024.若きふたりの探求者(1)旅立ちの日
メルさんが家族と決別をして10年が経ち、俺は15歳を迎えて成人した。2年前に成人したメルさんは俺が成人するまで旅立つのを待ってくれていた。
その10年間は生活に大きな変化はなく、変化らしい変化といえば、メルさんが腰まで届くような長く綺麗な髪を肩に届かないくらいにまでバッサリと切ったこととふたりの身長差が広がったくらいである。今の俺が160㎝前後なのに対してメルさんは170㎝半ばほどになっていて、横に並ぶとその差は歴然だった。俺はまだ第二次性徴期の真っ只中であるので伸び盛りだとは思うが、彼女より大きくなれるから正直微妙なところである。
そんな俺とメルさんは現在、朝食の場で両親に村の外に旅立つことを告げていた。
「そうか、ロランも成人したことだしな」
「いいの?」
「止める理由もないしな。俺も成人してすぐに村の外に出てった口だしな」
「そうなの? 霊媒師のお役目があって出れなかったんじゃ」
なんとなく父さんは村から出られないことに不満を抱きながらもセーレ様の霊媒師をしているものだと思っていた。
「言ったことなかったっけか。お役目だなんだとじーちゃんに毎日うんざりするくらい聞かされて精霊が嫌いだったってな」
「魔法の話聞いたときにそんなこと言ってたような覚えがあるけど、嫌々でもお役目果たしてたのかと思ってたよ」
「もしそうだったら母さんと出逢えてないぞ」
「お母さんの故郷って大陸の反対側だからね」
「母さんもずっとこの村に住んでたんだとばっかり思ってたよ」
両親の馴れ初めを尋ねたことはなかったが、どうやら遠く離れた地で出逢ったらしい。
「でもなんで父さんは村に帰って来たの? お役目が嫌で村を出て行ったのに」
父さんは眉根を寄せて頰をかきながら口を開く。
「まぁ、なんだセーレの能力を頼ろうとしたのさ。母さんを助けたくてな。それであいつにどうにか助けてもらったんだが、交換条件で村に霊媒師として居座るように言われてな」
記憶の中では病気とは無縁な母さんだっただけに事実確認するように目を向ける。すると母さんは微笑んでことの経緯を教えてくれた。
「お父さんとは半ば駆け落ちみたいにして故郷を出てね。しばらく一緒にあちこち旅をしてたの。その旅路の中でロランを身籠って、それはよかったんだけど。お母さん、つわりがひどくてかなり危険な状態に陥ったの。お医者さんには死ぬかもしれないから中絶するように勧められたんだけど、どうしてもそれはしたくなくてね。それでお父さんがセーレ様ならどうにかしてくれるかもしれないって、村まで連れて来てくれたの。あとは、わかるわよね」
と母さんは手の平を返して俺に手を差し伸べた。そんな話を聞いて、そういえば神様が本来なら魂が定着せずに死産する予定の肉体に俺が宿ることになるというようなことを言っていたのを思い出した。どうやらその魂の手引きはセーレ様が行ったらしい。
「ま、そういうわけさ。放浪癖のあるセーレの能力を借りて誕生したロランのことだからいつか旅立つんじゃないかとは思ってたし、それ以前にロランは俺の息子だしな」
「そっか。じゃあ、いいんだね」
「つっても最初はどこに行く気なんだ? 目的もなくふらついても楽しくはないぞ」
するとそれまで静観していたメルさんが身を乗り出す。
「それなら問題ありません。そこでお義父様にお願いしたいことがあるんです」
「俺にか?」
父さんは自分を指差して聞き返すとメルさんは大きく頷き返した。
「はい。霊媒師であるお義父様に紹介状を認めていただきたいのです」
「となると他所の霊媒師宛てかね。それは別に構わないが、どこ宛てにしたものかな」
「それなら決まってます。ザガン様かハーゲンティ様のところです」
「なんだってまた」
理由がわからないと疑問符を浮かべる父さんに俺が目的も告げる。
「新魔術のことを研究しにだよ、父さん」
「あぁ、そういうことか。それなら紹介状なんかよりいいものがある。ちょっと待ってな」
そう言い残して父さんは自室からなにか片手に収まるようなものを手にして戻って来る。そして手に握ったものを渡そうと手を出すよう促す。メルさんが両手で器をつくって差し出すと父さんはことりとちいさな装飾品らしき物を彼女の手に乗せたい。見るとそれは飾り気のない簡素な指輪のようだった。
「魔法や魔術を探求するのが目的ならこいつを霊媒師か紋章官にみせるとなにかと融通してくれるはずだ」
メルさんが渡された指輪を摘んでしばし眺めた後に俺に手渡して来る。それは彫り込みの一切ない金属の環に七芒星の浮き彫りが施された5㎜厚程度の円柱を貼り付けたものだった。
「お義父様、これはなんの紋章ですか?」
「緋色の印章ってなもんで。魔術研究会の会員証みたいなもんさ」
「父さんが魔法に関して手紙のやり取りしてるって言ってたのって」
「そういうことだな。お前たちが魔法のことが知りたいってんならそれを持ってる相手を頼るといい」
「ありがとうございます」
「そりゃよかった。んで、いつ立つつもりなんだ?」
「今日にでも」
俺が口を開く前にメルさんが答えて席を立ち、自室に駆けていく。俺の成人をするまでの2年間を待ってくれていたと思えば、今すぐにでも出立したいのだろう。彼女は既に旅立ちの準備を済ませているらしく、荷物を取って足早に戻って来た。
「別れを惜しむ暇もないね」
ちいさくつぶやいたつもりだったけれど、父さんと母さんの耳には届いていたらしく、短く言葉を返してくれる。
「充分にあったさ」
「そうね」
そんなふたりの様子に俺はなんと言ったものかと考えているとメルさんが俺にいろいろと詰め込まれた鞄を手渡してくる。
「はい、ロランの荷物。それでは、お義父様、お義母様、いってきます」
メルさんの出立の挨拶に引っ張られるようにして俺も告げる。
「いってきます」
それに対して両親はひとこと。
「「いってらっしゃい」」
とだけ告げて俺たちを見送った。




