033.猛き悪魔の召喚者(1)伝令烏
どう考えても黄昏聖母と関わり続けるのは得策ではない。俺は今居る路地に他人の目も耳もないのを確認してからメルさんに今後のことに関して伝える。
「メルさん、方針を変えましょう。幸いにも滞在に1日猶予があります。敵意はないだろうと悠長に構えていましたが、なにかしら手を打たないと取り返しがつかなくなりそうです」
「でしょうね。このまま彼らに私たちの動向を把握されたままでいるのは好ましくない。そのうち世情を変えられでもしたら身動きが取れなくなりそうだしね。彼らにはそれを即座に可能にするだけの下地が既にあるし」
思い返せば思い返すほどに俺たちの立場は、彼らによって築き上げられて来たものだと思えてしまう。
メルさんが家族から見捨てられて村の屋敷に隔離された後、彼女の食事係をしていたのも黄昏聖母の関係者なのではないかと思えた。魔創痕を失った魔術師は彼らにとって貴重なのである。それを懐柔するために粗末な環境で飼育して精神面を弱らせていたとも考えられる。そこに漬け込むよう父さんは利用された、もしくは利用した可能性がないとは言い切れない。なにもかもがあまりにも出来過ぎているのである。そんな俺の考えを読み取ったかのようにメルさんは言う。
「疑い過ぎだとは思う。でもね、ロランには悪いけど──」
「わかってます。考え過ぎだとは思いませんよ。たぶん、父さんたちも信用は出来ない」
「加担していたというより、事実を知らされずに利用されてたかも知れないけどね」
メルさんは苦笑する。
「いいですよ、そんな気を遣わなくて。それより弟さんからなにか情報を引っ張った方がいいんじゃないですか。犯人が彼らなのは間違いないでしょうし」
「あー、いや、下手に突っ込まない方がいいかも。だって弟に情報や資金を提供して、雑な入れ知恵してるのも彼らだろうしさ。ちいさいころの私と同じだよ、あれ。与えられたものをただただ享受してるだけで、あいつにはもう自分で物事の判断が出来るだけの能もないでしょ」
「辛辣ですね」
「事実だからね。この街を出るにしても出入口には当然監視の目があるだろうし、どうしたものかな」
メルさんは路地の壁に背を預けて腕を組んで考え込む。俺も俺で案を出そうと思索を巡らそうとしていると空から一羽の烏が降りて来るのが目に入る。その烏は真っ直ぐ俺を目掛けて飛んで来るので咄嗟に手をかざす。間近で見る烏は思いの外大きく、ちょっとした危険を感じる程だった。そんなものがあろうことか俺の頭に舞い降りるとしゃがれた声を上げた。
『少年、舞台は無事整ったぞ』
烏の発した『少年』という呼称に思い当たるものがあった俺は頭上に向かって尋ねる。
「来たんですか? 場所は?」
『この世界に転移して来ることだけは観測出来て確定してんのさ。時期は数日中といったところかね。うちには有能な事象予報士がいないんで転移場所までは特定出来なかったが、向こうから少年のところに出向くだろうさ』
「どういうことです」
『近々その世界は変革する予定さね。そのための準備は充分に整ってんのさ。転移者は間違いなく紋章術師側に付くだろうね』
神様の言葉でロランとしての人生が彼女によって概ね設定されていたのだと確信を得る。これまでとんとん拍子に進んで来たのはやはり気のせいではなかったらしい。
「黄昏聖母がなにかするということですか」
『あぁ、転移者の敵として設定させるための組織だからな。少年には世界中から多くの恨みを買って貰うよ。相手には異能による万能感を持って勇者気取りになって貰わなきゃね。主人公としての自分に酔いしてれ思考停止した能無しになってくれるとありがたいがね』
「恨み、ですか」
『今更覚悟がないわけじゃないだろう?』
「そうですね。でなければ今ここには居ません」
『よろしい。では、交信出来る時間も残りわずかしかない。なにか聞いておきたいことはあるか?』
「付与魔術の調査に関しては、現状からして無理かと」
『そのことか。転移者の来訪が想定より早かったからな。気にしなくていい。可能なら付与魔術の法則を把握している幻獣からナベリウスを通じて伝えさせる』
「ナベリウス?」
『少年と会話している幻獣の個体名だ』
ただの烏ではないとは思っていたが、幻獣だったらしい。だとしたらメルさんには姿が見えて居ないのだろうかと気になり、ちらりと彼女に目を向ける。すると彼女は俺に訝しげな目を向けていた。俺は苦笑して彼女に状況を説明するのを少し待ってくれるよう手で示す。
「委細承知しました」
『任せたぞ、少年』
神様からの必要事項を告げた烏は、用は済んだとばかりにばさりと羽ばたき俺の頭から飛び立って行った。離れる必要があるのだろうかとも思ったが、今の幻獣にも本来管轄する地域があり、戻らなければならなかったのかも知れない。
神様との話が終わったので俺はメルさんの方に向き直った。
「話は済んだみたいね。ロラン、なにがあったか聞かせてもらってもいいかな」
低い声で凄むメルさんは、じっとりとした目を向けて説明責任を果たせとばかりに解答を迫った。




