029.若きふたりの探求者(6)隷属の印
俺たちの乗った馬車は魔獣に遭遇することもなく順調に進んでいる。それ自体は望ましいのだが、ノーマンからの崇拝にも似た言葉を受けて自身の持つ特別感に酔ってしまっているメルさんの様子が気になった。俺はそれを少しでも軽減するように魔術とは関係のない話をノーマンにふる。
「次の町までは、あとどのくらいかかるのでしょうか」
「早くて3日と言ったところでしょうか。最低でも宿駅をふたつは経由していくことになると思います」
「現在、宿駅周辺の魔獣出没状況などはどうなのでしょうか」
「狩猟組合に入っている情報では、ここしばらく魔獣が出たという話はありませんね。この街道で出くわすのは基本的に普通の野生動物か、魔石を持たない魔獣もどきくらいですね」
俺たちは村を出て四半日程度のところで遭遇したが、本来魔獣と出くわすこと自体が珍しいのだろうか?
「昨日、魔石が珍しいといったようなことをおっしゃっていましたが、魔獣そのものが元々数が少ないのでしょうか? 村から離れたことがなく、その辺りのことに疎くてですね」
「そうですね。魔獣そのものが珍しいというわけではなく、基本的に魔獣が出没する場所というか、生息地が定まっているのです。ですから昨日おふたりが火吹狼と遭遇してしまったのはかなりレアなケースですね。本来、あの辺りには魔獣が出没することはありません。ですから、その辺りの確認も兼ねて昨日は直接話しを聞かせていただいたのです」
神様が道中で俺が動きやすいようにと精霊様を通じて魔獣を差し向けたのだろうか?
そうとでも考えなければ現在の状況は余りにも御膳立てされ過ぎている。だとするとセーレ様が父さんを村に縛り付けていたのにもなにか理由があるのかも知れない。なんにしても人智を超えた能力によって俺の前世と似通った運命をたどるように行き着く先を誘導されているようで気持ちが悪かった。
やがて馬車が停まる。馬車から降りると俺たちはノーマンに案内され、宿駅に自身の荷物を運び込む。あばら屋のようなものを想像していたが、建物は割と新しいようだった。
「私が子どもの頃は、こんなものなかったんだけどな。変われば変わるものね」
隣でメルさんがそんなことをつぶやく。
「地方の発展に力を注いでいる人でもいるのでしょう。しかし、よくここを管理出来てますよね。こんな町から離れた街道沿いにある建物なんて下手をすれば無法者の根城にされていても不思議ではないのに」
「過去には何度かそういったこともありましたが、管理者の対応が早く容赦もありませんから割に合わないという話が広まって今では平穏そのものですよ」
私財を投じて流通経路の整備を進めている者がいるらしい。わざわざこんな辺境の地までとなると見返りは少ないだろうになにか別の目的でもあるのだろうかと訝しんでしまう。
「それを行なっているのはどういった方なんです?」
俺の質問を受けたノーマンは満足気に笑う。どうやら俺から今の質問を引き出したかったらしい。
「黄昏聖母ですよ。私たちがセーレ様のご加護が授けられた地を蔑ろにすることなどあり得ませんからね。ですが、セーレ様の魔創痕を授かった者共は彼の地を蔑ろにしているのです。これは到底許されることではありません。いずれ、あの者たちには制裁が加わることでしょうね」
そう締めくくったノーマンは、俺と話しながらもメルさんの様子を気にしている様子だった。彼女の事情を知っていて、わざと聞かせたのだろう。まさかとは思うが旗頭にでもするつもりなのだろうか。面倒なことになりそうだと感じた俺はメルさんを焚き付けられる前に話を切り上げさせようとしたが、その前に彼女が話に割り込んで来た。
「随分とひどい奴らがいたものね。でも、そいつらって滑稽よね。魔創痕なんて単なる隷属の印でしかないというのに」
「メルさん!」
俺は咄嗟のメルさんの手を引き、ノーマンから離れる。離れる直前に見たノーマンの目は驚くほどに見開かれていた。
「メルさん、なにを言ってるんですか。さっきの発言はまずいですよ。彼と同じ組織に所属している紋章官の耳にも入ってしまうかも知れませんし」
そう嗜めるとメルさんは薄く笑みを浮かべて嗤った。
「私たちは平気だよ。それにあの人たち薄々気付いてると思うし。いずれ魔創痕持ちのひとたちを処断するつもりなんじゃないかな」
「なぜそう思うんです」
「魔創痕を失って精霊術を使えるようになった私だからわかるんだ。魔創痕って魔法を使う補助をしてくれてたのは間違いないけど、それと一緒に使える魔法や魔力を縛ってたんだってね。そのこと自体は大昔に精霊術の存在を示唆した人物が自身の腕を斬り落としたって話からも明らかだよ。そしてその提唱者は魔創痕持ちでありながらそれを捨て去る覚悟を持った黄昏聖母の一員だったはず。だからずっと探してたんじゃないかな、私たちみないな存在をさ。魔創痕持ちの人間から存在価値を失わせるためにね」
自身の見解を滔々と述べるメルさんの瞳には仄暗い感情が宿っていた。それは俺にとって最悪の結末を予感させた。




