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037.猛き悪魔の召喚者(5)逃亡者

 俺たちはただただ北へと真っ直ぐに進み続けているが、目的地は見えてくる様子もない。荷物のほとんどは宿に置きっ放しで街を離れたため身軽ということもあって疲労はそれほどでもなかったが、それはそれとして問題ではあった。


「仕方ないとはいえ、宿に荷物を置いてきたのはさすがにキツイですね」

「あのまま街を脱出するとは思ってなかったから食料とか現地調達するしかないね。こんな荒地に獲物がいるかどうか怪しいけどさ」

「最悪の場合は、俺がメルさんを背負って移動魔法用の魔法使いますよ。メルさんが俺の魔法に触れさえしなければ問題ないはずですし」

「じゃあ、体力のある今のうちに行けるとこまで行きましょう。後々になってその手段取ろうとしても無理だってこともありえるからさ」

「わかりました。しっかりつかまっててくださいよ」


 俺は屈んでメルさんに背を向け、彼女を背負うと立ち上がった。そして足で宙を踏み、ゆっくりと地面から10㎝ほど浮いて滑り出した。


「魔獣と戦ってたときに使ってたからそうだろうとは思ってたけど、ひとふたり乗せれるくらいの移動用足場なら即座に出せるのね」

「それはそうなんですけど常時持っていかれてるMPの量はどっちも一緒なんですよね。大きいからって持っていかれる量が増えることないんで、初期消費MPを多目に使って下準備を充分にして大物扱った方がお得な感じなんですよ」

「そうなの?」

「メルさんが普段使ってる魔法もそうだと思いますよ。発動した魔法を複数に分割しても消費MPが分割した分だけ増えたりとかしてなかったんじゃないですか?」

「確かにそうね。それでロラン、あとどれくらいで維持してられそうなの」


 現在、約時速40㎞と馬が走る程度の速度で移動してる。距離などを考えるともう少し加速したいところだが、こんな状態で下手に速度を上げるとなにかあったときに対処するのが難しそうだった。


「まだまだ行けそうですけど、目的地までのはっきりとした距離がわからないですからね。抑えるにしても限界までMPを絞り切るにしろ判断が難しいところですね。どこかに宿駅でもあればいいんですけど」

「目的地の湖畔ってアムドゥキアス様が住んでるって言われてる場所だし、黄昏聖母ババロンが中継地を設けてないなんてことはないと思うんだけど。正規のルートを通ってないからどっちの方向にあるかいまいちわからないのがちょっとね」


 そんなことを話しながらしばらく直進していると進行方向右手の先にちいさく明かりが灯っているのが目に入った。


「ロラン、あっち」


 メルさんは明かりのある方角を指差して示す。


「メルさん、相手側に気取られない程度の位置で止まるんで念のため戦闘準備を。人目がある場合は、いつもの『土』魔法じゃなくて『風』魔法でお願いします。黄昏聖母ババロンの関係者がいないとも限りませんので、魔法を使っていると悟られないようにお願いします。あと護身用にって渡しておいた俺の短剣をこちらに」


 なんの灯りであるのか視認出来る位置にまで近付くとどうやら隊商のようで、何台もの荷馬車があるのが見えた。


「メルさん、どうしますか」

「どっちに向かっているかわからないけど、もし目的地が一緒だったら同行させてもらいましょう。もし逆方向だったとしても出発地は私たちの目的地でしょうから情報くらいは貰えるでしょう」

「俺たちまともな荷物も持ってないのは、どう説明するんです。こんな軽装で旅をしてるなんて言っても信じてもらえなさそうですよ」

「大丈夫、それなら私に考えがある」


 そう言ったメルさんは俺が渡したフード付きのローブを脱ぎ、俺に被せてきた。サイズが違いすぎるため地面に裾が付きそうになってしまう。


「私が話をつけるからロランは顔を隠すように俯いて押し黙ってて。なにか尋ねられたら頷くか首を振るかだけにして」

「わかりました」


 するとメルさんは俺の手を引っ張り、走り出した。俺は危うく転びそうになりながら彼女に手を引かれて隊商が休息をとっている只中に駆け込むことになった。


「申し訳ない。1日で構わなのだが、我々を匿ってもらえないだろうか。金ならある」


 勢いよくそれだけ言い切るとメルさんは万宝透貨の詰まった袋を居並ぶ面々の前に突き出した。


「旦那、どちらから来なすったんで?」


 年老いたひとりの男が、訝しげにそう尋ねてくる。俺はどうするのかとメルさんを見上げると彼女は、こちらを見て「ご安心ください」と意味有りげなことを言って相手の方に顔を戻した。


「すまない。出来れば察して欲しい」


 メルさんがそう言うと男は面倒そうに髪をがしがしと掻き回してため息を吐いた。


「オレは別に構いませんがね、この先どうするおつもりです。勢いに任せて駆け落ちでもされたんでしょうが。見たところなんの準備もしてないようですしな。御令嬢連れて過酷な旅をしようなんざ心中と変わりませんぜ」

「確かにそうなのだが。他に出来ることなど」


 悔しげな顔をしてメルさんは俺の手をぎゅっと握りしめる。


「旦那ら南西の街から逃れて来なすったんでしょう。あぁ、いや別に詮索ってわけじゃないんですがね。向こうは街道が整備されちゃいますが、なにかと嫌な噂を聞きますんでな。オレらもこうして東の未開拓地を突っ切ってるくらいですしな。オレらの残した轍をたどって2日も歩けば街に着きますぜ。さすがにオレらに同行するってのは食料の備蓄の関係もあって、他人ふたりを抱えてられるほどの余裕はないもんでしてな。ただ1日分の食料くらいなら売っても構わないですぜ」


 どうやら隊商は北から南下して来たらしい。そこで俺たちの姿を見た覚えがないから南西部から逃れて来たと推測ようだった。しかし、俺たちにとって都合がいいことにここから西にある街がなにやらきな臭いことになっているらしいが、黄昏聖母ババロン絡みなのか気になるところである。


「感謝する。金はこれで足りるだろうか」

「旦那、後先考えずに行動するのもほどほどにな。カモられますぜ。おい、ここの旦那に食料を」


 男は見習いらしき少年に指示を出すとメルさんから適正な金額だけを受け取り、袋を押し返しながら忠告していた。


「ご忠告痛み入る」

「ま、ここで会ったのも何かの縁さ。その御嬢さんとお幸せにな」


 男は目を細め、どこか遠くを見詰めながら感慨深げに俺たちの幸福を祈ってくれた。

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