044.紅き世界の創造者(3)職務規程
メルさんの提案を受け入れて変装していたことは無意味ではなかったらしい。転移者を呼び寄せる可能性の高い儀式に駆り出されるかもしれない。もし転移者が出て来てくれたのならどさくさにでもアヴラメリーを亡き者に出来る。彼女には恨みはないが、これは彼女にとっても救済なのである。
「それは好都合ですね」
「既に事象予報から外れてるから楽観視出来るようなことではないと思うんだけどな」
俺が言わんとすることを察したアヴラメリーだったが、乗り気ではなかった。
「戦力が増えるに越したことはないのでは」
「こちらにも転移者を駆除するのにいろいろと条件があってな。ただ単純に殺せばいいというわけでもないのさ」
そういえばと神様から聞かされていた転移者を使ったゲームの内容を思い出す。
「異能を使って、この世界の文明や環境を掻き乱すような行為をしていない場合は手を出せないんでしたっけ」
「そうさ。だから殺害するにしても相手が異能を使うなり、前世の知識を披露するなりさせないといけないのさ。ただ儀式を止めるだけならこの世界の魔術だけで事足りるだろうからな。あとひとつ厄介なのが、転移者に自身の死を認識させないといけないくてな。不意打ちで殺すってわけにもいかないのさ。なぜ殺されたのかも今際の際に罪状を告げてやらないといけないしな」
「あぁ、侵略的異界転生体被害防止法ですね」
夢で前世の死に際を何度も見ていたので、すんなりとその単語が出て来た。それはアヴラメリーに俺が外界の人間だと信用させるには充分だったようで、彼女の警戒心はかなり薄れた。
「転移者が明らかに異世界から来たとわかるような手合いならいいんだがな」
そうなってくると事前に転移者の情報があれば、俺の前世のときのように不意打ちに近いやり方で駆除するのが手っ取り早そうである。
「それなら俺が南西の街に行って様子を確かめて来ましょうか?」
「私としては助かるが、そっちの仕事はいいのか」
「俺に与えられてる業務は新たにこの世界に発生した魔術法則の調査でして、道中で聞き齧った噂によると南西の街には現在調査中の付与魔術に関するなにかがあるようなので却って都合がいいんですよね」
「そういうことか。それなら偵察を頼めるか。もしかしたら入れ違いになって空振るかも知れないが、そのときは気にしないでくれ。元々私の仕事だしな。それと、あー、そっちの名前聞いてなかったな」
女装しているので名を偽るべきか迷ったが、ここは素直に名乗ることにした。
「ロランです」
俺が名乗るとアヴラメリーは首を傾げた。
「なんか男みたいな名前だな。いや、この世界では女性名だったりするのか」
「いろいろと事情があって今はこんな格好をしてますが、俺は男で間違いないですよ」
アヴラメリーは儀式の最中であったためか一糸纏わぬ姿でいたので男だと告げたのは失敗だっただろうかと思ったが、彼女は別に気にした様子はなかった。
「そうか。それなら宿の主人にはそれを理由に人柱候補から外してもらうか。だがそっちの趣味がある奴もいないとも限らないな」
などと言っていたが、すぐに思考を切り替えて話を進める。
「それじゃ、ロラン偵察頼めるか」
「えぇ、任せてください。とりあえず1週間後までにはこの街に戻りますね」
「移動手段はあるか? ないなら馬車を用意させるが」
「それは問題ないです。それに馬車だと融通が利かない場面も出てくるかと思いますんで」
「それもそうだな」
そうして話がまとまりそうだったので、最後に俺は一番の懸念を取り払うために進言する。
「もし俺の偵察が空振りして、転移者をひとりで駆除されたとしても自害ぜずにここに残っておいてもらえますか」
対象駆除後に強制的に自害させられる可能性が高いが、既に神の使徒として覚醒しているアヴラメリーなら話さえつければ思い止まってくれそうな気がしていた。
「自害? 私がか?」
アヴラメリーの反応は俺が想像していたものと違っていた。なにか妙な違和感を覚える。
「以前お会いした方は、任務完了直後に自害されていたので。てっきりそうするものだとばかり」
「そんなやつがいたのか。にしてもそいつはなに考えてんだろうな。そんなことをすれば仕事が増えるだけだってのに」
「どういうことです」
「私らの就業年数に関わってくる話でな。私ら顕界文明管理官は全員天寿を全う出来ずに死んだ人間ばかりなんだが、残されていた寿命分だけ働かされることになるのさ。だから転移者を駆除した後は、前世で消費しきれていなかった寿命を消費し切るまで生き永らえるのが普通なのさ。そうすりゃ与えられる仕事も一度で済むしな。だってのにそいつは自害したんだろ。そんなことをすれば残された寿命を消費しきれずに次の転移者を駆除させられることになるのさ。まぁ、その世界での立場が余程苦痛だったってんなら自害するのもわからんでもないがな」
俺はアヴラメリーの話した内容に大いに困惑させられた。




