049.紅き世界の創造者(8)ゲームオーバー
外からの容赦ない銃声に煽られながら落ち着いて手元にある情報を整理することに励む。
日中に南西の街まで箱舟で偵察に行ったとき、湖畔の街に向けて北上していたのは人身売買を生業としている男の馬車だけしか目に付かなかった。
俺たちがこの宿駅に戻った後に襲撃者たちが南西の街を出発したとして、この時間までに到着するには馬車では到底無理な距離である。だとしたら別の移動手段を用いたのだろうが、銃声が鳴り響く前なんの音も聞こえなかったところからすると空間跳躍のような能力でも持っているのかも知れない。直接宿駅内に現れなかったのは能力の精度の問題か、連れて来た人員が銃器に不慣れで狭い屋内では同士討ちする可能性でも考慮したのだろうか。
なんにしても宣告なしに絶え間なく発泡しているところからして宿駅内に保護対象が居ないと判断出来る材料が揃ったと相手が踏んだとしたのなら俺と男の会話が筒抜けだったと考えるのが無難だろう。
俺はメルさんの方を向き、右手人差し指を立てて自身の唇に当てて口を開かないよう示す。それからすぐに【インターセプト】代わりに広範囲な『風』属性魔術を発動時間を引き延ばすように3桁のMPを使用して攻撃手段を魔術に切り替えられる前に念のため封じる。魔創痕持ちの女性を救いに来たのなら転移者に銃器を持たされている人員が紋章術を使える可能性は極めて高い。
相手は今も内部の音を拾っているのだろうか?
それを探るように俺は銃声に阻まれぬ程度に宿駅の中程で銃声に困惑している男に向けて声を張り上げる。
「この轟音、貴方の積荷を狙って来た賊がなにか仕掛けて来ているのでは。見張り番などは立たせていたのでしょうか」
俺の呼びかけはどうにか彼の耳には届いていたようで、男は狼狽えながら応じる。
「守備隊の方々がお楽しみ中でしたので……」
俺はわずかな間を挟んでから次の質問を投げかける。
「馬車は宿駅のどの辺りに停められたのですか」
そう尋ねると男は大体の場所を力なく指差す。程なく銃声が途絶える。こちらが【インターセプト】として発動させていた『風』属性魔術の【ディテクト】で宿駅周辺にそよ風を吹かせ、HPが削られているモノの位置を魔力供給の変化を感知しながら探った。もし周囲を取り囲んでいるのがHP3桁未満の者ばかりなら吹き付けた魔術の風で全身に化学熱傷を生じさせ、さらに目や喉を潰されまともに行動出来なくなっているはずである。
それを証明するように銃器を手にしたひとりの少年が宿駅内に突如出現する。彼は全身の皮膚が化学熱傷に覆われ、眼を充血させいた。
ごほごほと咳き込んでいるところを見ると喉もやられているらしい。他に空間跳躍してくる人間がいないところを見るとそんな余裕はなかったのだろう。かなり重傷な様子だったが、彼の身体は見る見るうちに癒ていった。
まともに呼吸出来るようになった少年は、口の端から垂れるよだれを気にしていられないほどに瞳は怒りに染まっていた。意味をなさない怒鳴り声を上げ、目に付く人間全てに向けて発砲する。俺は自身とメルさんをローブで覆い隠した。
やがて銃弾が全て撃ち尽くされ、銃声が途絶える。辺りに血が散っていないことに気付いたのか、少年は苛立たしげに銃器を床に叩きつけると最も近くに居た男に飛び掛かって首を絞め上げていた。
【プロテクション】による物理干渉無効は打撃や斬撃などといったものによる傷を負うことは一切ないが、捻りや圧迫などに対しては弱かった。だからこそ少年の行動は意味を成してしまう。男は頸動脈と気管を圧迫され、失神していたが少年の怒りは収まらないらしく、完全に息の根を止めるまで彼は締め上げる手を離そうとしなかった。
ただそれは俺にとって好都合でもあった。魔術を構築するだけの時間を得た俺は『水』属性魔術で魔力物質を生成し、下手に仕掛けて空間跳躍で逃げられないよう慎重に床を這わせて少年の足元へと移動させた。
少年は肩で息をしながら男が絶命したとわかると血走った眼を俺たちの方に向けて来た。次はお前たちを殺してやると言わんばかりの表情で立ち上がろうとする彼の脚に魔力物質の液体を付着させ、身体を這い登らせる。【プロテクション】の領域内であるため熱傷を負うことはないが、なにかが肌に触れているのは明確に伝わったことだろう。彼は自身の肌の上を這うなにかを引き剥がそうとするが効果はない。空間跳躍で逃れる様子もないので、予想通り肌に密着したものも一緒に跳躍してしまうと考えて間違いなさそうだった。
頃合いだろうと俺は立ち上がり、ローブをメルさんの視界を遮るよう頭に被せる。そして少年に向け、かつて俺が死に際に聞かされた台詞を告げた。
「侵略的異界転生体被害防止法に基づきあなたを駆除します」
錯乱する少年の耳に声が届いたかは定かではないが、これでアヴラメリーの代わりは果たした。転移者である少年が俺と同じように死後どこか外部の組織に拾われたとしても俺が神の使徒であったと勘違いされる下地だけは残した。
少年の身体を這わせていた液体を這い登らせ、声にならない声で喚き散らす口を塞ぐ。そして彼の肺を液体で満たす。呼吸出来なくなった彼はもがき苦しんだ末にばたりと倒れるとぴくりとも動かなくなった。




