022.幼きふたりの研究者(8)隠し効果
メルさんがうちで生活するようになって半年が経過した。食事で栄養をまともに摂れるようになった彼女は、あっという間に俺と結構な身長差になるまでに伸びていた。
そんなメルさんは魔術を使えるようになったことが余程嬉しかったのか、たびたびMPが枯渇するまで魔術の練習していたりする。その影響で彼女のMPは気付けば3桁を超えてしまっているらしかった。
さらには俺の懸念している未来を引き寄せているかのように『風』以外の魔術も扱えるようになっていて、どうしたものかと俺は頭を悩ませる日々を送っていた。
その日の夕食を済ませ、俺は自室で日課の魔力の物質生成をしていた。すると外で魔術の訓練をしていたらしいメルさんが、興奮冷めやらぬといった面持ちでノックもなしに俺の部屋に踏み込んで来た。
「メルさん、もう半分くらい家族みたいなものだからっていきなりドア開けないでよ」
「そんなことより、ロラン聞いてよ」
「そんなことよりって」
うんざりだという態度を隠しもせずに応じて見せるけれどメルさんは微塵も気にした様子もなく、新たな発見を早く話したくて仕方ないようだった。
「それで今度はなんですか」
「聞いて驚きなさい。実は魔法で氷をつくることに成功したの」
メルさんの発言に俺は頭を傾げた。この世界の魔術法則に氷を創り出すようなものはなかったはずなのである。なのに彼女はそれが出来たのだと言う。神様が付与魔術を実装した際に属性魔術にも調整を施したのだろうか。
メルさんが扱える魔術要素は【属性効果】4種・【魔術効果】4種・【特殊効果】の『操作』と『変化』のみである。もし魔術法則が更新されているとするならこの中のどれかになるだろうが、ひとまず彼女の話を聞いてみないことにはなんとも言えない。
「本当に?」
「本当よ。今見せてあげるからよく見てなさい」
メルさんは左手をこちらに差し出す。ここ半年で発動時の移動方向指定に関して俺から説明されてもいないのに出来るようになっていた彼女は、手の平を天井に向ける。そして気軽な様子で魔力を練り上げ、魔術を発動させた。
するとメルさんの手の平の上に大体一辺が20cmくらいの半透明な立方体が出現し、くるくると2秒間程回ってから消滅した。
「今の氷なの?」
「さっき触ってみたけど冷たかったし、たぶんね。もう一度やってみるからロランも触ってみなよ」
と言うなりメルさんは再度さっきと同じ魔術を行使する。今度は出現させた立方体を彼女は回転させずに静止させてくれていた。
俺はそれが消えてしまう前に表面に触れてみると確かに冷たかった。
「本当に冷たい。俺にも出来るのかな?」
そう思ってメルさんが使った魔術を【特殊効果】の『変化』に隠された効果があったのだろうと推測して氷をイメージしながら『水』属性魔術を行使したが、結果はただ立方体の形をした水が生成されただけだった。
「なんで俺には出来ないんだろ。メルさん、どうやったの?」
「今『水』の魔法を使ったでしょ」
「氷なんだから『水』でしょ?」
「甘いね、ロランは。私が使ったのは『土』魔法だよ」
「『土』? 氷なのに?」
などと尋ねながら俺はなんとなく【属性効果】が管理しているものが見えた気がした。
四属性を『火』『風』『水』『土』と分類しているが、実際にそれぞれが扱っているのは物質の状態なのかもしれない。
『土』は固体
『水』は液体
『風』は気体
『火』はプラズマ
と言った具合なのだろう。だとしたら『火』属性魔術で雷を発生させたりすることも可能だろう。『火』が管理しているものが熱エネルギーの可能性もあるけれど、それならそれで別の使い方が出来る。とりあえず『土』魔術で生成している物質を『変化』によって脳内にあった土のイメージとは違うものが造れるようになったのは大きい。これなら例の消えない魔術による物質生成によって様々なものが創り出せるようになり、やれることの幅が大きく広がった。
ただ問題は『変化』によって生成させる物質を決定付ける要素がどういったものであるかである。今のメルさんに分子構造などの知識はないのでイメージで氷を創り出したと考えられるけれど、彼女が神の使徒である疑いが拭えていない以上は断定は出来ない。あとで俺自身が検証する必要があるだろう。
「なんで『土』なのかはわかんないけど、そうなんだからそうなんでしょ。それなら他の属性ももしかしたら……」
なんて自身がやったことを理解してるのかしていないのかメルさんは口にすると新たな発想を実証するためにか、話したいことだけ話して勢いよく俺の部屋を出て行ってしまった。
俺はメルさんが開け放ったままの扉を閉める。そして彼女が言っていたことを確認するように『土』属性と『変化』を使って氷を生成してみることにした。
その際に俺は消えない魔術を用いて氷を生成した。氷が時間とともに溶けるのか気になったのである。結果、氷は組み込まれている『変化』を通じて俺から供給されているMPが途絶えても状態は維持され続けていた。




