020.幼きふたりの研究者(6)かつての魔法をもう一度
父さんは俺たちを残して戻って行った。たぶん母さんにメルさんの事情をそれとなく説明しに行くのだろう。
「帰らなくて大丈夫なんです?」
「帰っても誰も居ないから平気だよ」
「……それでなんでうちに泊まることにしたんですか」
「わかるよね?」
ながらでも魔術に関して説明出来ると言ってしまったので時間さえ取れれば今すぐにでも教えられると思われてしまったのだろう。
「魔法のことだよね」
「うん。まだ寝るには早いし、話くらい出来るでしょ」
「そうですけど」
「さ、早く」
「話聞いて魔法使えるようになったからって、さっきの約束破らないでね」
「そんなことしないよ。ちゃんと明日の食べ物探し手伝うから」
「はぁ、それならいいんですけど」
ため息を吐く。どう説明するか考える時間が欲しかったけれど、そうもいかないらしい。とりあえず『風』の【属性効果】を扱う感覚は既に持っているようなので他の3属性に関する説明は省くことにしよう。
「えーっと、メルさんの中で『風』をイメージするとどんな形になりますか? 三角とか四角とか丸とかいろいろあるとは思いますけど」
「『風』の形? んー、そうね。矢印かな」
「矢印ですか」
「そう、矢印」
と言ってメルさんは右手で宙に←を描くように動かす。明確にイメージしやすい図形があるのならあとは彼女の中でそれにアレンジを加えさせて行くだけである。
「じゃあ、次に4つのイメージを伝えるのでそれぞれどんな矢印にするか考えてください」
「わかった4つね」
メルさんがイメージする準備を待つように少しばかり間を空けてから説明を再開する。
伝えた4つのイメージとそれぞれの【魔術効果】は以下の通り。
1:『風』が遠く届くイメージ(収束)
2:『風』が長く吹くイメージ(停滞)
3:『風』が広く吹くイメージ(拡散)
4:『風』が速く吹くイメージ(加速)
少し待ってからメルさんに尋ねる。
「それぞれ思い浮かびました?」
「なんとなくはね。最初から順番に──
1:矢印の─部分を長く
2:矢印の─部分を太く
3:矢印の<部分を長く
4:矢印の<部分を鋭く
と自身の中にあるイメージを順番に指先で宙に描いていった。全部組み込んだ図形が描けるか脳内で描いてみたが問題なさそうだった。
あとはこれに『変化』と『操作』を組み合わせれば完成でだけれど、そっちはメルさんの中で『風』としてひとまとめに扱われているようなので余計な説明をして考える要素をわざわざ増やす必要はないと思って、そのまま話を進めることにした。
「それじゃ、その4つの中から2つまで選んで今まで魔法で『風』を起こすのに使ってた魔力の半分の半分よりちょっと少ないくらいの力をわけて、使いたい魔法のイメージに合わせた矢印を頭の中に浮かべながら魔法を使ってみてください」
「2つまでなら1つでもいいの?」
「うん、1つでも大丈夫」
説明がきちんと伝わっているか悩ましいところだけれど、それ以上にメルさんがどの程度魔力比率を上手くコントロール出来るかは未知数だった。
「じゃあ、いくよ」
そう前置きしてからメルさんは左手を前に突き出し、意識を集中して魔力を練る。すると彼女の左手を基点に魔力的な反応と魔術発動の兆候を感じ取れた。
直後、一秒間くらい強めの風が吹き付けて俺の肌をピリリとさせた。風を受けた感覚からするとメルさんはどうやら魔力比率を『停滞』に20%割り振ったらしい。
彼女が使ったのおそらく以下のような魔術。
【ウインド(仮)】
消費MP: 1+追加3
魔力比率:風40%・停滞20%・操作20%・変化20%
魔術威力:1.0
物理干渉:1.0%
発動時間:0.5s
持続時間:1.0s
移動速度:7.5m/s
射程距離:3.25m
発動領域:1.625m
魔術規模:0.125m
メルさんは魔術がすんなりと成功したことに驚き、自身の左手をしばし見つめてから俺の方に視線を向けて来る。俺は魔術が成功したことを祝うように笑顔を返した。それに対して彼女は魔術が使えたという実感がまだ得られていないのか、再び左手の平に目を落とす。その姿はどことなく困惑しているようだった。
ただ『変化』と『操作』の組み込まれた魔術を行使したことによってメルさんは残りのMPが強制的に0.0になってしまったので少し身体がふらつく。俺はとっさに彼女の身体を支える。すると彼女は俺に支えられた数秒後には、ぐったりとうなだれて意識を失っていた。
MPを全消費してしまうには体力的に厳しかったのかもしれない。まだ幼い俺には彼女の身体を抱えてベッドに運ぶほどの膂力はないので、ひとまずそっと床に寝かせてから父さんの助けを借りるために部屋を出た。
父さんにメルさんを客間のベッドに運んでもらう。父さんと母さんは意識を失った彼女を前にどこか悲しそうな顔をしていた。
母さんはメルさんの頭を優しく撫でてから俺を手招きし、近付いてきた俺の頭を撫でてからゆっくりと告げる。
「ロラン、メルクルーリアさんのこと家族だと思って助けてあげてね」
「うん」
そう遠くない日に、そうなる日が来るのかもしれない。母さんの言葉を聞いた俺はそんなことを思った。




