040.猛き悪魔の召喚者(8)異端の少女
「弟さんのこともあって気になってはいたんですが、もしかしてメルさんが村にいる間に魔創痕の世間的な評価は変わってたりするんじゃないですか」
俺の発言にメルさんも思うところがあったのか、押し黙って何事か考え込んでいた。
「この街では随分と前から受肉祭が行われていたようですから俺たちが住んでいた南部の山向こうとはそもそも文化圏が違うのかもしれませんが」
「でも、さっきの子たちさ。ふたりとも魔創痕があったんだけど、なぜかふたりの魔創痕が違ったのが気になるんだよね」
メルさんが指摘した通り、刺突短剣を手にしていた少女の左手にも魔創痕はあった。
「そこなんですよね。それとこんな風習がある場所にメルさんの両親が懇意にしていた相手が居たとは思えないんですが」
「たぶん、面識なかったんじゃないかな。ここの紋章が印璽された封蝋があったのを見つけただけだから手紙を一方的に送られて来てただけなのかも」
なんとなく魔創痕持ちの娘がいるところに無作為に送っていたりしたのではないかと思えた。
「直接さっきの子に話しを聞けないでしょうかね」
刺突短剣を手にしていたからか、俺はどうにもさっきの少女のことが気になっていた。
「そうね。しばらく部屋から出てましょう。臭いが残っててどうにも気分が悪いし」
「それが原因だったりするのかもしれないですね、この宿の部屋が空いてたのって」
「まぁ、ありえそうなことよね。私たち以外でここに泊まってる客は異常性壁持ちの人間だったりするのかもね」
「宿の主人はそんな感じでしたけどね」
受肉祭のことについてやたら嬉々として話していたのが思い出される。彼なら少女の居場所も知っているかも知れない。そう思った俺は早速詳しい話を聞きに向かった。
少女を刺殺し、遺体を焼く儀式の詳細を尋ねると宿の主人は興奮気味に捲し立てていろいろと教えてくれた。
するとどうやらあの儀式は身を穢された少女を一角獣の角を模した刺突短剣で心臓を刺し貫き、精霊様の浄化の能力で心身を清め、肉体を火にくべて器だけを失わせることによって穢れのない精神体となった少女が、精霊様の糧として喰らわれることになるのだという。その見返りとして荒地のど真ん中にありながら枯れることなく湧き続ける水源と豊かな緑が保証されるといった内容だった。
ふたりの少女の魔創痕が違ったのは、個々人によって浮き上がる紋章が変わるからだという。俺はメルさんに目配せすると彼女は首を横に振った。
どうやらここの紋章官は少女達を使ってさまざまな魔創痕の実験をしているらしい。
黄昏聖母の指示であるかどうかは判断がつかないが、受肉祭が今の形になったのは十数年前からだという。これはもう紋章官が権力を行使して好き勝手やっていると見ていいのかもしれない。だとしたら霊媒師も一枚噛んでいる可能性もある。
浄化させるために一度穢すというのも意味がわからないが、受肉祭という名称からして本来は全く別の儀式が執り行われていたような気さえする。肥沃な大地を維持するために人ならざる者に人柱を捧げるにしてもこうも見世物紛いのことをやっている理由がいまいちわからなかった。文化圏が違うにしてもどこかズレているように感じるのである。
この土地が荒地の中にあって水と緑が豊かなのは盆地の外縁部にある山々に降った雨が地中深くを通って、たまたまこの辺りで湧き出しているに過ぎない。だがそんなことを説明したところで、この街に信じるものはいないだろう。
俺とメルさんは宿を出て湖へと向かう。あの少女は己の身と血で穢れた刺突短剣を清めるため、そこで一晩過ごすことになるとのことだった。それは血の臭いで湖の主となっている魔獣を呼び寄せて餌となるためらしい。だが、あの少女になってからは何年も喰われずに済んでいる。もう魔獣は死んでしまったのではないかと言われてもいたが、儀式外のときに湖の主に喰い殺された人間がいるのでそれはないということだけはわかっていた。
「深入りする気はないですが、やはりあの少女には話を聞いておきたいですね。黄昏聖母のことを詳しく知っているかはわかりませんが、少なくともここの紋章官や霊媒師に関しては知っているでしょうし」
「なにか特殊な能力を持ってたりするのかもね」
正直なところ、こういった出来事に遭遇するのは転移者であって俺ではないはずなのだが、次々と妙な出来事に出くわすことになってしまっているのは俺が転生者だからなのだろうかと本気で悩む。俺は神様が用意した転移者用のゲーム的なイベントを潰していっているような気さえするのである。
「実験中の当たり魔創痕でも引いたんでしょうかね」
「魔創痕ってだけでハズレだけどね」
そんな応酬をしながら湖に出る。広い湖の中程には月明かりに裸身を照らされる少女らしき影が見えた。そんなに深くはない湖なのだろうかとも思ったが、少女の足元をよくよく見ると岩の上に立っているのがわかった。少女はなにをするでもなく、刺突短剣を片手に空を仰いでいる。
「話すには都合がよさそうですが。この辺りは精霊様の加護の外みたいですね。そこかしこに魔獣の気配を感じます」
「通りで覗きに来てる人間が誰も見当たらないわけね。でも、これではっきりしたかもね。あの子、こんな状況下でも生き残れるなにかを持ってるってね」
なんて会話を交わしている間に俺たちは周辺から次々と姿を現した魔獣に囲われてしまう。その中には湖から這い出てくるものも複数いた。




