004.ルール説明(2)神の使徒
「なんだい?」
「魔術に関しては、なにを目的として設定されているかは概ね把握しました。それでなんですが肝心要の転生後、俺が転移者を発見した場合の対処を聞きたいのですが。俺が転移者だったことを考えると、転移者を捕縛したところで情報を得られるとは思えないんですよね。神様はその辺り曖昧にぼかされていて説明してくれてないですから失礼だとは思いますが、正直疑わしいかと」
かなり失礼な物言いだったかもしれないが、彼女が悪魔もしくは神の使徒を送り込んでいる勢力と繋がりがないとは手持ちの情報だけでは言い切れない。俺の存在が次のゲームを盛り上げるための1要素に過ぎない可能性が否定出来ない以上は仕方のないことだった。
「仮にあたしがどちらかの勢力だった場合に、少年はこの場で処分されるとは考えなかったのかい? 相手の素性がわからなくとも少年との力関係ははっきりしているのだから今の発言はかなり迂闊だと思うね、あたしは。少年が殺された状況が状況だから慎重になるのもわかるがね」
地雷を踏み抜いてしまったかと内心焦っていたが、上位の相手の土俵に上がる危険を冒さなければ、うやむやにされて使役されるだけになってしまいそうな気がしてならなかった。
言葉に窮していると神様が間を空けてから真意を交えて説明を加える。
「まぁ、そういった側面がないとは言わない。ゲームの盤面を乱す不確定要素として利用するつもりでもあったしな。少年を殺した神の使徒はかなり出来がよかったから全く尻尾を掴むには至れなかったが、そうそうあのレベルのやつが送り込まれるとは思えないんでな。あの手管を知ってる少年に神の使徒候補の監視役をしてもらうのが本当の狙いさね。最悪、少年が殺されても回収した魂から記憶情報は抜けるから問題ないしな」
「軽いんですね、命そのものが」
「管理下の世界に発生した極小さなバグのひとつだしな。その程度で済むなら重畳だろ。そうだな例えるなら少年の身体を構成する細胞のひとつが不具合を起こしたから切除したのだとでも思ってくれ。あれだ癌だよ、癌。治療せずに放っておいたらあちこち転移しちゃうだろ」
言っていることはわからなくもないけれど、人の身である自分からしたら心情的には容易に受け入れるのは難しかった。
「理解はしました。納得は出来かねますが」
「ならばよしとしてくれ。新たに人員を確保するもの難しいのでね」
「しかし、手管と言っても俺はなにもされていませんよ。ただ彼女を助けるのに異能を使いはしましたが」
そう告げると神様は、びしりと俺を指差す。
「そこだよ。それが問題なのさ。神の使徒は無自覚に立ち振る舞いながらも転移者にとって大きな存在になってしまってる。積極的に異能を使っていなかった転移者が、異能を使わざるを得なくなった原因のほとんどが神の使徒に端を発しているのさ、高確率でな。まるで違反行為を誘発させて、そこを証拠として取り押さえているかのようにね」
その物言いにかちんと来たが、俺はふつふつと沸き上がる感情を抑えて淡々と問いかける。
「彼女も俺をそうやって騙していた、と」
「いや、騙したわけではないだろう。少年と親交を深める可能性の高い因果を秘めた魂、いわゆる運命の相手というやつを選別して神の使徒となる処置を施して事前に転移先に配置していたんじゃないかとあたしは睨んでる」
運命の相手と言われ、脳裏に彼女と過ごして来た平穏な日々が鮮明に蘇る。その大切な記憶を思い返しながらこれから俺が追うことになる転移者にもそういった存在と出逢うことが確約されているのかもしれないと思うとなんとも言えない気分になった。
「……その処置を解除する術は用意出来ないんですか」
「現状では無理だな。あたしには神の使徒に関する情報が皆無と言っていい。ありゃ独自の技術だろうからね。少年は異能を与えられただけで精神面に影響を及ぼすような処置を魂に施された形跡はなかったから参考にも出来なかったしな。だから少年には転移者の周囲で対象者と特段親しくなり得る可能性を持った人物を注意深く探って欲しい。神の使徒は必ず転移者の側に現れるからな。もし意図的に異能を使わせようとしている人物を目にした場合は処理してくれると助かる。少年が直接手を下せば、その魂はあたしの方で回収出来るからな。そいつを解析して、意図的に異能を使わせるべく誘導させるような洗脳をしていた形跡が見つかれば摘発に漕ぎ着けることが出来るはずだ」
俺は1度深く息をする。話の流れから成すべきことは見えて来ていたが、即答しかねた俺は確認するようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「俺に神の使徒を殺せと」
「あぁ、あたしが用意出来る環境で少年に実行可能なのはそれくらいだからな。転移者に妨害される危険性は高いが、異能持ちだった転移者の少年なら対処法もいくらか捻り出せるだろ」
迷うなというのが無理な話だった。だが彼女は今も神の使徒を送り込んでいる組織に属されているのかもしれないと思うと悩ましかった。もし彼女が神の使徒として送られて来たとしたら俺は、彼女を殺すことが出来るのだろうか。
そうして迷う俺を見かねたように神様は新たな情報を開示した。
「定期的に入れ替わりはあるが81人だよ、現在あちらさんに所属させられてるのはね。少年の想い人が今も所属しているかは不明だが、能力的には手放したくない人材ではあったかもな。ま、神の使徒の心情を尊重してどうにか出来るとは思わないことだね」
気持ちが揺るがぬように、ぐっと拳を握って意思を固める。
「そうですね。形振り構っていては、救えるものも救えなくなるっていうのは身に染みてわかってるつもりです。最悪、俺自身の運命を呪うことになったとしても彼女を忌まわしき神の支配から解放出来るのなら、それが俺にとっての最上の結果なのかもしれません」
と決意を表明した。