039.猛き悪魔の召喚者(7)受肉祭
俺は南西の街に向かうべきだろうか?
それとも殺人鬼集団が駆除されたと情報が入るまで待つべきだろうか?
悩ましいが、今は北の湖畔を目指すしかない。
「ロラン、バカなことは考えなくていいよ。私たちは正義の味方じゃないんだしさ」
会話の最中に黙り込んでしまったからか、俺が殺人鬼集団をどうにかしようとしていると思われてしまったらしい。
「俺に火の粉が降りかかるなら対処しますが、わざわざ面倒ごとに首は突っ込まないですよ」
「そお? 私っていう前例があるから困ってる人がいたら無理してでも手を差し伸べちゃうのかと思ったよ」
「弟さんには手を差し伸べてませんよ」
「それに関しては私に気を遣ったのかと思ってたよ」
「メルさんに関しては優先順位がそれなりに高いのは確かですが、行動原理には直結しないですよ。俺には俺でやらなきゃならないことがありますんで」
「ふーん、そう」
期待外れな返答だと言いたげにメルさんは素っ気なく応じる。
「それはいいとして、俺たちがこれから会うことになる人物についてなにかわかってることとかあったりします?」
「なんにも情報なんてないよ。単に距離的に一番近いから最初に向かうことにしたってだけだし」
「それじゃ、精霊様に関しての情報はあります?」
「一角獣の姿で現れるってことくらいしか私は知らないかな。村の屋敷にあった文献にも大して情報なかったしさ」
「どちらも情報なしですか。例の殺人鬼集団に襲われてなければいいですが」
「それ、あり得そうで今から嫌な予感でいっぱいだよ」
「山越えしてまで南部の魔創痕持ちを殺したくらいですし。平坦な道を突き進めば到着する北部の湖畔の方が比較的簡単に向かえますからね。まぁ、まだ殺人鬼集団と南西部の街の嫌な噂の原因が同一であると確定したわけではないので、あくまでも俺らの想像でしかないんですけどね」
その後、湖畔の街での立ち回り方などを話し合いながら日が沈むまで歩き続ける。完全に日が沈み、月明かりで地面に残る轍が見える程度の明るさになった頃、昨日と同じようにメルさんを背負って俺は魔術での移動を開始した。
「そういえばさ、あれも精霊様が創り出した物なのかな。前までなかったよね、あの動かない星。もしかして、あれって精霊様に仇なす存在と関係があったりするのかな」
ぽつりと何気なく、メルさんはそんな疑問を口にする。彼女の視線の先にあるのは第2の月と呼ばれるもので、数年前に突如として大空に出現した。
それは元からあった月よりもひと回りちいさく見え、常に同じ位置に昼夜を問わず姿を留めている静止衛星だった。
「害あるものではないと思いますよ」
「でも、ずっと動かないなんて変な星よね。空からずっと地上を監視されてるみたい」
「もしそんなことになってたら俺たちはどこに逃げても、すぐに見つかっちゃいそうですね」
などと会話していると前方に樹々の生い茂っているらしき場所が、月明かりに照らされているのが目に入った。
「どうにか夜が深まる前に着きそうですね」
「それじゃ、ここからはまた歩きね」
俺は目的地の2㎞手前で停まり、メルさんを下ろす。
「宿まだ空いてるといいけどね。この時間だとどうだろうね」
「お金を積めば、空けてくれるとこは空けてくれると思いますよ」
「だといいけどね」
湖畔の周囲を覆う樹々は鬱蒼としており、黒々とした影を地面に落としている。その隙間から明かりが複数灯っているのが視認出来た。
俺たちは樹々の間を突っ切り、ようやく街に到着した。かなり夜遅いというのに街は賑わっており、眠ることを知らないのではないかという印象を受けるほどだった。
そんな街であったからか俺たちは簡単に街中に紛れ込み、宿を確保するのにも苦心することはなかった。
「なんとも好都合な日に行き合ったものですね」
こう何度も都合のよい展開が待っていると不気味になってくる。
「宿の主人は受肉祭とか言ってたけど、本当に精霊様が人の中に紛れ混んでるなんてことあるのかな」
「もしそうなら一角獣の姿ではなく、人間と似た姿で現れるってことですよね」
神様は一部の幻獣は受肉しているとは言っていたが、なんの意味があって受肉などしているのだろう。受肉祭に関して聞き齧った内容からして毎年のように受肉しているようだった。
「この街の文化がよくわかりませんが、こんな祭りが開かれてるのなら隊商のおじいさんはなんでここを早くに立ってるんでしょうね」
「うーん、祭りの最中で需要が落ち込んで安値になった品を買いあさって他所の行商より先んじて別の街に行って売り捌くためとか?」
「どうなんでしょう」
外からの声がより一層沸き立つ。祭りの一大イベントでも始まったのだろうかもしれない。何気なく窓から街の様子を眺めるとひとりの少女が複数の人間に追い回されているのが目に入った。メルさんも同じ光景を目にしてぽつりとつぶやく。
「あの子の左手、魔創痕がある」
目を凝らすと確かに左手の甲になにか描かれているように見えた。直後、少女は俺たちの泊まっている宿の側で引き倒されてしまう。彼女の顔は恐怖に歪んでいる。すると取り押さえられた少女にてらりとした液体が浴びせかけられた。それはどうも油のようで、その時点でこの後なにが行われてしまうのかを察せてしまった。
地面に引き倒されていた少女が無理やり立たされると、人垣が割れて別の少女が姿を現わす。新たに出て来た少女の手には一角獣の角を模したと思われる形状の刀身をした刺突短剣が握られており、それは前世の俺の死に際を想起させた。
「メルさん、カーテンを閉めた方が」
こういったものをメルさんに見せたくはなかったが既に遅かった。
想像通りの展開が眼下で繰り広げられ、儀式は進められる。やがて外から肉の焼ける嫌な臭いが部屋の中へと流れ込んで来たのだった。




