が転がっている様子はなかったが、少し離れた位置に頭部を撃ち抜かれ半端に熱傷を負った数人の男と首を斬り裂かれた全身の皮膚が爛れた裸体の女の死体があった。女に一番近い位置で倒れた男の手はなにかを握るような形になっていたので、その先を視線で探ると地面からわずかに浮くようにして血液が付着した透明ななにかが存在しているのがわかる。それは付与魔術が施された守備隊の透明な武器のようだった。
仲間を転移者に撃ち殺された男が苦し紛れに女を盾として人質にしようとしたが、致している最中であったためか透明な武器を手にしていたが丸腰と取られて容赦なく処理され、女はその反動で首を掻っ切られたのだろう。南西の街でも銃器でワンサイドゲームを繰り広げた転移者は透明な武器の存在を知らなかった可能性もある。もしくは魔術で創り出した武器なら殺してしまえば消えるとでも思っていたのかもしれない。
だとしたら遺された状況からして宿駅に対してがむしゃらな発砲が行われていたのは、短絡的な転移者自身の雑な判断で救出を失敗したことに対する腹いせだったような気さえしてくる。
ため息を吐き、さっきと同じ手順で死体を埋め立てる。死体処理を済ませた俺は、最後に幌馬車なにか残されていないか中を覗き込むとちいさな子どもがひとりボロ布を纏ってうずくまっていた。幌馬車の中に居たからか魔術の風に晒されることはほぼなかったらしい。息はまだあるらしく、胸元が弱々くし上下していた。
俺はすぐに容態を確認すると肌に軽く熱傷を負っていたが、それよりも何度も殴打されたと思われる痣の方が目立っていた。
軽くではあるが魔術の影響を受けていたのは幸いだったかも知れない。俺は即座に【リカバー】を行使して熱傷ごと全身の痣を治癒する。痛み自体は消えないので子どもの表情は苦しげに歪められ、呻いていた。
そんな子どもをそっと抱え上げ、俺は宿駅の中には入らずに入口でメルさんを呼ぶ。
「メルさん、今すぐここを立って南西の街に向かいます」
メルさんは俺が抱える子どもの姿が目に入り、おおよその状況を把握したらしい。手早く荷物をまとめる。その間に俺は上空に待機させている魔力物質を箱舟に『変化』しながら降下させ宿駅前に停めると俺たちは箱舟に乗り込み、すぐさま上空に舞い上がると南西の街に飛ばした。
箱舟が目的地に近付くと遠目にも街の雰囲気が異常だと感じ取れた。転移者が銃器を与えて守備隊に叛旗を翻した結果だろうかとも思ったが、どうにも違和感を覚える。街は燃え盛り、なにやら巨大なものが暴れ回っていた。
「街の様子を確認して来ます。メルさんはこの子の様子を見ていて下さい」
それだけ告げると俺は箱舟から飛び降り、靴に仕込んだ魔力物質を操作して空中を滑り降りるようにして滅び行く街の原因と思われる存在がいる場所に降り立つ。そこには翼の生えた巨躯の犬が居り、周囲には喰い千切られた人間の残骸が散乱していた。
俺は共に降下させた魔力物質を攻撃的な形状に『変化』して付近に浮遊させ、翼付きの犬を牽制する。それに対して犬は敵愾心を見せることなく、落ち着いた調子で嗄れた声を出す。
「主カラノ伝言。外界二汚染サレタ街ノ浄化ヲ求ム」
それは神様からの伝言だった。さらに犬は次の言葉を紡ぐ。
「少年ナラ可能ダロウ」
と言って犬は鼻先で第2の月を指し示した。
「少年ノ任務ハ完遂サレタ。アレハ用済デアル。有効活用スベシ」
「その後は」
「任意ノ帰還。時期ハ少年二任セル」
「わかりました」
了承の返事を返すと犬は風景に溶け込むようにして姿を消した。
俺に与えられた任務が完了したということはアヴラメリーの魂は無事に神様が回収したらしい。転移者の死亡も確認されたので、この世界での俺の役目は街の浄化とやらで終了となる。俺は飛翔して箱舟に戻り、街から距離を取っているとメルさんが問いかけて来る。
「街の様子は?」
「あの場所にもう街はありません。いえ、これからなくなります」
「それってどういう……」
言葉を途切れさせたメルさんは、箱舟よりもさらに上空から落ちて来るものに目を奪われる。それは直径約10㎞の魔力物質の塊だった。大気をかき乱しながら轟音を纏って降りて来る第2の月を減速させ、粉塵を巻き上げぬようゆっくりと街を押し潰させる。やがて上部の半球だけが地面から顔を出した状態にまで埋没させると魔力供給を切った。
「これで俺に与えられた使命は全て終わりました。メルさん、どこか行きたい場所はありますか。最後にそこまで送ります」
そう言いながらメルさんの方を向き直ると彼女は呆れたように半眼を俺に向けていた。
