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035.猛き悪魔の召喚者(3)脱出

「それ、使えそうですね」

「婚約者に扮するのが?」

「それでも構わないですが、メルさんの両親の知人の元を訪ねる前に俺たちは黄昏聖母ババロンに悟られることなく街を出る必要があります。その際に変装は有効だと思っただけですよ。ただ単純に変装して出奔するのではすぐに悟られてしまうでしょうけどね」


 変装用の衣装は魔力物質を『変化』させて簡単に用意出来るが、街を抜け出すためになにか黄昏聖母ババロンの目を俺たちから背けるなにかが必須である。


「なら狂言誘拐でもやってみる?」

「ふたりでやるには厳しいですね。黄昏聖母ババロンと一切関わりのない共犯者が居なければ成り立たないですよ。失敗すれば体良く軟禁されてしまいそうですが、考えとしては悪くないかもしれません」

「なにかよい案が浮かんだの」

「えぇ、いっそ表向きには殺されてしまいましょう」

「殺されるって、誰に?」

「狂言ですよ。深手を負うようななんらかの事件に巻き込まれたと錯覚させられればいいんです。とりあえず適当にゴロツキを引っ掛けて俺たちを襲わせましょうか」

「引っ掛けるって、女装して美人局でもやるの?」


 メルさんやたらと女装させたがるけど自分で着れない服を小柄な俺に着せようとでもしてるのだろうか?


「か弱そうな見た目に扮する分には、粗暴な男を引っ掛けられる確率は上げれそうですが……メルさんを囮にするよりはいいかもしれませんね。わかりました。それで行きましょう」

「乗り気だね。ロランならきっと似合うと思うよ」

「相手に変装がバレなきゃいいですけどね」

「まだ声変わり前だし、平気平気」

「それじゃ、引っ掛けた男を人目のない場所に誘い込みたいんですが。メルさんの住んでた屋敷は使えそうですか? 多少、血で汚れることになりますけど」

「空き家だし問題ないでしょ。でも血で汚れるって、ゴロツキを殺して私たちの身代わりにでもするの?」

「殺しはしないですよ。単に俺たちが何者かに襲われたって言う事実が欲しいんです。幸いにも屋敷は弟さんが路地から様子を窺っているようですし、彼には目撃者になってもらいましょう」

「何人くらい連れて来るつもり」

「最低でも4・5人は欲しいですね。少ないようでしたら一旦蹴散らして報復を煽って人数を集めさせますか」

「私はどこで張ってればいい?」

「俺の姿が見える範囲にいていただけると助かります。それと屋敷の中に入るのは俺を追って来たゴロツキ全員が入ってから少し間を置いてからにしてください。おそらく全員逃げ帰るとは思いますんで」

「わかった」

「決行は夕刻にしましょう。それまでに俺は下準備を済ませちゃいたいんで一度宿に戻りますね。メルさんは使えそうな衣装を探して来てもらえますか? 俺が選ぶよりいいでしょうし」

「任せといて、とびっきりの美少女にしてあげるからさ」

「宿で待ってますね」


 衣装選びを頼まれたメルさんはそんなことを言って楽しげにひとで賑わう商店の並ぶ一角に向かって行った。


 俺は宿に戻りながら魔力物質を生成する魔術を消費MP1000以上を注ぎ込んで屋敷内部の天井付近に基点を据えて行使する。魔力物質の生成には2段階で魔術を行使する必要があるため発動時間がそこそこ長く、生成完了までかなり待つことになる。加えて今回は素材に固体だけでなく液体も必要なので『水』属性で更に追加でもう一度同様の手順を踏んで発動しなければならず倍とは言わないまでもそれなりの時間を見積もる必要があった。


 俺が素材を生成し終わり、ゴロツキを釣るのに使う見せ金の準備も出来た。見せ金には透貨ではなく、目立ちやすいように魔力物質で金貨を手頃な布袋一杯に偽造した。透貨は大抵の地域に行き渡っているが、田舎ではまだまだ流通しきれていない地域もある。だからこそ金貨を見せ金として使うことで田舎出の世間知らずを装うのは容易だと言えた。


