025.若きふたりの探求者(2)初遭遇
村を出た俺たちは、とりあえず街道に沿って隣町を目指して歩いていた。
「メルさん、町に行く馬車が来るまで待ってた方がよかったんじゃないですか」
「平気だよ。街道沿いに真っ直ぐ進めば徒歩でも日が暮れるまでには着くはずだから」
「その町での滞在期間はどれくらいです?」
「翌日の早朝には次の町に出発するよ」
メルさんの言い方からして乗合馬車を探す時間すら削って徒歩で進むつもりのようである。
「まさかとは思いますけど精霊様が居る鉱山の麓街までずっと徒歩で行くつもりですか?」
「もちろん、お金の問題もあるから宿泊費ほとんど捻出出来ないし。魔獣が出てくるかもしれない場所で野宿なんてのも無理となるといろいろと切り詰めないとさ」
「それだったら尚のこと馬車に乗せてもらった方がよかったんじゃないですか」
「村に行商なんてほとんど来ないし、馬車を出して町まで行く人なんて滅多にいないじゃない。待ってたらいつ旅立てるかわかんないでしょ」
「まぁ、今日に関してはそうなんですけどね。体力的に考えてもずっと徒歩というわけにはいかないと思いますよ。むしろ目的地に到着するまでにかかる費用は馬車を使った方が安く済むまでありそうです」
旅立つに当たって体力作りなどはして来たが、あくまでも持久力をつけたくらいでしかないので大荷物を背負っての移動となると話は違ってくる。前世でも徒歩での移動は少なくなかったが、あのときはチート能力を授けられていたこともあって全く疲労を感じることはなかったので正直なところ予想もつかない。
「そこはロランの回復魔法で無理やり体力をどうにかするとか」
「俺に治せるのは魔法での怪我だけですよ。疲労を取り除いたりは無理です」
「そうなの?」
「そうですよ。神様から教わった魔法だって万能じゃないんですから。とりあえず大きな街まで行ったら狩猟組合で魔獣討伐の依頼を受けて路銀を稼ぐなりした方がよさそうですね」
そう提案するとメルさんは仕方ないなと言いたげな顔をしながら何事か考え込むような仕草をする。
「でもさ、魔獣なんて本当にいるのかな? 生まれてから1度もお目にかかったこともないよ」
「村はセーレ様の加護のおかげで魔獣は寄って来ませんでしたからね」
「そうなんだよね。道中であんまり遭遇しなきゃいいけど」
なんて会話をしていると周囲から感じる雰囲気が変わる。おそらくセーレ様の加護が施された領域の外に出たのだろう。街道から外れた森の奥からは得体の知れない気配が漂っているようにさえ感じる。
「村から遠く離れるのって初めてですけど、妙な感じですね」
「私が村に連れて行かれたときは、こんな感じしなかったような気がするけど。13年も前のことだからなんとも言い難いかも」
「少し急ぎましょうか。嫌な予感しなくもないですし」
俺は周囲を警戒しながら荷物の中から大きめの短剣を取り出し、腰に括り付ける。
「そんなもの使わなくてもロランなら魔法だけでどうにか出来るんじゃないの」
「魔法の発動が間に合わない場合に素手で相対するのは避けたいので。もしそうなったときは俺が時間稼ぎますんで、その間にメルさんが魔法を使って倒してくださいね」
「なるべくなら近付かせる前に片付けるよ。魔獣も動物は動物だし、山で獲ってた兎とか鳥みたいなのだったらいいんだけど」
自衛として必要になるのはわかっていたので魔術を使っての戦闘訓練を兼ねての狩猟は俺もメルさんも経験はある。ただ相手は魔獣でもなんでもない野生動物ばかりで、俺たちは基本的に小型の動物を相手にしていた。
もし魔獣が出て来た場合に対処出来るかは未知数である。野生動物は基本的にHPが4しかなく、MP消費1桁の魔術で簡単に吹き飛んでいた。だが魔獣は世界に発生した時点で高いHPがあり、魔術で倒すよりも武器を用いて殺傷した方が手っ取り早い。というよりも魔術を扱える人間が少な過ぎて資料が乏しく実状はわからないというのが本当のところだった。
日が高くなり、日差しがきつくなる。メルさんは荷物から帽子を出して目深に被るなどしていた。もうかれこれ4時間以上経っていて少なからず疲れを感じているのかメルさんは現在無言で歩みを進めている。
「一旦休憩にしませんか。そろそろお昼ですし、そうやって休みもなしに歩き続けてたら身体が保ちませんよ」
「それもそうね。今日だけじゃなく、明日も明後日もあるんだしね」
休憩する同意を得られたので俺は荷物を街道脇の草原の上に降ろし、腰を落ち着けた。
「そういえばさ。そういうのって、どこで手に入れて来たの?」
と言ってメルさんは俺が腰に括り付けた肉厚の短剣を指差す。
「メルさんが魔法の研究してる間にいろいろとやってたんですよ」
「村の人から要らないくなったもの譲って貰ってたとか?」
「そんなところです。そんなことよりお昼にしましょう。朝から歩き詰めでさすがにお腹空きましたよ」
「そうね」
鞄から瓶詰めされた干し果物を取り出し、いくつか摘んでからメルさんに瓶を差し出す。彼女が必要分を手にしたのを確認してから瓶にしっかりと栓をしてから鞄に戻した。
「ちょっと物足りないね」
「パン、食べます?」
「今はいいかな。それは夜食べる分ってことで」
なんて会話をしながらのんびりと食事を摂って、休んでいると森の方からそろりそろりと距離を詰めるように大型の黒い獣が寄って来る。それは1匹や2匹ではなく、俺たちの囲い込むようにして複数の獣が逃げ道を塞いでいった。その獣の口からはちろちろと炎が漏れ出ており、野生動物でないのは誰の目にも明らかだった。




