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041.猛き悪魔の召喚者(9)精霊憑き

「ロラン、魔法が使えない!」


 魔獣に向けて左手をかざしていたメルさんが切羽詰まったように言う。俺は反射的に湖の中程に立つ少女に意識を向け、彼女の魔術発動領域内に俺たちが入っていることに気付く。距離的に見て『風』属性魔術でなければ最低でも消費MP60以上費やしていることだろう。だが、彼女は俺たちがここにくる前から魔術の発動準備に入っていたのではないかと思えた。


「彼女の魔法の発動領域内に入っちゃってるみたいです。もしそうなら彼女の魔創痕シジルは消費魔力に上限がないみたいですね。とりあえずメルさんは俺の側にいてください」

「あ、うん」


 たじろぎながらメルさんは俺の背後に隠れるように移動する。そんな彼女の意識は湖に立つ少女に向いていた。俺は短剣を抜き放ち、宙を踏む。


「なにかあるかもしれないと思って、魔力供給をきってなくてよかったです」


 雑に説明的な言葉を口にして、地面すれすれを滑るように移動して最も近い位置にまで接近していた魔獣を一振りで両断する。その後、メルさんに魔獣の意識が向かないように立ち回りながら次々と魔獣を斬り伏せていくが一向に数が減る様子が感じられない。一瞬、湖の少女に意識を向けるが、彼女の方にはどういうわけか魔獣は一切近付くような素振りすら見せないでいる。もしかしたらあの辺りだけ精霊様の加護が施されでもしているのだろうか。だがそんな根拠のない推測で彼女の側にメルさんとともに魔獣を引き連れて避難も出来ない。


 それにしても彼女は一体どれだけのMPを注ぎ込んだ紋章術テウルギアを使う気なのだろう?


 まだ発動の兆候はない。それを示すようにメルさんはどうにか魔術が使えないだろうかとさっきから何度も魔獣に向けて左手をかざしていた。


 斬り伏せた魔獣の数は数十匹を超えたが、それ以上に湧き出してくる。最早短剣一本で対処出来るような数ではなかった。

 ただ幸いなことに湖の少女が大規模な魔術の発動領域を展開しているため魔獣たちも妖魔術ゴエティアが使えずにいたことだけは救いだった。もしそれがなければ遠距離から魔術による集中砲火を浴びせられ、俺は無事だったとしてもメルさんは耐え切れるか怪しいところだった。


 しかし、絶え間なく続く魔獣の対処に肉体的にも精神的にもかなり疲弊させられている。短剣は消費MPを50万以上注ぎ込んで造った魔力物質製なので刃毀れひとつしていないが、俺の体力の方はかなり厳しいものがあった。

 この世界ではいくら大量の魔力があろうとも魔術によって肉体を強化することが出来ないためこの問題ばかりはどうしようもなかった。


 もう背に腹は変えられないかと俺は別の手段で手数を増やそうとしていると少女に動きがあった。


 空を仰ぎ見ていた少女は、月明かりを反射して銀に煌めく刺突短剣の先端を魔獣と戦う俺たちの方に向ける。すると彼女の側に水で出来た巨大な鮫が出現した。大きさからして俺がメルさんとともに屋敷から脱出するのに使った化物の半分程度のMPを注ぎ込まれているようだった。


 少女によって造り出された水の鮫は宙を高速で泳ぎ、群れた魔獣を次々と噛み殺していく。それに負けないとばかりに魔術が使えるようになったメルさんは張り合うように使い慣れた『土』属性魔術で魔獣を射抜いていった。

 そこからの展開は一方的で際限なく現れているかに思えた魔獣は次第に数を減らし、やがて動くものは俺たち以外にいなくなった。


 魔獣が殲滅されてしまうと少女の鮫は新たな獲物を探すような動きを見せる。直後、鮫は大口を開けてメルさんに喰いつこうとした。共闘していた相手が宣告なしに攻撃して来たことに思考が上手く巡らなくなってしまったメルさんは身体を硬直させる。

 俺は咄嗟に間に割り込んで短剣で斬り裂くと魔術製の鮫は消滅した。

 持続時間からして少女が使っていたのは魔力物質化させる二段階発動の魔術である。能力的にもしかしたら彼女が転生者かもしれないとも思ったが、あくまでもこの世界の魔術法則通りの能力ちからの行使をしており、加えて数年前から湖畔の街にいるらしいとの情報を事前に得ているためそうでないことだけははっきりしていた。


「あの子が精霊様が受肉した姿だったりするんでしょうか。そうでもなければ魔創痕シジル持ちであれは異常ですよ」

「魔獣があの子に近付かなかったのもそれが理由?」

「かも知れません。しかし、困りましたね。俺たちに敵対する意思はないんですが、あちらは話を聞いてくれそうにはありませんよ」


 湖の中から次々と水で出来た魚が飛び出して来る。その数は4桁に届くのではないかというほどだった。俺と同じように事前に魔術によって作成したものなのだろう。わざわざ鮫をつくったところからして、どうやら俺の魔力物質製な武具と同じように切り札として魚の群れを湖内に潜ませていたらしい。どれだけのMPを注ぎ込まれたのかわからないが、規模からしてメルさんのHPがかすっただけで吹き飛んでしまう可能性が高い。最悪の状況を避けるために物理干渉を無効化させるため『風+水』の合成属性魔術【プロテクション】を使いたいところだが、メルさんの全身を覆えるだけの魔術規模にするとなると消費MPは70以上、発動に最低でも45秒を要する。発動出来たとしても維持出来るのは8秒に満たない時間だけ。当然そんなものを相手は待ってくれるはずもなく、魔術製の魚の群れは一斉に襲って来た。


 あの全てが同一魔術を分割したものであるなら対処のしようがあると俺はメルさんをかばうように短剣を手にして滑るように前に出ると下手に複数体を処理しようとはせずに群れの中の1匹を堅実に斬り裂いた。


 瞬間、魚の群れは一気に消失する。どうやら産み出すのに消費されたMPは50万以下であったらしい。だが、それで万事解決とはいかなかった。


 俺の背後で苦痛に呻くメルさんの声が耳に入る。俺は少女を警戒しながらメルさんの側にまで後退り、彼女の様子を目にする。そこには左上腕部の中程から下を失って、血をだらだらと滴らせながら少しでも出血を抑えようと左上腕部の血管を右手で圧迫しながら歯を食いしばり、苦悶に表情を歪めるメルさんの姿があった。


 そんなメルさんの側には1匹のちいさな海蛇が宙空でとぐろを巻き、ちろちろと舌を出し入れしながら俺を真っ直ぐに見据えていた。

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