スナイパー誕生?
村で話を聞いたら、ジャイアントボアが現れたのは三日くらい前との事。同時にゴブリンの出没件数も増えたそうだ。
「村の女子供はケイン君が守ってくれているからまだ良いけど、畑はジャイアントボアとゴブリンに荒らされ放題さ」
村の青年は溜め息をつきながら、そう教えてくれた。
ゴブリン一匹なら村人でも追い払えるが、集団になるとまず勝てないそうだ。果敢に立ち向かって、怪我をした村人も少なくなそうだ。
それならと大勢で追い払いに行けば、その隙に別の畑が荒らされるとの事。まさに、いたちごっこだ。
しかも夜にはジャイアントボアが畑を荒らす。夜警をすれば畑を守れるが、そうなると昼の農作業やゴブリン対策に支障が出てしまう。
「流石に放っておけないね。あたいとイスルギ、ヒラノはゴブリンを退治に行くよ。クスシは怪我をした村人を診てやりな。ヒナタは馬車に積である食糧で炊き出しを頼んだよ」
今からですか!?しかし、村人の皆様がワクテカ顏をしており、とても反論なんて出来る空気じゃない。
「畑に行くのは良いですが、どこの畑に行けば良いんですかね?」
重吾の言う事はもっともで、効率良く動かなきゃ徒労に終わってしまう。今日は移動と戦闘で大分体力や精神力を消耗した。今日はゆっくり休んで、明日対策を練ってからの方が良いと思います。
「ヒラノのあんたの魔法で畑の位置とか分かるだろ?近い所から攻めてくよ」
どこでもナビを起動させ、収縮を合わせる……まじかっ!
「この青い点滅はなんだ?」
ルイネさんの指さした先では青い丸が点滅していた。
きっと、それは魔物を現している物だと思います。戦闘を重ねた事で、機能がパワーアップしたのかと……タイミングが悪過ぎだっての!
しかも中には二十個近いポイントが点滅している所まであるんだぞ。いくらゴブリンが弱いと言え、多勢に無勢だ。
「流石です、平野さん。これがあれば、魔物の位置が直ぐに分かるんですね。凄いです!」
薬師君の言葉を聞いて沸き立つ村人の皆様……非表示機能付いてないのかな。
「流石だな。これも加護のお陰か……よしっ!ヒラノが魔法で奇襲。逃げて来たところをあたいとイスルギで倒す。それで良いな?」
いや、良くないって。俺の方に向かって来たらどうすんだよ!俺はしがないサラリーマンだ。近接戦なんて無理だぞ。
◇
ゲームに出てくる勇者の辛さが分かった気がする。生死の掛かった人間が掛けてくるプレッシャーってえげつない。失敗したら糾弾されそうです。
「まずは村から近い畑から攻めていくぞ」
一番近い畑で点滅しているポイントは八個。ルイネさんの話によるとゴブリンは臆病な生き物だから、自分より強い相手から攻撃を受けると直ぐに逃げ出すらしい……おじさん一週間位前にゴブリンとタイマンしたんですが。
「あの、いざって時は助けてくれるんですよね?」
おじさん、運動不足だから逃げきれる自信ないんですが。
「ヒラノなら問題ない。よっし、ここから二手に分かれるぞ。イスルギ、着いて来い」
ルイネさんはそう言うと重吾と共に俺から離れて行った。
顔か?やっぱり、顏のなのか。ちくしょう、一人でも頑張ってやる。
(火炎属性や風属性だと畑に被害が出るか……それなら、あの魔法だな)
幸い、身を隠せる大きな岩があった。かがみながら、岩陰に駆け寄る。気分はスナイパーだ……そして俺は今一人だ。
右手をピストルの形にして構える。銃口が狙うのは、哀れな標的。
「俺に狙われた不運を呪うんだな……汝は万物を支えし者。その名は大地!大地よ、我が命に従いて、岩石を生み出せ。岩石よ、弾へと変じ、我が敵を穿て……ストーンブリット」
人差し指から発射された銃弾が一匹のゴブリンの頭を貫いた。
突然の襲撃にゴブリン達は巣を荒らされた蟻の様に慌てふためく。しかし無慈悲な銃弾は、またもやゴブリンを物言わぬ骸へと変えた。運良く生き残ったゴブリンは慌てて畑から逃げ出して行った。もう、俺の前に立つんじゃないぞ。
「またくだらねえ物を撃っちまったな。さあ、バーボンでも飲みに行くか」
後は仲間に託し、スナイパーは現場を去るのみ……。
「いやー、兄ちゃん恰好良いだな。お陰で、オラの畑が助かっただ」
嘘、人に見られていた!?そこにいたのは鍬を担いだ農夫。
「いや、ついつい悪乗りしちゃいまして……そうだ!仲間を助けに行かなきゃ」
わざとらしく、手を叩いて重吾達の元へと向かう。
「頼むどー。今度、オラにもストーンブリットって魔法を教えてくんろー」
教えますので、右手をピストルの形にするのは止めて下さい。
脱兎の勢いで重吾達の元へ移動。背後からストーンブリットって叫び声が聞こえているけど、あれは幻聴だ……お願いですから村では控えて下さい。
凄え……これが本物の冒険者なんだ。ルイネさんは馬鹿でかい斧を軽々と振り回し、次々にゴブリンを倒していった。絶対に重吾必要なかっただろ。
「ヒラノ来たか。それじゃ、次の畑に行くぞ」
そしてルイネさんは、あっと言う間にゴブリンを殲滅。重吾だけじゃなく俺も必要なかったと思う。
「ルイネさん、強いんですね。マジで尊敬します」
どう見ても三下の言い方だが、こうも実力に差があると、どうしてもへりくだってしまう。
「そうかい?でも、うちのギルドにはアタイより強いやつが沢山いるぜ。副ギルド長やイーロヒの爺さんには絶対に敵わないし、ギルド長なんて化け物レベルだぞ……それにアタイは力しか取り柄がない馬鹿だしさ」
師匠はともかく源治って、そんなに強いのか?
