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031.若きふたりの探求者(8)再燃

 その後の旅路は順調に進み、俺たちは何事もなく次の宿駅を経由してかなり栄えた都市に到着する。それまでの道程で初日に宿泊した宿駅を出て以降ノーマンはなにか深く考えており、メルさんを懐柔するよう働きかけることはなかった。メルさんの魔創痕シジルを『隷属の印』と呼称した件が尾を引いているのかと思ったが、彼の応対からそういった印象は受けなかった。


「すみませんが、私はここで失礼させていただきます。ここの狩猟組合ハンターギルドに用がありますので。それでは明日以降も引き続き御者は彼が務めますので、お好きなときにここを出発なさってください。数日滞在なさるのであれば、前もって旅程を彼に伝えていただけると助かります。積荷等の準備もありますので」


 そう言ってノーマンが都市の入口で馬車を一足先に降りて立ち去り、俺たちは御者とともに乗合馬車駅に向かった。馬車から降りた俺とメルさんは話し合った結果3日間滞在することにして、それを御者に告げてから宿を探しに荷物を背負って街に踏み込む。


「宿、手配してもらってもよかったんじゃない?」

「彼らには深入りしないと決めたでしょう。下手に干渉される状況をつくるのは得策じゃありません。今の俺たちは世界で唯一精霊術(パウリナ)を扱えることで精霊様と同じように縛られることなく自由に行動出来ていますが、こちらから向こうに働きかけようものなら利用出来る人間にまで格下げされかねませんよ。下手に関わらず勝手に観察されているくらいの立ち位置でいいんです」

「観察って言うか、監視みたいなものだよね。今まで気付かなかったけど、彼らの存在を知ってからはなんとなく視線を感じるようになったしさ」


 周囲を見回すまでもなく、少し距離を置いて俺たちの後を付けている気配がありありとわかる。


「どのくらいの規模なんでしょうね、彼らの組織」

「発展してる都市はどこも精霊様が関わってるから世界中のどこにでもいるのは間違いないでしょうね。まぁ、そんなことよりさっさと宿を決めて荷物をどうにかしましょう」

「ですね」


 その後、目に付いた適当な宿に2人部屋を確保した俺たちは入用の日用品の類を買いに商店が並ぶ通りに向かう。メルさんは目に付いた男物の服を何着か購入していた。前世のこともあって彼女が男装することに関して思うところもあったが、彼女の場合は長身であるため体格に合う女性物の衣類はまず見つかることがなく仕方がない側面があった。


「メルさん、男物以外で見た目が気に入った服とかあったりします?」

「うーん。サイズ度外視してもどれも微妙かな。それに魔獣と相対するかもしれない事考えたらこういった格好の方が立ち回りやすいしね」

「実用性重視するならそうでしょうけど、街中で着用するものとか何着かあってもいいんじゃないですか。幸いにも資金は充分にありますから特注することも出来なくはないですし」

「それなら一着くらい用意してもいいかな。でもひらひらしたのは趣味じゃないし、結局は男物になると思うな。ロランよりも私の方が似合ってるくらいだし」

「まぁ、そうなんですけどね」


 控えめに言ってもメルさんの男装はよく似合っている。通りを歩いていると彼女は度々女性の視線を惹きつけていたくらいだった。

 入用の品をあらかた購入した俺たちは宿に戻りながら滞在中の予定を話し合う。


「なんだかんだで必要なものは買い揃えましたけど、残り2日なにするつもりなんです?」

「ちょっと行っておきたい場所があってさ」

「ここってなにか有名どころありましたっけ?」

「有名どころっていうか、子どものころこの辺りに住んでたからさ。なんだか懐かしくなってね」


 メルさんは空を仰ぎ見ながら想い出に浸り、幼いころを懐かしむように遠い目をしていた。


「そういうことですか」

「そういうことだよ。だから明日1日は記憶を頼りに散策してみようと思ってさ」

「ご一緒しても?」


 そう尋ねるとメルさんは苦笑した。


「ごめん。今回はひとりにしてもらえるかな」

「わかりました。では、明日は別行動ってことで」

「うん、ごめんね」


 そんなメルさんの言葉を間に受けられるはずもなく、かと言って食い下がったところで無駄だろうと今は引き下がった。

 メルさんは家族との決別を決意した日に完全に割り切ったとばかり思っていたが、黄昏聖母ババロンと関わりを持ってからのここ数日で胸の内で静かに燻り続けていたものが再燃してしまっていた。それは幼い時分では理不尽に対して耐える以外の選択肢が存在していなかったが故に、今の彼女はこれまでの全てを覆せるものを目の前にして歯止めがきかなくなっているのかもしれない。

 俺自身が転生した動機が動機だけに、メルさんのことをとやかく言える立場ではない。だからと言って放置する気はなかった。


 メルさんの家族関係をぶち壊したのは他でもない俺なのだから。

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