034.猛き悪魔の召喚者(2)方針転換
転移者に関してはどう説明したところか悩みどころではあるけれど、ひとまず得たばかりの情報の整理をしながらメルさんに現状を伝えることに努めることにした。
「先程、精霊様の身体を借りてネビロス様が俺に託宣をくださったのです」
「なに相手に話してるのかと思ったけど、やっぱり精霊様だったのね。ロランって、一応は霊媒師の息子だもんね。私には見えないものが見えていても不思議はないか。それで託宣って、なにを聞かされたの?」
「まずは俺に与えられた使命の変更ですね。以前、ネビロス様は付与魔術・新魔術のことですが、それの調査をするよう命じられていたのです。しかし、なにやら不穏なモノが現れる兆候があると言われ、そちらを早急に対処するよう新たに命じられました。そしてそれはおそらく精霊様に仇なす存在だと思われます」
正直、付与魔術の調査は神様が外部組織への建前として用意したものなので元々先延ばしにしてもなんの問題もない。そもそも魔力物質を生成出来るようになったことで、付与魔術は半ば御役御免なところがある。転移者を対処するのなら魔力物質を駆使した魔術である程度牽制可能だとふんでいる。魔術要素の数から想定される付与効果の種類も豊富とは言い難いのが大きかった。
「仇なす存在?」
「なんでも異世界からの来訪者とのことです。ネビロス様からは人智を超えた能力をふうる可能性が高く、精霊様が束になっても手に負えないだろうと」
転移者のチート能力がどの程度かわからないが、前世の俺と同等かそれ以上となると能力の見積もりを盛り過ぎているということはないだろう。
「それ、どうにも出来ないじゃない」
「えぇ、真正面からやり合えば確実に殺されてしまうでしょうね。ですからここは人間らしく搦め手でどうにかするしかないでしょうね」
メルさんは疑問符を浮かべたが、すぐに俺がなにを言わんとしているのかわかったようでした。
「人間なの。その来訪者って」
「そういうことです。人間であるのなら対話を通じて漬け込める隙は充分にありますし、懐柔して取り込むことも出来るかもしれません」
「なら黄昏聖母にそいつを籠絡させればいいんじゃないの。秘密裏に世界規模で動いてるような連中だしさ。相手が人間なら煽てて唆かすのなんて慣れたものでしょ」
「そうなってくれると最善なんですけどね」
「歯切れの悪い言い方ね。なにか理由があるの?」
神様は黄昏聖母を使って既にお膳立ては進んでいて俺たちが敵対させられると言っていたが、それを回避して相手の懐に入る方が立ち回りやすい。そうするためには転移者を迅速に見つけ出して接触する必要があるが、情報を集めるには黄昏聖母の協力を取り付けるのは必須だろう。
神様の推測では転移者は少数派である紋章術師に付くだろうと言っていた。その懐に入り込むとなるとメルさんは心情的に拒否感を覚えるのではないかと思った。とそこまで考えてなにもメルさんと絶対に行動を共にしなければならないというわけではないと考え至ったが、脳裏に悲惨な末路をたどった少女の姿がちらつく。頭をふり、彼女と別行動する考えを切り捨てる。
「ネビロス様の予想では、黄昏聖母の手によって近々世界の状況が一変するらしいのです。それによって魔創痕持ちが立場を危うくなり、危機に瀕するそうなのですが、来訪者はそんな彼らの助力を買って出るのではないかと告げられました」
メルさんは押し黙って俺の言葉をゆっくりと噛み砕き、ちいさく頷く。
「なら私たちもそちらにつきましょう」
魔創痕の存在がメルさんの立場を狂わせたにも関わらず、彼女はあっさりとそう言ってのけた。
「大丈夫なんですか」
「別に気にするほどのことでもないでしょう。私は来訪者ってやつに興味があるし。なんなら内部分裂でもさせてやりましょうか。魔創痕がどれほど無価値であるかを示してね。そのうち自棄になって左手を斬り落とすようなのが出て来たら面白いかもね」
「もう冷めたんじゃなかったんですか」
「冗談だよ、冗談。単純にいつか黄昏聖母から縁切りして身を隠そうと思うならそっちとも繋がりがあった方がいいと思っただけよ」
「確かにそうかもしれませんね。しかし、そうなってくると今の俺たちには人脈に難がありますね。今現在の心当たりとなるとメルさんの弟さんくらいですが、彼は十中八九で黄昏聖母の傀儡でしょうしね。両親の知人に出したという手紙も握り潰されているでしょうし」
そこまで言ったところでメルさんが「それ」と声を上げて俺の方を指差した。
「手紙は届いてないだろうけど、手紙を受け取るはずだった人間は居るじゃない。だったら直接会いに行けばいいんだよ、その相手に」
「確かにそれならなんとかなりそうですね。まぁ、既に黄昏聖母の手にかかっている可能性もなくはないので危ういところですが」
「そんなこと気にしてたらいつまで経っても動けないでしょ。とりあえず私が弟に成りすませば面会くらいは出来るんじゃないかな。どうせ幼いころに一度か二度と顔を合わせた程度だろうし、私の顔立ちは両親の面影が色濃いから問題ないはず」
「そうするとそれに同行する俺はどういう立ち位置になるんです?」
「従者、お目付役、護衛、まぁ、とにかくその辺でいいでしょ。それとも女装して私の婚約者にでも仕立て上げてみる?」
メルさんは冗談めかして言い。それまでの仄暗い笑みを消して、久しぶりに彼女らしい笑顔を見せた。