「馬鹿ですか……失礼ですが、ルイネさんの最終学歴はどこですか?」
重吾君の眼鏡がキラリと光った。確実に先生モードに入ったと思う。
「最終学歴?……アタイみたいな貧農生まれの獣人は学校なんていけないよ」
ルイネさんは屈託なく笑って見せるけど、かなりヘビーな人生を送って来たんだと思う。普通なら失礼な事を聞いたと謝るんだろうが、重吾は違った。
「それならご自分の事を馬鹿と言うのはお止めなさい。学校に行かなくても学べますよ。戦闘やこの世界の事を教えてくれたお礼に私が勉強をお教えします」
重吾の目は真剣その物だ。こいつの適正ジョブは剣士じゃなく教師だと思う。
「……良いのかい?アタイ、計算もまともに出来ないんだよ」
そうは言いつつもルイネさんは、嬉しそうだ。
「分からない事、知らない事を教えるのが教師ですよ」
先生、俺空気になっていませんか?この場合、どうしたら良いんでしょうか?
◇
ゴブリンをほぼ殲滅した後、俺達は村に戻ってきた。これでやっと休める。
「それじゃ、夜の九時まで仮眠をとれ。今のイスルギとヒラノならジャイアントボアを倒せる筈だ。今回はクスシとヒナタにも参加してもらうからな」
通勤鞄から腕時計を取りだしてみたら、六時だった。三時間しか寝られないじゃん。
ちなみに陽向さんの作った炊き出しは好評だったらしく、完売でした。今日は飯抜きです。
腹が減ったと愚痴りたいけど、満足そうに寝ている子供達を見たからお口チャックなのです。
それでも疲れていたのか、ぐっすりと寝てしまった。外に出ると、満天の星。でも、外灯なんてないから、足元がおぼつかない。
「足元も見えないな。これじゃ中止だろ」
そうであって下さい。俺は夜目なんてきかないし。転んで怪我をしたら元も子もない。
「ヒラノ、例の魔法を使ってくれ」
中止どころかルイネさんはやる気満々でした。
(まだワンチャンある。ジャイアントボアがお休みする可能性もあるんだ)
しかし、現実は厳しい物で、どでかいポイントが畑をウロチョロしていた。
「かなり大きいみたいですね。ルイネさん、大丈夫でしょうか?」
ナイス、重吾。どう見ても素人が手を出して良いサイズじゃない。
「想定よりでかいな……でも、大丈夫だ。何よりこれ以上畑が荒らされたらやばい」
ルイネさんは農家の生まれだと言っていた。畑を見て現状を把握したんだろう。
「でも、どうやって近付くんですか?ジャイアントボアは人が近付けば逃げるんですよね」
逃げて!ジャイアントボアちゃん、超逃げて。出来るだけ遠くに逃げて下さい。
「これを被れば大丈夫だ」
ルイネさんの手元にあるのは、ワイルドドッグの毛皮。なめしが終わってないから、かなり臭う代物だ。
拒否できる訳もなく、ジャイアントボア退治に出発。どこでもナビを拡大すると、かなり細かい所まで表示され転ぶ事もなくジャイアントボアの近くに到着。
……いや、あんなの倒せる訳ないじゃん。
そこにいたのは小型のブルドーザーサイズの猪だった。
昼にも更新します