047.紅き世界の創造者(6)発動手順の違い
湖畔の街から南西部へと向けて続く街道を道なりに進むと宿駅があるのがわかり、やはりというべきか開拓された正規の道にはこうした施設がきちんと用意されているらしい。
まだ日暮れまで時間はあるが、俺たちは南下してひとつめの宿駅で一泊することにして南西部の街から馬車が到着するのを待っていた。
「わざわざ待ち伏せて話を聞く必要あるの?」
「前もって街の情報を得ておきたいんだ。なにも知らずに、得体の知れない噂のある場所に乗り込むのはちょっとね」
「にしても街の近くまで行って、ここまで戻ってくることになるなんてね」
「こっちに向かってる馬車で夕刻に着きそうなのが、ちょうどこの辺りだったから仕方ないよ。それに湖畔の街で儀式を見学して来たっていう名目もあるからあまり早く移動するのも変だしね」
メルさんに魔法の指南をすると請け負って直ぐに魔術物質の生成を披露し、ちいさな箱舟として物体を『変化』させた。形状を固定させた俺は箱舟の内装表面から魔力供給を切り、メルさんが魔力物質に触れても影響を受けないよう加工を施した。
早速、俺たちは箱舟に乗り込むと外装を空模様に似せて偽装しながら空に浮上した。それからは上空を高速で移動しながら街道沿いを南西の街まで湖畔に向かう人間が居ないかを調べた。その調査の結果が本日の宿泊地として反映されていた。
「あの馬車に乗ってるのが黄昏聖母の関係者だったら楽なんですけどね」
「関係ないにしてもなにかしら知ってるでしょ。南西の街以外からこの街道に合流するような分岐も集落もなかったし」
「とりあえず緋色の印象を見せて反応を伺ってみるしかないですね」
そういいながら俺はネックレスにして胸元に隠していた指環を左手人差し指にはめた。
「それよりもずっと気になってるんだけど、ロランのMPって今どれくらいあるの?」
「急ですね」
「今日やること概ね決まったし、それ実行するまで待ってる時間が勿体無いから魔法に関することを聞くのってそんなに急ってほどでもなくないかな。7日間って期限まで設けられちゃったしさ」
「こっちの都合で期限設けちゃいましたからね。わかりました。それで俺の現在MPでしたね」
俺は自分のステータス画面を呼び出して確認しながら答える。
「大体111万5千程度ですね。それくらいないと魔法を5つほど常時維持し続けるのは難しいですから」
「私と桁が違い過ぎるんだけど。今の私でも使えるようになるの? 私のMP2600ちょっとしかないよ」
「問題ないです。俺たちが南部の街から脱出するときに使った魔法で消費したMPの総計は3000ですし、その後の維持に大体心臓が3回脈打つ間に6消費されるくらいですね」
「それって変じゃない? 3000も使ってたら私が触れただけでHP0になっちゃうんだけど……と思ったけど『総計』なのね。てことは少なくともふたつ以上魔法を使ってたわけだ」
「正解です」
「次の質問いい?」
「どうぞ」
「ロランが操ってた化物はMP1000で造ったモノだったわけでしょ。なのに私が触れても消滅しなかったのはなんで? 普通なら使用したMP分くらいのHPを奪ったらその時点で効果が切れちゃうはずだし、湖畔でロランが『水』魔法の生物をまとめて消しちゃったのもそれを利用したからだよね」
「確かに俺が湖でやったのはそうですね。ただあの魔法の特徴として魔法でしか消滅させられないっていうのがあるんです。通常の魔法は消費MP分のHPを削ったら効力を失いますが、俺や彼女が使っている魔法は魔力供給が切れても魔法が残り続けるんです。しかも発動時に消費したMP分のHPが付与された状態で」
「だから消滅させるには魔法のHPを0にしなくちゃいけないってことね」
「そういうことです」
ここまでの説明を受けてメルさんは腕を組んで深く考え込みながら情報を整理する。
「目に見えない魔法となると準備段階で先に『風』魔法を発動して、その効果が残っているうちに後追いで半分以下のMPを使って発動させた『土』や『水』の魔法と混ぜられたら……」
などと思考をぶつぶつと口にしながらメルさんは順序立てて魔術を発動するが、想像通りの結果とは行かずに首を傾ける。それでもなにか掴み取るものがあったのか、彼女は再度挑戦した。すると今度は準備段階で発動予定の『風』属性魔術が不発になったが、彼女は気にする様子もなく、次に発動予定の『土』属性魔術を問題なく発動させたが、どういうわけか瞬間的に消滅した。
「次は上手くいく気がする」
そうちいさくつぶやいたメルさんは、また初手の魔術を不発させる。どうやら意図的に失敗させているらしい。次いで『土』属性魔術を発動させ先刻と同じように消滅した。だが彼女はそこからさらに次の魔術を構築して今度は『水』属性魔術を発動させた。
すると俺の予想に反して本来1秒と経たずに消滅する魔術規模の『水』属性魔術が維持され続けていた。
ふよふよと浮かぶ液体をメルさんは自在に形や色を変えたり、分割したりとひと通り試す。それからステータスを確認するように宙空を眺めてから浮遊する液体に向けて使い慣れた『土』属性魔術の氷をぶつけて消滅させていた。




