見栄からの自爆?
星明りに照られて浮かび上がるチャーミングな巨体。血の様に真っ赤なお目目。槍を連想させる鋭い牙……その名はジャイアントボアちゃん。
無理矢理テンションを上げないと恐怖で失神してしまいそうだ。
まだ500m位離れているが、荒い息遣いがはっきりと聞こえてくる。
「どう見ても中ボスだろ。今日デビューしたばかりの俺等じゃ相手にならないぞ」
普通の猪でも罠を仕掛けるか鉄砲を使わなきゃ倒せないって聞いた。このままじゃ、1ターンで全滅間違いなしだと思う。
「まず、ヒラノが魔法で先制攻撃。こっちに突っ込んで来たら、アタイが足止めする。そうしたらイスルギとヒナタが攻撃を加えてくれ。その間ヒラノは次の魔法を詠唱。クスシはパーティーの生命線だ。後方で待機していろ」
ルイネさん、俺の意見はガン無視ですか?ってか、俺が一番危ないだろ。
……待てよ。今自分でジャイアントボアを退治の答え出してたじゃん。
そう、鉄砲を使わなきゃ倒せないって。脳内に昔好きだったスナイパーアニメの主題歌を流しながら、立ち上がる。
「ジャイアントボア、こっちを見な」
足元に転がっていた石をジャイアントボア目掛けて投げつける。ジャイアントボアが振り向いたのを確認して、俺は右手の拳銃をゆっくりと構えた。
ディナーの邪魔をされた所為か、彼女はご機嫌斜めだ。
「おいたは、そこまでだ。苦しませずに天国に送ってやるぜ……汝は万物を支えし者。その名は大地!大地よ、我が命に従いて、岩石を生み出せ。岩石よ、弾へと変じ、我が敵を穿て……ストーンブリット」
狙いはジャイアントボアの眉間。非情な銃弾はジャイアントボアの眉間に命中……したけど、ジャイアントボアさん、生きてます。生きてるし、完璧にお怒りです。
俺を敵と認定した様で、ジャイアントボアさんは額から血を流しながら、地面を蹴りつけている……突撃態勢に突入した模様です。
反復横跳びの要領で右側にジャンプ。俺を追う様にして、くるりと向きを変えるジャイアントボア……振り出しに戻りました。
(もう一発ストーンブリットを撃てれば……そんな時間ないか)
あの巨体で体当たりされたら、確実に死ぬ。でも、ジャイアントボアは既に突撃寸前だ。
「ヒラノ、こっちに来い。あたいが抑えいる間に、強力な魔法を頼む」
誰かに強引に引き倒されて、地面に叩きつけられた。見るとルイネさんがジャイアントボアを真正面から抑えつけている。
(強力な魔法って言われても……あのままじゃルイネさんを巻き込んでしまう)
上手く逃げる方法ないのか?
