030.若きふたりの探求者(7)魔術師量産化計画
俺が表情からなにか感じ取ったらしいメルさんは柔らかな口調で告げる。
「安心して。私はロランとの約束を破ったりはしないからさ」
一体なんの約束だろうかと記憶を遡ってみるが、思い当たるものがなかった。
「だって他の人たちに魔法の使い方教えちゃったらまた私の価値が失われちゃうからね。それに彼らの協力が得られればロランにきちんと御礼してあげられる」
メルさんが言うように黄昏聖母の協力を得られれば不自由することはなくなるだろう。だが同時に自由を失うことになりそうな気もする。行動を制限されることはないだろうが、前世の俺と同じように利用されてしまう気がしてならなかった。
「メルさん、あまり彼らには深入りしない方がいいと思います。必ずなんらかの形で利用されることになりかねません」
「大丈夫だよ。なにも組織の中枢に入りこもってわけじゃないし。精霊術自体を教えることはしないけど、それとは別に考えてることがあるんだよね」
なにか秘策でもあるのかメルさんは不敵に笑う。
「なにをする気なんです」
「簡単なことだよ。今の紋章術を特別なものでなくならせるの」
「精霊様の権威を貶めるようなことに紋章官が協力するとは思えないのですが」
「それは心配ないよ。これまでの魔創痕とは全く別のものを用意するつもりだから。精霊術が使えるようになってから誰にでも使える汎用性の高い魔創痕を造れないかってずっと考えてたんだ。もちろん精霊術の優位性を残すために魔力消費を無制限にはしないけどね。それで黄昏聖母の存在を知って思ったの。これは利用出来るってね。彼らは精霊様をこの世界に遣わされた母なる存在を崇拝している。だったら黄昏聖母の緋色の印象を魔創痕の核として据えれば問題ないってね。そしてそれを一般の人々の間に広めれば現在の魔創痕の価値は地に堕ちる」
メルさんが道中の馬車内で妙に黄昏聖母に興味を示していたので気になっていたが、なんとも困ったことになってしまった。なので考えを改めてもらうように俺は最もらしい理由をでっち上げる。
「たぶん、無理だと思いますよ」
「なんでそう思うの? 世間には魔創痕持ちに不満を持ってるひとはたくさんいるから絶対大丈夫だよ」
「だって、そんなことしたら精霊様が特別な存在じゃなくなっちゃうじゃないですか。それを黄昏聖母の人達がよしとするとは思えないんですよね。それにもしメルさんの考えを実行するにしても紋章官の数が圧倒的に足りないと思いますよ」
「うん。確かに問題はそこなんだよね。ひとりの人間に魔創痕を施すのに7日間必要だからどうしても広く流布するには手が足りない」
「でしょう」
まだどうにかしようと考えているのは気になる。しかし、実行するには無理があると一応は納得はしてくれた。それならもうひと押しすれば諦めてくれるだろう。
「それに黄昏聖母が魔創痕の研究をしてなかったとは思えないんですよね。きっとメルさんと同じような考えに至ったひともいたと思いますよ。それと精霊術を目にしたノーマンさんの反応を見る限り、魔創痕の価値そのものは既に彼らの中では低いんじゃないですかね。紋章術のことを紛い物なんて言ってたくらいですから」
「言われてみれば確かに……それならなんで彼らは今も魔創痕を残してるんだろう?」
「たぶんですけど精霊様の権威を維持するためじゃないですか。彼らにとっては価値の低い紋章術であっても一般の人からしたら魔法自体は奇蹟には違いないんですから」
「儀礼的な意味合いだけってわけね」
「そんなところだと思いますよ」
「ちょっと冷静さに欠けてたみたいね。いろいろと考えが足りなかったよ」
ようやくメルさんは革命染みた考えを実行することを諦めてくれたらしい。
「権謀術数に巻き込まれるようなことは避けた方が無難ですよ。全てこちらの思惑通りにことが進むことなんてあり得ないんですから」
「なんだかロランって、そういったことに巻き込まれたことがあるような物言いするね」
ぎくりとしたが、俺はそれをおくびにも出さぬよう答える。
「俺は臆病なだけですよ。出来るだけ悪いことに巻き込まれないようにしたいだけなので。じゃないとやりたいこともやれなくなっちゃいますからね」
「新魔術の研究だっけ?」
やっと不穏な話題を断ち切れたようで胸をなで下ろす。
「ですね。精霊術とも紋章術とも全く異なるものみたいですから気になるんですよ」
付与魔術に関して最初は魔力物質を『変化』させているものなんじゃないかと思ったがどうやら違うようなのである。俺は前世の異能が触れた物を意のままに再構築させるものだったこともあり、その異能を使っていた経験が生きて魔力物質で大半のものは創り出せたが、透貨に使われている半透明の金属だけはなぜか創り出すことが出来なかった。だから別の魔術法則下にあるものなのだろうと俺は結論付けていた。
「ふーん。それなら彼らも今はそっちにご執心かもね」
まだ計画を諦めきれてないのかメルさんは、そんなことを口にした。




