019.幼きふたりの研究者(5)不発の原因
メルさんが落ち着くのを待ってから俺は話を切り出す。
「ひとつ言い忘れてたんですけど」
「なに?」
「朝と夜はうちでご飯食べてください。体力ないと魔法覚えられませんから」
俺がそう告げるとメルさんは眉根を寄せ、こちらに聞こえないような小声でなにやらぼやいてからため息を吐いて肩を落とした。
「……それ、ロランのご両親には話てあるの」
「まだですけど大丈夫です。メルさんが食べる分なら明日の朝に父さんに食べられる葉っぱとかキノコが生えてる場所を聞いて山に採りに行こうと思ってるので」
「魔法は?」
当然のことだが、優先したいことを後回しにされてご不満な様子だった。
「食べ物探ししてるときに話します。たぶん、メルさんすぐに使えるようになると思うので」
「本当に?」
「本当です。だからメルさんはお腹いっぱいになれるくらいたくさん食べ物探してください」
「それって意味あるの? 私は魔法だけ教えてもらえればそれでいいんだけど」
「ダメだよ。だってお腹空いてたら力出ないもん。それに俺が初めて魔法使ったとき倒れちゃったから、メルさんも練習してるときに倒れちゃうかもしれないし」
「そこまで言うんならそうするけど、魔法教えるっていうのはウソじゃないよね?」
一刻も早く魔法を覚えて不安を解消したいのだろう。それはわかるけれどメルさんが実の家族から切り捨てられたときに俺の両親に保護してもらえる可能性を高める下地作りは必要だった。
正直、それを前提としているのはメルさんに対して失礼だとは思う。だけど彼女が今の居場所を失ったとき自暴自棄になってしまわないように保険をひとつでも多く用意したかった。
もしかしたらそんな心配が必要ないほどにメルさんは強い心を持っているかもしれない。でも彼女は俺より年上とは言ってもまだたった6歳の子どもに過ぎないのである。
「約束は絶対に守ります」
「それならいいけど」
「それで魔法を明日教える前に聞いておきたいんですけど、メルさんのステータスっていくつですか?」
「ちょっと待って」
メルさんは右手の平を突き出して待つように示してからステータスウィンドウに視線を這わせる。初めて目の前でステータスを確認している相手を見たけれど、俺からはなにも見えない。もしも他人にもステータスが見えるようだったら流れで俺も見せることになっていたかもしれないが、俺は適当に理由を付けて断るつもりでいた。しかし、その必要はなさそうだった。
「HP43・MP4だね」
予想ではHP19のMP1だと思っていたけれど思いの外多かった。【特殊効果】の『変化』や『操作』が組み込まれた魔創痕持ちはMP1の魔術発動直後に追加消費で強制的にMPが0.0になってしまうからステータスが底上げされやすいのかな?
俺はというと昨日の実験によって久しぶりにステータスが上昇してMPが17万に少し届かないくらいにまで増えていた。
最近まで増え過ぎて消費しきれずにいたMPを消費するすべを新たに得たので、俺は最低でも追加消費MP6/sを上回る回復量になるまで最大MPを増やすつもりでいる。例の消えない魔術で造った物質を使った実験をするならそれくらいじゃ足りないかもしれないけれどね。
「魔創痕消えちゃってもMPなくなったりしてないみたいですね」
「うん」
「メルさん、魔創痕が消えてから魔法使おうとしたことありますか?」
「あるよ。でも、なんにも起こらなかったよ」
「そのとき、MPって減ってました?」
「どうだったかな? 減ってたかも」
そんなことを気にしてられる余裕なんてなかっただろうから覚えてないのも無理ないのかもしれない。
「今やってもらっていいですか」
「別にいいけど、なんにも起こらないよ」
「それでいいです」
メルさんは左手を前に突き出し、目をつぶって意識を集中させる。すると彼女の身体から魔力的なものが発されているのを感じ取れた。けれどそれはすぐに霧散してしまった。
「やっぱりダメ。なにも起こらないね。でもMPは1減ってるみたい」
どうやら魔術は不発に終わってしまったらしいが、メルさんは魔力自体は扱えているようなので魔術発動条件を満たしていないのだろう。想像になってしまうけれど、彼女が使用したことのある魔術の表面的なイメージだけで魔術要素を組み上げたんじゃないかと思う。おそらく使用した魔術要素は【属性効果】の『風』と【特殊効果】の『変化』・『操作』だけで【魔術効果】は一切組み込まれていない気がする。それが原因なら彼女が【魔術効果】に関するイメージを得ることが出来れば問題なく魔術が使えそうだと感じた。
「今の感じならなんとかなりそうです」
「そうなの?」
「うん」
あとはどうやって【魔術効果】のイメージを伝えるかが問題だった。俺が普段イメージしている波形ではまともに伝えられる気がしない。なにか別に考える必要があるけれど、イメージそのものは個々人のセンスなのでメルさんに委ねるのが一番無難かも。などと考え込んでいると部屋の扉がノックされ、父さんが顔を見せた。
「ロラン、そろそろお嬢さんを送らないといけないんじゃないかい」
そう父さんが言うと食い気味にメルさんが口を開く。
「あの今晩ここに泊めてもらってもいいですか。今、屋敷に誰もいないので……それで」
なんて言いながらメルさんは、ちらりと俺の方を見る。俺は彼女を援護するように言葉を紡ぐ。
「父さん、メルさんしばらく屋敷でひとり留守番しないといけないみたいだから」
「あぁ、そういうことならうちに泊まるといい」
と父さんは即答しながら俺の髪をくしゃりと掻き混ぜながら頭を撫でてから耳元で囁く。
「ロラン、彼女をしっかり守ってやるんだぞ」
父さんはメルさんの魔創痕のことも知っているような節もあった。考えてみればセーレ様の霊媒師をやっているのだからメルさんの家の事情を知っていても不思議はない。それでも他所の家庭の事情だから知っていても彼女自身に救いを求められでもしない限り、手を差し伸べることも出来なかったのだろう。だからなのか、それとも俺の思い込みなのか父さんはどことなく安堵しているように見えた。