「ルイネさん、そいつを吹っ飛ばして逃げる事は出来ませんか?」
情けない話だけど、さっきから足の震えが止まらない。下手すりゃ死ぬかも知れないいって恐怖が俺を支配している。
「無理だ。それにここで逃げたら、村が襲われるぞ……アタイの村みたくなくなっちまうんだ。そんな事出来る訳ないだろ!」
原因の一端は俺にある。調子にのってジャイアントボアを怒らせたのは俺なんだ。
「重吾、側面から斬りつけてジャイアントボアの動きを止められないか?」
今動けるのは、重吾だけだ。でも、重吾は静かに首を横に振った。
「斬る事は出来ます。でも、どこを斬れば良いんですか?間違えば、もっと怒らせるだけですよ」
確かに、あの分厚い肉を切り裂くのは難しい。しかも、関節の腱に当たらなきゃいけないのだ。毛に覆われていて、どこが関節なのか分からないから、運の要素が高い。
「石動先生―、私が斬りつけた所を狙う事は出来ますかー?」
陽向さんが意を決した様に告げる。そうは言っても陽向さんの武器は包丁だ。斬りつけるには、かなり近づかなきゃいけない。その為か、陽向さんの足は震えている。
「……怪我だけしないで下さいね……光牙さん、詠唱の準備をして下さい」
重吾の問い掛けに無言で頷く。女の子が頑張るのに、おじさんが頑張らないでどうするんだ。
翼の杖に魔力を籠めながら、詠唱のタイミングをはかる。
「いきますよー……それー、腕肉おとしー」
陽向さんが斬りつけたのは、ジャイアントボアの膝関節。流石は料理人。技名も部位なんですね。
薄い切り傷がジャイアントボアの体に浮かぶ。ジャイアントボアは陽向さんを追い掛け様とするが、ルイネさんが上手く押しとどめた。
「陽向さん、離れて下さい……ここですねっ」
重吾の剣は、寸分たがわぬ所を切り裂いた。同時にジャイアントボアの巨体が僅かに沈む。
右手の人差し指を真っ直ぐに伸ばす。標的はジャイアントボア。
「ルイネさん、離れて下さい……汝は命を慈しみ育てる万物の母。その名は光。我が魔力を供物として捧げる。その代わり、我が願いに応じ給え。一条の光線となりて、敵を貫けぇ……フォトンレーザー!」
一条の光がジャイアントボアの頭を貫く。そしてジャイアントボアは、轟音をあげながら地面に倒れた。
この魔法予想以上に魔力を使う様で、一瞬立ち眩みがした。
(魔力を切断しないと、永遠にレーザーが出続けるのか……どこでも良いから、寝っ転がりたい)
でも、ここで倒れたら、子供達を不安にさせてしまう。下っ腹に力を入れて踏ん張る。きついけど、これが大人の見栄です。
「平野さん、今の魔法必殺技みたいで凄かったです……でも、身体大丈夫ですか?」
薬師君が心配そうな顔で俺を見ている。彼も異世界に来て不安な筈。
それなのに、俺の心配をしてくれるなんて……ここは大人の余裕を見せなくては!
「大丈夫だよ。今俺の二つ名を考えていたんだ。邪悪を噛み砕く牙ライトファングってどうかな?」
どうだ、ダサいだろ?これなら薬師君も笑ってくれる筈。
「ライトファング……恰好良いです。僕も早く二つ名が欲しいな」
キラキラした目で俺を見る薬師君。余計なお世話だけど厨二は早く卒業した方が良いよ。後々、自分を苦しめるから。
「へぇー、二つ名とは大きく出たね。それじゃ、もっと頑張らないと駄目だぜ。まっ、頑張りな」
ルイネさんはそう言うと、俺の肩を力いっぱい叩いた……違うんです。場を和まそうとしただけなんです。
「とりあえず、これで試験終了ですかね」
重吾、君は友人のボケを放置して話をまとめちゃうの?……このパーティーに足りない物が分かった。それは突っ込み役だ。このままでは、痛いおじさん扱いじゃないか。
「石動先生、まだ終わっていませんよー。きちんと血抜きしないと、折角のお肉が臭くなってしまいますのー。猪のお肉って美味しいんですよー。ルイネさん、どこかにジャイアントボアを吊るせませんかー?」
陽向さんはキラキラした目でジャイアントボアを見ている。ってか、血抜きなんて出来るんだ。
「お嬢ちゃん、オラ達に任せとけ。村の外れに血抜きに使っている川があるだよ。でも、こんなでかい猪だとギリギリだなや。それにしても、でかいのー」
声を掛けて来たのは、昼に会った農夫。ジャイアントボアが倒れた音を聞いて駆けつけて来たそうだ……うん?なんか変だぞ。
