017.幼きふたりの研究者(3)魔術の分類
メルさんの食事事情を知って、考えるべきことが増えてしまった。
俺やメルさんのくらいの年齢で2歳差もあるのに同じくらいの身長なのは、どことなく不自然に思っていた。第二次性徴期を迎えているならまだしも幼児である今は遺伝と言い切るには早計に過ぎる。ついさっき知った彼女の置かれている状況から成長に必要な栄養を充分に摂取出来ていないのが原因だと思えて仕方なかった。
粗末な食事しか与えられず。慢性的に栄養の不足した状態のメルさんは、あんなホコリっぽい屋敷にひとりで住まわされていてよく病気にならなかったものだと思ってしまう。食事を持って来ているらしい人間は、彼女の両親からそれなりの給金を貰っていると考えて間違いない。それなら長いことお金を得るために死なないよう最低限は気を使っていたのかも知れないが、あの食事からして微妙なところである。最悪、彼女が肺炎などで死んでいたら隠蔽してお金だけを貰い続けていても不思議ではなかった。
メルさんが家族から受けている現在の扱いを考えれば、死なれてもそれほどのお咎めはないと考えていそうではある。その原因をつくったのが俺かと思うと申し訳が立たなかった。
俺はメルさんが魔創痕を失ったことで使えなくなった魔術さえ使えるようになれば、状況は改善されるかも知れないと考えていた。だが現在メルさんが置かれている立場と世界での魔創痕の存在価値を知り、彼女がちょっとした魔術を使えるようになったところで彼女の望む未来を切り開くのは不可能なのだと理解させられていた。
食事を摂り、片付けも済んでしまったころになってようやく父さんは帰って来た。
「お帰り、父さん」
「こんばんは、ロランのお父さま」
「ただいまっと、こんばんは。ロラン、今朝のお嬢さんを早速うちに招いたのかい」
「うん、霊媒師やってる父さんに話を聞きたくってさ」
「霊媒師の俺に?」
「うん。今日さ、ふたりで魔法のこと調べてたんだけど本とかじゃ精霊様のこと以外なんにもわかんなかったから父さんならなにか知ってるんじゃないと思って」
「よくわかってるじゃないか、ロラン。いやー、嬉しいもんだね。こうして子どもたちに頼られちゃうのは」
「なにか知ってるの」
「もちろんさ。セーレのやつは移動と探求というか情報を司ってるようなもんだからな。魔法にまつわる話ならいろんなとこから集めて来てたぞ」
この様子なら期待出来そうだと隣のメルさんをちらりと見る。すると彼女は期待するように目を輝かせ、ごくりと生唾を飲み込んでいた。
「聞かせていただいてもいいですか」
「あぁ、むしろ話したくてうずうずしてるくらいだよ」
俺たち以上に子どものように父さんははしゃいでいた。
そんなに話したかったのならなんで今まで俺に魔術に関する話をしてこなかったのだろう?
どうにも気になった俺は率直に尋ねてみる。
「すっごい魔法好きそうなのに父さんから今まで魔法のこと一度も聞いたことないよ?」
「そりゃ、あれさ。好きになるかどうかもわかんない話を長いこと話して嫌いになられるのも嫌だったからな。ロランから聞いて来たら話してやろうと思ってたのさ」
「嫌いにならなかったと思うよ」
「ロランならそうだったのかもなぁ。でもな、俺は嫌いになっちまうんだよな。そういうことされるとよ。じーちゃんからお役目だのなんだのとセーレの話を毎日毎日聞かされて嫌いになってたからな」
「それなのにセーレ様と仲がいいんだ」
「知らなかったんだよな、あいつがセーレだってな。たまに近所で見かける気のいい兄ちゃんくらいの感覚だったんでな」
父さんとそんなやり取りを交わし、こういった感じで付き合っていたであろうセーレの人物像がなんとなく見えて来た気がした。
「そうなんだ。それで魔法のことなんだけど」
「あぁ、そうだったな。さて、なにを話すかな」
単に魔法の話をしてくれと言っても難しいのかも知れない。重点的に知りたいことがなんなのかは俺ではわからないので、メルさんに話をふった。
「メルさん、なにか聞きたいことある?」
急に話をふられたメルさんは、しばし考えた後に俺の方をちらりと見てから徐ろに口を開く。
「魔創痕がなくても魔法が使える人っていますか?」
「精霊術ってやつかな。昔、試そうとしてたやつがいたとかなんとか聞いたな」
「精霊術?」
「あぁ、魔法にも色々あってな。なにかと呼び名を付けてわけたがるやつが世の中多いんだよ」
口振りからして呼び名が違うだけで同じものが多くありそうだと感じた俺は詳細を尋ねる。
「他にもなにかあるの?」
「んじゃ、その辺から話してくか」
どうやら話してくれる内容が定まったらしい。それを見て取った俺とメルさんは瞬時に目線を交わしてからふたりで同時に父さんへと頼み込んだ。
「よし、よく聞いといてくれよな。まず魔法の根っこにあるのが魔法則って呼ばれてる精霊が造ったものだな。そんでその根っこから能力を借りて人間や魔獣が使うのが魔術な」
「魔獣も使えるの? でも、メルさんは」
言いながら隣を見るとメルさんは困惑したように訳がわからないといった顔をしていた。
「あー、なんていうかだな。セーレに言わせると根っこは一緒なんだとさ。人間社会での呼び名が違うだけでな。お偉方は人間が使うものと一緒だってことにはしたくなかったんだろうな。とりあえず魔獣が使う魔術は妖魔術、人間が使うもので魔創痕を必要とするものは紋章術ってな感じだ」
「紋章官さんが使ってるのも紋章術?」
「あれは刻印術。魔創痕を刻むだけの魔術だな。あとはなにがあったかね」
「お金造ってる魔法とか?」
「あぁ、あれもそうだな。あれは1年前に新しく発見されたやつで新魔術って呼ばれてるけど、今のところ使えるのは精霊だけだって聞いたな」
新魔術と呼ばれてるが付与魔法のことだと考えて間違いなさそうである。そんなことを俺が考えているとメルさんが父さんに質問をした。
「あの最初に言っていた精霊術って魔法は」
「んー、あれはなぁ。それが使えるって証明しようとしてたやつは魔創痕持ちだったらしくてな。自分では試せないってんで魔創痕ごと腕を斬り落たらしいんだよ。んで、その傷が原因で死んじまったららしい」
実話かどうかは怪しい逸話だが、随分と無茶をする研究者がいたものである。
「えっと、そのひと精霊術使えたの?」
「それがな、わからないんだよ。そういう研究をしてたってことが死んだ後に見つかった日記からわかったってだけでな。使えたのか、使えなかったのか日記には書かれてなかったらしいのさ」
魔創痕は使える魔術要素を限定していると考える人間は世の中にいることはいるんだな。それならどこかで研究している人間が居ても不思議ではないが、表立ってはやってはいないだろうと思えて仕方なかった。