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046.紅き世界の創造者(5)制限時間

 俺たちは荷物をまとめて湖畔の街を夜のうちに離れた。


 儀式の間は湖畔に魔獣が群れるとあってアヴラメリーの遺体が発見されるのはかなり遅れることだろう。もう俺が転生した目的自体は果たしてしまったが、このまま転移者を放置すれば次の神の使徒が目覚めないとも限らない。顕界文明管理局とアヴラメリーが呼称していた組織には、神様の話だと全部で81人所属しているということだった。そのうちのひとりを処理したところですぐに解決するとは思えなかった。


 次の神の使徒を覚醒させられる前に転移者をアヴラメリーに代わって駆除する。転移者が死亡したとなれば神の使徒は、もうこの世界に現れることもないだろう。だからこそ早急対処する必要があった。それに転移者に時間を与えれば、前世の俺と同じようにチート能力や異世界の知識を駆使してちょっとした地位やコネを手に入れてしまいかねない。そうなってくると転移者ひとりを駆除するだけでは済まないことだけは間違いなかった。


 会話もなく街から随分と離れたところまで来たところでメルさんが尋ねてくる。


「ロランも神の使徒ってやつだったりするの? 精霊様を遣わすような相手から指示を受けたりしてたみたいだけど」

「違いますよ、たぶん」

「断言は出来ないって感じか」

「そんなところです。彼女も神様から不穏なモノが近々現れる可能性が高いから湖畔の街で罠を張って対処するよう命を受けていたようですから。俺はその対象だと疑われたようでしたね」

「ロランを疑う気持ちもわからなくもないけどね。あんな魔法が使えるくらいなんだからさ」


 などと言いながらメルさんは頭上を指差す。俺が上空に常時待機させている透過させた魔力物質の球体のことを示しているのだろう。


「疑われたのはあれを使う前でしたけどね」


 するとメルさんは頭上に向けていた手を下げ、今度は俺の靴を指差す。


「その靴にも同じ物を仕込んでるんでしょ。あの浮いて移動する魔法もそれ使ってるんじゃないの」


 やはり誤魔化せるはずもなかったか、とため息を吐く。


「あの状況じゃ、隠し通せるわけないですよね」

「まぁね。それで思ったんだけど、あの化物を乗物にしてたときも本当はなにか対処法あったんでしょ」

「生物のように複雑な動きをさせなければある程度は対処出来ますね」


 表面を魔力供給を切った魔力物質で覆うだけでいい。元が俺の魔力で生成されている物質であるため俺本人と同一の存在だと判断され、魔力供給され続けている魔術の影響を受けないのである。


「もう私に隠す必要ないんだから近くに待機させててもいいんじゃないの」

「メルさんが研究したいだけでしょう」

「そりゃね。今回なんて左腕吹き飛ばされて人質にされただけだったし、自力でなんとか出来る方法があるなら知りたいと思うのは当然の帰結だと私は思うね」

「それをここで持ち出しますか」

「本当のことだしね。ロランには精霊様との約束事があるだろうから使い方は尋ねない。だから自力で使い方を見出して習得する。それには現物を知らなきゃね。別に魔法自体を見せる分には問題ないんでしょ?」

「否定はしません」


 正直なところ教えたところでメルさんには使えない。今の彼女は魔創痕シジルで掴んだ魔術行使の感覚が強く残っている。その影響で魔術の全てに『操作』と『変化』が組み込まれ、魔力比率が70%必要な合成属性効果を発揮させられない。


 今まではメルさんの本来あるはずだった環境を一変させてしまった原因が俺にあり、その負い目もあって手を尽くしていた。

 だが今のメルさんには転移者が絡むような事態以外は、単独でどうにか出来るだけの能力ちからが既にある。なのに俺は彼女の側を離れることが出来ない。本当ならここらで関係を断ち切ってしまうのが得策だというのはわかっていてる。なのに前世の記憶が脳裏を過ぎり、彼女の悲惨な末路を想像してしまい踏ん切りが付かないままでいた。


 歩みを止めメルさんの顔を見上げ、1週間以内に転移者が現れるというアヴラメリーの言葉を思い出す。転移者が付近にいるというのは神の使徒の情報なので外れる確率は低いだろう。だから期限までに転移者と遭遇し、確実に駆除する。手段は既に用意してあるのであとは相手を見つけ出すだけだった。


「……ロラン?」


 俺が足を止め黙り込んでいたからだろう。メルさんは不安げな声を出す。


「7日間です」

「7日って魔法を指南する期間?」

「えぇ、それ以降はなにも教えることは出来ません」

「わかった。それだけあれば充分だよ」


 メルさんは試されていると受け取ったらしい。俺としてもそう受け取って貰えればと思っていたので内心胸を撫で下ろした。


 1週間で世界を歪ませる元凶である転移者を排除し、前世で最も大切な少女がそうしたように自害という手段を持って俺もこの世界を立ち去る。その後、メルさんがどう生きていくのかはわからない。だがもう手を貸す必要はないだろう。彼女にとって脅威となる存在も運命を歪ませてしまった俺もこの世界から完全に関わりを断ち二度と関わることはないのだから。

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