038.猛き悪魔の召喚者(6)動向操作
翌日の早朝に俺たちは隊商の人達と別れ、彼らとは逆方向に轍をたどって歩き出す。しばし進むことだけを優先し、特に会話らしい会話もせずに歩いていた。出発から数時間が経ち、改まって言葉を投げかける。
「メルさん、今のうちに少し話しておきたいことがあるんですが」
「なに?」
「俺と弟さんとの会話って、どの辺りから聞いてました?」
「割と最初の方から聞いてなんじゃないかな。殺人鬼集団がなんとかって辺りくらいからだよ」
「あぁ、その辺から聞いてたんですね。それなら聞いてたと思うんですが、弟さんは左腕を吹き飛ばされたって表現してたのが少し気になってたんですよね。斬り落とされたわけではないようなので刃物で襲われたわけではないのはわかりますが、いったいどんな仕打ちを受ければ吹き飛ばされるなんて表現になるんでしょうか。しかも相手は集団なんですよ」
メルさんは顎に手を当てて、わずかに考え込んでからすぐに推測を語る。
「そいつらが魔法を使ってたってこと?」
「殺人鬼集団はメルさんが以前言っていた汎用性のある魔創痕と似たものをつくろうと模索していた過程で黄昏聖母によって実験台にされた人間だったり、なんてこともありえるかも知れませんね」
「なにか他にも思い当たるものがありそうな言い方だね」
「もしかしたらなにか特殊な飛び道具を使用したんじゃないかと思ったんですよ。魔法並みに威力のあるような」
まだこの世界に転移者は現れていないらしいが、銃火器のようなものが開発されていないとは限らないのである。黄昏聖母は世界中に情報網を張っているので魔術以外の最新技術を把握していても不思議ではない。魔術は戦闘では役に立たないというのが常識の世界なのだから普通に科学文明が発達している地域くらいあると考えるのが自然だと思えた。
「そんなものあったらとっくに魔法の価値がなくなりそうだし、さすがにないんじゃないかな」
「ないですかね」
黄昏聖母の中では魔創痕の価値が低いのでそういったものを所有していても変ではないかとも考えたが、そもそも黄昏聖母は魔術結社なのだからそういった手段には手を出さないか。少し的外れな想像をしてしまっていたかなと頭の中を整理する。
「血痕が残ってた部屋、そういう荒れ方してなかったからね。たぶん、魔法使い集団でなんだと思う……もしかしたら新魔術なのかも?」
付与魔術の調査を一旦打ち切っていたことで、完全に頭の中から抜け落ちていた。確かにメルさんの言うように付与魔術を施されたなんらかの武器なら秘密裏に黄昏聖母が開発していても違和感はない。現状、付与魔術が使えるのは精霊だけなのである。霊媒師が揃っている黄昏聖母なら彼らから独自に素材を与えられ、利用法を見出すよう精霊から直々に指示を出されていそうだった。
「透貨のように透明な金属で造られた武器とか使っていたりしそうですね。もしそんなもので襲われたら弟さんのような表現をすることもありえなくもなさそうです」
「私たちは襲われることはないとは思うけど、そんなもの相手にしたくないね」
「ですね」
「それでロランの話聞いてて思ったんだけどさ。昨日、隊商のおじいさんが言ってた南西の街にその殺人鬼集団が居着いてるなんてことない?」
「唐突ですね。でも弟さんが襲われたのは2年前ですよ、山ひとつ越えた先の街にそんなに長く居座ったりなんてしますかね」
「おじいさんは南西の街での嫌な噂って言ってたけど。もともと住んでたんじゃないかな、それも数年前までね。どうにか脱出出来たけど身内を失ったとかそんなところでしょうね。だから未開拓地を抜けるような無茶をしてあちこちで噂を流してるような気がする。なんて言ったらいいかわかんないけど、おじいさんからはそんな雰囲気を感じたんだよね」
おじいさんからは悲哀のようなものを感じはしたが、ずっと復讐心を胸の内で燻らせていたメルさんだからその内に眠っているものを感じ取れたのだろうか?
「それなら弟さんの耳にもその手の噂が入ってそうですが……いや、居場所がわかってるから仲間集めをしてたってことなんですかね。他所でもやってるといった動向を少なからず知っているようなことを言ってましたし」
「私たちは西の鉱山に向かってたから北部の情報なんて集めてなかったし、山向こうとなるとね」
「そうなってくると黄昏聖母が放置してるのは何故なんでしょうね。魔法を私的に悪用してるとなると彼らの逆鱗に触れてしまいそうですが」
「黄昏聖母の指示でやってるとか? そうでもなきゃ、交易が途絶えて周辺が荒地のこんな場所じゃ食料の確保もままならなくなりそうだしさ。黄昏聖母から食糧支援されてないと成り立たないでしょ。結構長いこと居座ってるんだしさ。なんのためにそんなことをしてるのかまではわからないけど」
メルさんの想像を耳にして俺はなんとなく、理由を察した。おそらく黄昏聖母は精霊の指示で例の殺人鬼集団を黙認している。その指示を出した精霊は神様から転移者を惹き付ける餌として予め用意させられたものではないかと思えた。
もし転移者がチート能力でそいつらを駆除し、救い出した人間の中に同行を申し出るような人物が現れたらそれは神の使徒である可能性は充分にありえることだった。




