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045.紅き世界の創造者(4)洗脳

 神様に提示されていた前提が明らかに違っている。このまま指示通りにアヴラメリーを殺したとしても相手組織が洗脳を行なっているという証拠は得られないだろう。いや、もしかしたら彼女は外部組織の目を欺くような洗脳をされている可能性がないとは言い切れない。

 そもそも相手が既に覚醒状態だったというのが想定外の事態なのである。


「ひとによって就労条件が違ったりなんてことは」

「ひとりひとり転生させられる世界が違うから働く環境自体は違うけど、条件に関して他の人がどうかは知らないな。別の管理官と顔も合わせたことないしさ」


 俺が神妙な顔をしてしまっていたからかアヴラメリーは、なにかを感じ取ったらしく尋ねてくる。


「その知り合いの管理官となにかあったのか?」


 洗脳のことについて素直に話すべきか、誤魔化すべきか迷う。これで相手組織に神様が疑いをかけていることがバレることもあり得る。なので転移者とアヴラメリーが顔合わせするまで結論は先延ばしすることにした。


「それなりに仲良くさせてもらってたんで、職務中に自害するほどの目に遭ったのかと思うと不憫で」


 言葉自体に嘘はない。


「前世の記憶があると他人の身体を使ってるって感じで割り切れたりもするんだが、そいつはそうは思えなかったんだろうな。もしかしたら容姿が前世の自分と似てたのかもな」


 VRアバターを使って仮想現実の世界に浸っていたり、夢の中で自分以外の登場人物を演じているのを俯瞰しているような感覚なのかもしれない。


「そう出来ないひと向けに、催眠療法のような処置が施されたりとかしないんです」

「やってるやつもいるかもしれないな。いきなり人間を殺せって言われても困るだろ。いくら相手と自分に死後の新たな転生が確約されてるって言ってもな。まぁ、相手が異能を使ったり、別世界の知識をひけらかしたりしなけりゃ手を出さないで済むんだけどな」


 アヴラメリーは転生後まともとは言い難い環境の中で過ごしていたからか既に他人を手にかけることに関して抵抗はないようである。


「よく成り立ってますね、そちらの組織」

「一度雇用されちまうと逃れられないからな。相手は世界の外側にいやがるから抗議しようもないしさ」

「いっそ転移者を放置してみるなんてことは」


 そんな提案をするとアヴラメリーは表情を消し、瞳から光が失われた。その様子は前世の死に際で目にしたものと酷似しており、俺は息をのむ。かなり迂闊な発言であったらしいと気付く。


「申し訳ない。事情も知らずに軽はずみな発言を」


 即座に撤回すると彼女の表情はすぐに戻った。


「気にするな」


 アヴラメリーのこれまでの発言を思うと明らかに洗脳されているとしか思えない反応を目の当たりにして俺は、神様の提示していた前提条件に間違いがなかったことをはっきりと理解した。これ以上の探りを入れるのは危うい。そう判断した俺は話を切り上げて離脱することにした。


「とりあえず俺はさっき提案した通りに南西の街に様子を伺いに行ってみますよ」

「こっちはこっちで迎え撃つ準備を進めておくよ」


 今にして思うと妙な話である。転移者が与えられた能力ちからを使わなければ手を出す必要はないと言っていたが、用意している状況は相手に能力ちからをどうにかして使わせようというものである。

 それを踏まえてから改めてアヴラメリーの発言を解釈し直すと能力ちからを使うことを誘導してでも駆除することが絶対であると感じ取れるものばかりだった。


「それじゃ、1週間後に」


 それだけ言い残して湖面を滑走しながらメルさんになんと説明すべきかまとめる。

 南西の街に行くにあたってアヴラメリーから離れるのは不安もあるが、近場に潜むのも難しい。俺がここを離れている間に転移者と遭遇されれば、さっさと駆除して洗脳によって自害させられてしてしまいそうな気さえするのである。そこが一番の問題だった。


 だが今すぐ処理してしまえば俺の目的自体は果たせる。転移者と顔を合わせることなく神の使徒と出逢えたのだから幸運もと言えた。


 そんな考えを巡らしているうちに俺はメルさんの元にたどり着く、彼女を覆うように『変化』させていた魔力物質のドーム状防護膜を再度球体に戻すと大半を元々待機させていた上空へと浮上させた。


「どうにかあちらの方との話は付きました。それで相手から出された条件がありまして、俺たちはこれから南西の街に向かうことになりました」


 俺の言葉を受け、メルさんは黙り込んだまま反応を示さずにじっと俺を見据えている。


「メルさん?」

「……あのひとなんだったの」

「神の使徒だったようです。それであの方の依頼で南西の街の異変を調査することになりました。この地を離れるわけにはいかないそうで、俺たちが代わりにと言うわけです」

「神の使徒? 精霊様じゃなくて?」


 メルさんは疑わしげな目を向けてくる。


「えぇ、精霊様を世界に遣わされた方に能力ちからを与えられた存在らしいです」

「なんというか胡散臭いね。黄昏聖母ババロンの信者が言いそうな内容だしさ」

「なんにしてもここは去りましょう。俺たちが泊まってる宿に関してもきな臭い情報を貰いましたし」

「どんな?」

「今日行われた儀式を経済的に支援している組織と繋がりがあるらしいです。本当なら貸切だったらしいんですが、そこに俺たちが泊まれたのは魔創痕シジル持ちの疑いがある若い女だったからみたいですね。なんでも次の儀式の人柱候補にされるかもしれないと。もっと早くに街について宿の食事を口にしてたら薬でも盛られてたかもしれないですね」

「また妙なことに巻き込まれてたのね。ロラン、なにか悪い物でも憑いてるんじゃないの?」


 俺たちはそれぞれ性別を偽った格好をしているので目を付けられたのは必然的に俺ということになってしまっていた。


「はっきりと否定出来ないのは困りものですね。とにかく、早急にここは離れましょう」

「荷物はどうする?」

「見つからないように回収していきましょう。さすがにまた荷物を手放すのは厳しいですから」

「だね」


 メルさんはくるりと踵を返し、宿のある方向に歩き出す。その後ろをすぐには追わず。俺はちらりと背後に視線を向けた。


 少しばかり手元に残していたメルさんを防護していた透明な魔力物質の一部を瞬間的に鋭い円錐形へと『変化』させ、音速を遥かに超える速度で撃ち出す。わずか50mの距離などないに等しく、標的を的確に撃ち抜いた。


 それから少しの間を置き、遠くでばしゃりと水を叩く音が上がるのを耳にしながら俺は慌ててメルさんの後を追いかけた。

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