「湖での一件以降、私に対して魔法を隠さなくなったからなんか焦ってるなとは思ったけどさ。それ以前に私との約束があと6日残ってるんだけど」
「もう俺がメルさんに教えられることなんてなにもないじゃないですか」
「ふーん」
とメルさんは俺の解答は0点だとでも言いたげだった。
「ひとの人生めちゃくちゃにしておいて、もう責任は果たしたとでも?」
左手をひらひらとさせながらメルさんは詰め寄って来る。その行為は俺が彼女の魔創痕を消してしまったことに気付いていると言っているに等しかった。
「それは……」
「まぁ、これはこの子の左手を見てさっき気付いたばっかりなんだけどさ。別に魔創痕を消したことに関しては、結果論だけど今となっては助かったと思ってる。下手をしたら弟と同じ末路を辿ってたかも知れないしね」
魔創痕持ちだったらしい女の子を治癒した際に、迂闊にもメルさんのときと同様に魔創痕を消してしまっていたらしい。本当に魔創痕があったのかどうか確認するすべはないが、男が馬車で運んでいたのは魔創痕持ちだという情報だけしかない現状だとそう判断されても仕方がなかった。
「なんにしても私と同じような子どもをひとり増やしといて、それを私に押し付けて私の前から消える気? この子の街まであんなことになっちゃったのに」
返す言葉もなかった。押し黙っているとメルさんは方針を告げて来る。
「とりあえず街の上空に消えない火の球でも浮かべてくれない。それを目印に世界中から黄昏聖母関係者は勝手に集まって来るでしょうし。なんたって第2の月が落ちたんだからさ。そしたら私たちをお義母様の故郷にでも連れてってくれる? さすがに大陸の反対側なら私たちの情報もまだ届いてないでしょうし」
帰還は任意で構わないと告げられていたので時間そのものは充分にあった。
俺はメルさんの提案通りに街の跡地上空に強く輝く光の球体を浮かべる。それは紅く禍々しい光で夜を照らし出していた。
そんな光が降り注ぐ中、俺は箱舟を大陸の最西端に向けて移動させる。夜が明け、太陽の光が海面で反射されてきらめく光に目を細めながら箱舟を大地に降ろす。俺は寝息を立てる子どもを背負って箱舟を降りる。箱舟をどうするか迷った末に俺は再び空に溶け込むように偽装して上空に待機させた。
「街に宿でもあればいいんですが」
「多分なんとかなると思うよ」
なにを根拠にメルさんはそんなことを言っているのだろうかと思ったが、その理由はすぐにわかった。
街に入ると朝早くから仕事に取り掛かろうとしていた住民が懐かしそうに俺に話しかけてきたのである。それでよくよく話を聞いてみるとどうやら俺を17年前に街を出て行った母さんと勘違いしているようだった。そんなことがあり、なにかと親切にされた俺たちは今は空き家になっているという母方の祖父母の家を使わせて貰えることになった。
その後は街の住民として溶け込むように努めた。あのとき助けた女の子プランシーと共に3人で平穏に暮らしていたが、ある日を境に俺の身体には亀裂が入り始めた。それは魔術を使うたびに加速し、気付けば俺の最大MPは日に日に減少していった。それに伴い世界で魔術が急速に発展していっているという噂を耳にするようになった。
そして街で暮らし出して3年目の冬、俺はベッドから一歩も動けなくなった。その頃にはどういうわけか食事を摂る必要もなく、睡眠も必要としなくなっていた。
そこに至って俺は何故このような事態に陥っているのか察しが付く。おそらくこの世界で管理されている総MPの大半を俺が保有しているのが原因だろう。この世界の最大MP上昇の仕様ならいつか破綻するのではないかと思っていたが、どうやら魔術が急速に普及したことで世界が補えなくなった不足分を俺のMPから補填されているらしいというのが俺の推測だった。
やがて俺のMPは枯渇を迎えると共に肉体は崩壊した。
メルさんたちとの別れは特段変わったことをするわけでもなく、普段通りに言葉を交わすのみだった。
死後、目を覚ますと真っ黒な空間の中で俺は光沢のない黒い円卓に着かされていた。そこは転生前に神様と話をした場所だった。
俺の対面には、あのときと同じように口の端から犬歯を覗かせた女性の姿が真っ黒な空間の中にくっきりと浮かび上がっている。だが前回と明確に違う点がひとつあった。彼女の斜め後ろに控えるようにしてひとりの少女が立っていたのである。
その少女は俺の顔を見据え、どこか複雑な表情を浮かべながらも微笑んでいた。
これにて物語は完結となります。
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