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048.紅き世界の創造者(7)転移者

 どうやらメルさんは不発させた魔術に組み込まれていた魔術要素を2段階目の魔術に転用しているようだった。発動しなかった魔術に使用した魔力の残滓が合成属性として効果を発揮するのに必要な魔力比率不足分を補ったらしい。だがそれだと合成属性の内部比率は『風』の方が高くなっているはずなのだが問題なく機能していた。2属性が使用されていれば合成属性の内部比率はどちらに偏っていても関係ないらしい。

 ただメルさんの魔力物質生成は3段階必要なので、持続時間の関係でどうしても本命の魔術は小規模にならざるを得ないようだった。それ故に3段階目を得意な『土』属性ではなく、発動時間が一番短い『水』属性にしたのだろう。


「もう俺が教えるようなことはなさそうですね」

「そんなことないでしょ。だってロランなら今の魔法2回で再現出来るんじゃないの。私のやり方だとMPを3000使用したところであんな大きなもの創り出せないだろうしさ。今の大きさで130位使ってるんだよ」


 やはり『変化』と『操作』が強制的に組み込まれてしまう以上は仕方のないことなのかもしれない。


「その辺りは試行錯誤ですね。それと俺からひとつアドバイスというかなんというかメルさんに言っておきたいことが」

「なに?」

「魔法を使う際に左手を翳すのは避けた方がいいかと。メルさんの弟さんもそうですが魔法使いだと相手に知られてしまって真っ先に左腕を狙われることになってますから」


 メルさんは苦笑しながら左手の甲を摩る。


「私もどうにかしたいんだけどね。ずっとそうだったからなかなか癖が抜けなくてさ」

「今までは気にする必要なかったですが、ここ最近の状況が状況ですから。まずはそっちから改善しましょう」

「だね」


 それから日が沈むまでメルさんはMPを全て消費しきるまで手を翳さずに魔術を発動させる練習に勤しんでいた。


 すっかり日も暮れて月明かりばかりが頼りなく大地を照らし出す時刻になったころ宿駅の外に馬車が停まったらしき音が耳に届いた。

 屋内で薄暗いランタンを挟んで向かい合った俺たちは、手筈通りに立ち回るよう頷き合う。

 やがて大荷物を担いで中年男性が宿駅内に入って来た。そちらにちらりと目を向け、俺たちは話し合うふりを間に挟む。少し間を置いて俺だけが立ち上がり、男の方に歩み寄って行った。


「少しよろしいでしょうか」


 俺は指環の紋章が相手に見えるよう左手を胸元に当てて話しかけると男は目敏く気付いたようで友好的な笑みを浮かべて応じる。


「これはこれは同志でしたか。まさかこんな道行きの中でお逢い出来るとは」


 尋ねるまでもなく黄昏聖母ババロンの関係者で間違いないらしい。


「では、貴方も」

「はい、私はグラシャ・ラボラス様の配下をなさっている方々の御用商人を勤めさせて頂いてます」

「そうでしたか。でしたら南西の街について教えていただけないでしょうか。私たちは最近他所から流れて来たもので、この辺りの風習に疎くてですね。北部にある湖畔の街で行われている儀式と似たようなものが執り行われていたりするのでしょうか?」

「あの儀式をご覧になられたので?」

「えぇ、随分と間近で見学させていただきました」

「だとしたら運がいい。私も目前で臨場感を味わいたいのですがなかなか宿が取れませんでして。今回に至っては儀式の場に居合わせることも出来ませんでしたし」


 あの儀式に対してかなりの思い入れがあるらしい男が、儀式を逃しているのは不思議に思えた。


「道中でなにかあったのですか?」

「道中ではなく、街でいろいろとありましてね。出発前に危うく荷を奪われるところでしたよ。守備隊の方々がいなければ今頃」


 南西部から湖畔の街に持ち込む荷とは言っているが、なんとなくその内容がわかった。


「もしかして積荷は魔創痕シジル持ちの女性ですか?」

「よくお分かりになりましたね」

「直感ですけどね。それでしたら今回は宿が取れると思いますよ。儀式は失敗に終わってしまったようですからね。いつも人柱を手配している宿の主人が、早急に人柱を欲しがってると思いますよ」


 今頃はアヴラメリーの遺体が発見され、なにかと慌ただしいことになっているはず。


「それはよいことを聞かせていただきました。でしたらこちらもなにか情報提供したいところですが……」

「では守備隊についてでも教えていただけませんか。なにか特殊な武器を使っていたりするんじゃありません?」

「よくご存知で」


 と男が広角を上げたとき、屋外から聞くことはないと思っていた音が立て続けに鳴り響く。どうやら人柱として連れて来られた女性を救いに来たらしい。だとしても早過ぎるのではないかと思えた。目の前の男の話だとまだ転移者が現れたような描写はなかったはずなのである。だが屋外から絶え間なく聞こえる音は間違いなく銃声のそれだった。


 ただ気になるのは銃声の数からして明らかに複数人が発砲しているようなのである。だとしたら転移者がこの世界の人間に銃器を大量に渡して装備させているか、転移者が複数人送られて来たのかも知れない。


 にしても転移者は短絡的な思考の持ち主らしい。屋内に人身売買を生業とする男以外がいる可能性を考慮していないのか、または疑わしきは殺せとでも考えてるのか、それとも容赦なく発砲し続けているのでもしかしたら単に銃を撃ちたかっただけなのかも知れない。などと考えながら俺は、銃声に驚き硬直する商人の男から離れてメルさんの元に移動した。


 事前に宿駅を覆うように物理干渉無効の【プロテクション】を一帯に展開していなければ今頃俺たちは蜂の巣になっていたかと思うとなんとも言えない気分になった。

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