 昼過ぎに戻って来たメルさんが厳選してきた衣類で着飾らされ、俺の方で一応用意しておいた付け毛を編み込んで髪は肩にかかる程度の長さにした。まともな鏡がないので自分で確認しようもなかったが、彼女の反応を見る限り問題はないと判断して街に出た。特にすれ違う人間に不審がられることもなく、俺は治安が悪い地域に近い店で金貨の詰まった袋をこれ見よがしに出して安物の装飾品を購入する。お釣りを受け取る際に銀貨を地面に落とすなどして人目をわざと引いた。すると目敏く金貨の詰まった袋に気が付いた人間の視線をありありと感じ、撒き餌は充分だろうと俺は鞄に金貨の詰まった袋をしまって店を後にした。


 日が傾き薄暗くなった街並みの中を俺は人の少ない方へと進む。すると背後から足音が複数つけて来るのが嫌に耳につく。俺はそいつらを誘うように徐々に足早になり、追って来る足音に不安を掻き立てられた少女を装って背後を振り返って金貨を狙って来たらしい集団と目が合ったと同時に屋敷に向けて駆け出した。

 すると当然のように背後から粗暴な声が上がる。視認した限り、人数は充分だろう。しかし、少女に見える相手に多過ぎるのではないかと思えるほどだった。彼らは金貨を奪うだけで済ませる気はないのだろう。


 捕まえられない程度に速度を調節して路地を逃げ切り、屋敷前の鉄門に体当たりするようにして隙間を抜けて玄関ホールに駆け込み、即座に仕掛けの準備をしてからゴロツキどもが入ってくる前に彼らのイメージしてそうな少女らしい悲鳴を上げた。


 直後、玄関扉が勢いよく開かれ複数の男たちが雪崩れ込んでくる。そんな彼らの前には身の丈3m以上はある異形の化物が少女らしき物を咀嚼している姿があった。化物の口の端からは赤黒い液体がびちゃびちゃと音を立てて床を濡らす。新たな獲物の登場に化物は口にしていたものを飲み下し、男達を睥睨する。睨まれた彼らは我先にと逃げて行く。逃げ遅れて足を縺れさせた者が居たが、化物が振るった大きな腕が玄関扉横の壁を突き崩すと男は腰を抜かしてしまったのか這いずっていた。そんな彼の横をメルさんは不思議がりながら素通りして壊れてしまった玄関をくぐった。


「かなり派手にやったね。その血本物?」


 俺は化物の陰から姿を見せ、答える。


「豚の血ですよ」


 魔力物質で用意したものだが、一応この辺りはメルさんに伏せているので雑に説明をする。


「よくそんなもの買えたね」

「今だけはお金はありますからね。それよりメルさん、行き先は定まってます?」

「ロランの着てる服探す前にリストアップしといたからね」

「それじゃ、案内お願いしますね。このままこいつに乗って街を出ます。さすがに魔創痕シジルで出来ることを知ってる人間がこいつを魔法で出したと思うやつはいないでしょうし。幸いにもここは黄昏聖母ババロンにとって精霊様に対して不信心な者が住んでいた場所ですからね」

「多少の怪異は見逃してもらえるってことね。あとはそうね、その生き残りの私が訪れたことで怒りを買ってしまったという筋書きかな」

「メルさんにとっては不本意かもしれませんけどね。とにかく、派手にやりますからそいつに乗ってください」


 俺が先に上がり、メルさんを引っ張り上げるようにして化物の背中に這い上がらせる。


「じゃ、任せるよ。方角は北ね。山をひとつ越えた先に荒れた盆地があって、しばらく進むと大きな湖とそれを囲うように緑地があるからそこに向かって」

「わかりました。それじゃ、行きますね」


 そう告げると化物に乗った俺たちの姿を隠すように覆うひとまわり大きな外骨格を形成した。それを操作して屋敷を破壊させながら飛翔する。化物に咆哮を上げさせることが出来ればよかったが、屋敷の崩落音で代替した。

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