「ジャイアントボアって、この辺りに棲息していないんですか?」
今農夫のおっちゃんは、初めて見たと言った。まあ、こんな化け物猪が何匹も出たらたまったもんじゃない。
「ジャイアントボアは人里から離れた所に棲む魔物さ。村まではアタイが運ぶよ」
ルイネさんはそう言うと、ジャイアントボアを軽々と担ぎあげた……まじですか。
「それなら納得ですねー。猪は小集団で、行動する動物なのですー。でも、このボタンに……猪さんは一匹でしたもんねー」
陽向さん、今ボタン肉って言おうとしたよね。でも、ある意味納得だ。
もし、ジャイアントボアが棲息している地域なら、罠とか何がしからの対策が取れている筈。
「いやー、これで安心だべ。これもライトファングのあんちゃんのお陰だ。村中いや、近隣に自慢するだよ」
自慢しなくて良いから。お願いだから広めないで。
その後、ジャイアントボアは陽向さんの手で、綺麗に解体されボタン肉に変身。
ルイネさんは何故かジャイアントボアの胃を捌いていた。
◇
ジャイアントボア討伐の知らせが届いていたらしく、もう夜中なのに村をあげて歓待された。
「まるで物語の主人公になった気分ですね」
薬師君は照れ臭そうに話していたが、その顔はどこか元気がない。
「それだけ、ジャイアントボアはコーリン村にとって脅威だったって事さ……薬師君、元気がないな……もしかして、疲れた?それともホームシックになったとか?」
今晩の主役は間違いなく俺達だ。その主役が暗い顔をしていたんじゃ、村人も気にして素直に喜べない。
薬師君も年頃の男の子だ。こう言えば反発して空元気を出す筈。
「やっぱり、分かっちゃいますか……情けない話ですけど、パパやママに会いたいんです。戦うのも怖いし……やっぱり、僕って弱虫ですよね」
空元気作戦大失敗。ここは異世界。確実に家に帰れるって保証はない。高校生の薬師君がホームシックに掛かっても、誰も責められないと思う。
「薬師君は、弱虫なんかじゃないよ。その証拠に、ワイルドドッグやジャイアントボアと戦っても逃げなかったじゃないか。自分の弱さを知ってこそ、強くなれるっておじさんは思うな」
ナイスフォロー、自分に花丸をあげたい。
「僕、強くなれますかね?」
薬師君が真剣な目で俺を見てくる。これは中途半端な事は言えない。
「随分弱虫って言葉を気にしているけど、何かあったの?」
爽やかな笑顔を浮かべて頼れるお兄さんを演出。薬師君は、お兄さんを頼って良いんだぞ。
「転移した人の中に茶髪の女の子がいたのを覚えていますか?星空希来里ちゃんって言うんですが」
星空キラリ?俺の名前を軽く超えて行ったぞ……そうか、薬師君も男の子だ。きっと、その子の事が好きなんだ。
「もしかして、その子の事が好きだとか?」
任せよ、少年。おじさんにも彼女がいた事がある。アドバイスしてあげよう。
「好きだったと言うべきでしょうか?中学生の時に“あんたみたいな弱虫は嫌いなの”って振られましたから」
花丸撤回します。一番大きな地雷を踏んでしまった!気まずい……ここは必殺話題転換だ。
「ほ、他にはどんな人が来たの」
その後、重吾や陽向さんにも、残留組の事を聞いてみた。
残留組名簿
元屋基年齢二十四歳 元暴走族のリーダーだという異色の教師
確かに、いかにも元ヤンって感じだった。
虎牙龍児 二年生 学園の一匹狼的存在 喧嘩は無敗との噂 こいつには重吾も随分と手を焼いているらしい
勇籐正 三年生 生徒会長で空手部部長 曲がった事は許さない正義感との事
枝守努一年生 女子と見間違う様な美少年 見た目と違い口が悪いとの事 不良な先輩から目をつけられたらしいが、自分の手を汚さずに報復したらしい
星空希来里二年生 ダンスが得意な今時女子高生 動画投稿サイトでも人気があるそうだ お洒落好きな今時少女 薬師君の前では、彼女に話題はもうしないようにします
木立葵三年生 風紀委員長 自他共に厳しい性格との事 実家は薙刀道場で、黒髪が似合う大和撫子だそうだ
河合愛一年生 小動物系な美少女で、他校にもファンクラブがあるそうだ 男子人気は高いが、女子からはあまり好かれていないらしい
正直、残留組の方が、主人公サイドぽいよね。
夜の七時にも更新します