013.辺境の少年ロラン(8)解決すべき問題
メルさんの頼みをどうしたものかと俺は悩む。俺が原因で彼女を孤立させてしまった以上は、断る気はない。前世で俺の軽はずみな行動が原因で神の使徒となり、自害してしまった俺にとって最も大切な人物のことを思い返せば当然のことだった。
問題はメルさんの頼みをどう解決するかである。彼女は単に魔術を使いたいわけではない。だからこそ彼女にとって重要なものを考える必要がある。そう考えた俺が出した結論は、セーレの魔創痕によって扱うことの出来る魔術を彼女に再現させるということだった。
神様の話を記憶の底から引っ張り出し、幻獣には付与魔術を構築させる以前は属性魔術の実験を行わせていた節がある。だとしたら幻獣たちはそれぞれを示す魔創痕を人間に与えて魔術要素の効果の検証や調整をしていたはずである。おそらく72柱の幻獣を表した魔創痕は特定の魔術要素しか使えなかったり、消費MP上限などが設定されている可能性が高い。だから俺が今優先すべきはセーレの魔創痕によって使用可能だった魔術要素の検証だった。
だから俺はそれを知るために定めた方針を下敷きにした提案をメルさんに切り出す。
「メルさん、俺に魔法について教えてください」
俺の発言にメルさんは疑問符を浮かべて首を傾げる。
「えーっと……私がロランに? 頼んでるのは私だったと思うんだけど」
「そうなんですけど、俺は魔法がなんなのか知らないのでそれを教えて欲しいなって」
「うーん、まぁ、それはいいんだけど。いいんだけど、うーん?」
メルさんはかなり困惑しているらしく、意味がわからないとばかりに深く考え込んでしまっていた。
「えっと、なんていうか。メルさんが使いたい魔法って、セーレ様の魔法じゃないですか。だからその魔法がどんな魔法なのかなって。その……メルさんって、魔創痕があったときに魔法って使えたんですか?」
魔法の行使経験に関して尋ねるとメルさんは、むっとした顔をして捲し立てた。
「なっ、バカにして。ちゃんと使えました。こう、風がぶわーって吹いてすごかったんだからね」
「他に魔法で火とか水とか出せたりも?」
「セーレ様がお与えになった魔法は風の魔法なんだから火も水も使わないの」
【属性効果】は『風』だけらしい。あとはメルさんの身体を大きく使ったジェスチャー混じりの言動から【特殊効果】の『操作』・『変化』辺りも組み込まれていそうである。ただ【魔術効果】に関しては話を聞くだけでは特定は難しそうだったが、風属性魔術さえ使えるようになれば概ね問題ないだろう。
難点としては『風』だけを使えるようにするというのが困難だということだった。他の3属性も含めて教えるのであればどうにかなるかもしれないが、1属性だけに絞って教えるのは厳しい。だからといって全属性の扱い方を教えてしまうと魔創痕が魔術を使う上で枷になってしまっていることに気付かせてしまう。それは彼女と彼女の家族にとって不幸に繋がりかねない。
俺の推測では魔創痕は十中八九魔術を使う上で縛りにしかなっていないのである。確かに魔創痕は魔術を使う補助をしてくれているかもしれないが、使える魔術そのものを限定してしまっているのである。もしそれが世界的に知れ渡れば魔創痕を現在所持している人間の立場は地に落ちてしまう。定められた魔術しか使えないのだから当然である。しかも魔術によって肉体に直接刻まれる魔創痕は早期に修復魔術を用いなければ消すことも難しいとくれば、メルさんの住む屋敷を見る限りこれまで高い地位に居続けたであろう魔術師の多くは路頭に迷うことになるかもしれない。それは俺にとって不本意なことだった。
「ほら、やっぱり俺は魔法のことなにも知らなかったでしょ。そんな俺がメルさんに魔法を教えるのは難しいよ。だからメルさんが使いたいセーレ様の魔法のことを俺に教えてよ」
「そういえば、なんでロランはそんななのに魔法が使えてたの?」
どう説明したものだろう?
いっそ神様のことを正直に話してしまうのがいいのかもしれない。気が狂ったやつだと思われたらそれまでかもしれないが、幻獣を精霊様として崇拝している彼女なら普通に受け入れてくれそうではあった。そう思った俺は神様のことを精霊様としてメルさんが誤認するように胡乱げな説明する。
「夢の中でネビロスって名乗ってた綺麗なお姉さんに教えてもらったんだ」
「ネビロスなんて名前は聞いたことがないけど新しい精霊様かしら? でも、そっかロランは夢の中でだけど精霊様の声を直接聞いたのね。それなら精霊様と同じような魔法を使えても不思議じゃないかも」
どこか納得した様子のメルさんはうんうんと頷いていた。
「あ、でも、このことは内緒だよ。あんまり他の人に話しちゃダメだってネビロス様に言われたから」
そう告げるとさもありなんと思ったらしいメルさんは、両手で口元を隠して俺にこのことを話させたことを申し訳なさそうにしていた。
「ごめん、私のことばっかりで。誰にも話さないから安心して。私、一度約束したことは絶対に守るから。だから……」
「うん、大丈夫。俺、ちゃんとメルさんがセーレ様の魔法を使えるようになるお手伝いするよ」
俺が協力することを伝えると眉根を八の字にしていたメルさんは、不安を抱えた様子のままだったが口元を緩めて微笑む。
「ありがとう、いつか前みたいに魔法が使えるようになったら必ず御礼するからね」
そう言ったメルさんに対して俺は、不安を少しでも拭い去って貰おうと満面の笑みで「うん」と応じた。