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036.猛き悪魔の召喚者(4)移動手段の問題点

 強固な外骨格が風防の役目を果たし、高空をかなりの速度で飛行していても寒さを感じずに済んでいた。


「こんなこと出来るんなら村を出てすぐ移動手段として使ってもよかったんじゃない? あの狼みたいな魔獣と戦ってたときも少し浮いて移動してたみたいだし」


 メルさんは当然ならがそんな疑問を投げかけてくる。


「いろいろと問題があるんですよ、これ。今も結構な速度でMP消費し続けてますし。それ以上に気にしたいといけない問題がありますからね」

「確かにこんなもの維持し続けるならすぐにMP尽きちゃいそうね。でも、それ以外の問題ってなに?」

「メルさん、今の自分のステータス確認してみてください」


 言われるままにメルさんはステータスウィンドウを開き、驚きの声を漏らす。


「HPがほとんど残ってない。というか今も3ずつ減ってってる」

「残り幾つですか?」

「112」

「もう降りた方がよさそうですね。山ひとつ越えて街からもかなり離れましたし、黄昏聖母ババロンの調査隊の類もそうそう簡単には追い付けないでしょう」


 俺は安全に化物を荒地に着地させ、メルさんがいる位置を地面に降りる滑り台に造り替える。直後、彼女は地面に向かって滑り落ちながら慌てたような声を出したが、どうにか無事に降り立っていた。それに続いて俺も滑り台で降りてから化物の形状を元に戻して眠るような姿勢を取らせ、両手で抱えられるほどの球体分の魔力物質だけを分離して残りは魔力供給を切った。

 魔力供給が断たれ、機能を停止した化物の抜け殻はそのまま目の前に残る。これはこれで目眩しになってくれることだろう。


「大丈夫そうですか?」

「大丈夫だと思う?」


 メルさんは衣服に着いた土を落とすように叩きながら立ち上がる。


「にしても盲点だったわ。なにも害はないものだとばかり思ってたけど、私は常に魔術の影響を受けているような状態だったのね。とてもじゃないけど複数人の移動手段としては使えなさそうね」

「追々なにか対策を考えますよ。最初に試したときなんて乗ってた俺自身が吹っ飛んで怪我したくらいでしたから」

「私の知らないところで無茶してたのね」

「まぁ、そのときの怪我を治療してるところをメルさんに目撃されちゃったんですけどね」

「あぁ、初めて逢ったときそんなことしてたの」

「お恥ずかしながらね。それよりもメルさん、HPまだ残ってますか?」

「67。いつも私が使ってるような魔法をあと2・3発貰ったらやばそうね」

「ですよね。なのでちょっとこれを」


 と俺は手の中に抱えた魔力物質をメルさんの全身を覆い隠せる暗い色をした薄手のローブに『変化』させ、魔力供給を切って彼女に魔術的な影響を受けないよう処置してから差し出す。俺の手から離れた魔力物質には初期消費MP分のHPが与えられるのでローブのHP1000ほどある。メルさんの最大HPには劣るが、急場を凌ぐには充分だろう。

 この魔術を見せるのは不本意だが、化物を創り出した以上は全部を知られるより簡単なものを小出しにして置けば下手に詮索されずに済むだろうとの判断だった。


「とりあえず、このローブを羽織っといてください。いつものメルさんほどじゃないですけど、それなりに魔法は防げますから」

「あの化物見たときから思ってたけど、ロランの魔法って本当に反則よね。そもそもなんで消えないの?」


 メルさんは手渡されたフード付きのローブを羽織りながら尋ねてくる。


「それは俺も調べてる最中なんですよ。本当はネビロス様に確認を取りたかったんですけど、時間がなかったようで訊けませんでしたし」

「そうなのね。でも、そんなに簡単にいろいろ造れるならこんな荒地のど真ん中でもなんとかなりそうね」

「それなんですが、そうもいかないですよ。あの化物を造るのにも1時間くらいかけてますし、その間他の魔術がなにも使えないんですよね。当然それはメルさんも影響を受けてしまうんで俺たちは完全に無防備な状態になっちゃうんですよ」


 多少時間を盛ったが、消費MP1000で発動領域が半径812m以上もある上に魔術が発動するまでに500秒もかかるのである。ただそれは魔力物質を創り出す魔術に関してだけで、前段階の下準備に必要な魔術はその倍の時間を要することになる。とてもではないがいつどこから魔獣が襲ってくるのかもわからない場所で、そんな悠長なことは出来るはずがなかった。


「確かにそれだけの時間かければ消えない魔法とか使えそうな気さえしてくるけど。あまりにも実用的じゃないね。どこか安全な僻地に引きこもってるっていうんなら話は別かもしれないけど……あぁ、もしかしてロランの短剣とかもそうやって用意してたの? お金稼ぐ手段もないのにどうやって手に入れてたのかと思ってたけど」

「あの村でなら魔獣に襲われる心配もなかったですからね」

「でもさ、ズルくない」


 メルさんはどこか不満げに頬を膨らませる。


「ズルい?」

「そうだよ。私は新しい発見があったらロランにもすぐ教えてあげてたのに。そっちはいろいろ秘密にしてたのね。思い返してみれば、たまにMP切れでもないのに魔法使えなくなってたことあったけど。ロランの所為だったのね。私、また魔法が使えなくなったかと思って眠れない日だってあったんだよ」

「すいません。そのことにまで考えが至っていませんでした」

「反省してるならいいよ。ただなにか不具合が生じるようなことをするとき、今後は前もって話しておいて欲しい。ズルいとは言ったけどロランの魔法のことは精霊様との約束事があるんだろうから詮索はしないからさ」

「わかりました。それとなにかと察していただいてるようで助かります」

「10年も一緒に暮らしてればロランの考えそうなことは想像付くよ。隠し事まではわからなかったけどね」


 そう言ってメルさんは快活に笑った。

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