実戦デビュー
転移してから一週間が過ぎた。そして今日はいよいよ実戦デビューなのだ。
マジか。まじで、この恰好で戦わなきゃいけないのか。ここはファンタジーな異世界なんだぞ。
防具はスーツと通勤鞄。武器は黒歴史ノート……唯一翼の杖だけがファンタジーっぽいが、どう頑張ってもスーツには合わない。
とりあえず、黒歴史ノートは鞄にしまい、部屋を後にする。
「重吾、その鎧はなんだ?おい、源治ずるくないか?俺も鎧を着たい!どう考えても、鎧の方が安全だろ」
待ち合わせ場所に行くと鉄製の軽鎧を着た重吾いたのだ。ちきしょう、イケメンは鎧も似合うのかよ。
俺なんて自前のスーツなんだぞ。防御力なんて無いに等しい。
「ばーか、体力のないお前が鎧なんて着たら、三十分でへたっちまうよ。それにお前のスーツは、下手な鎧より防御力があるんだぞ」
鎧より防御力が高い?アオ○マで買った安物のスーツが?しかも二着目の方だぞ。
「私は、この恥ずかしい恰好は嫌なんですよ。でも、生徒の盾になるのは必要なんです」
薬師君はヒーラーだし。陽向さんは料理人だ。どっちも近接戦には不向きである。ついでに俺も近接戦には自信がない。
「源治、前衛は重吾だけで良いのか?この杖で魔物を叩いたら、翼がもげそうだぞ」
でも、杖術の経験がない俺だと嫌がらせしかならないと思う。
「護衛としてルイネをつける。それと光の字、翼の杖は貴重な物だから、間違っても武器として使うんじゃねえぞ」。
ルイネ、御者をしていた獅子人の娘か。
貴重な杖だと?いくら位するんだ?盗まれたら弁償しなきゃいけないよな……貴族や盗賊に目を付けられたらどうしよう。
(返したい。今直ぐに返却したい。でも、源治にはこれから世話になる。角が立たない様にするにはどうすれば良いんだ?)
俺の戦闘スタイルにおいて重要なのは、魔導書。つまり片手が塞がるのだ。
「良く考えたら、俺魔導書を持って攻撃しなきゃ駄目なんだわ。そして魔法によってはポーズが重要な物のある。そんなに高価な杖を地面に置くのは危険だよな。残念だけど、翼の杖は保管庫に戻してくるよ」
うまい。これなら角が立たない。伊達に営業先と開発の板挟みになってないんだぞ。高スペックでも売れない物は売れないんだよ。
「それなら大丈夫だ。その杖は浮くから」
源治、なに言ってんだ。ギルドの仕事がハード過ぎて白昼夢を見てるんじゃないか?
「浮くってピアノ線でも付いてんのか?あれだぞ。手品は見る方向によって、仕掛けがバレバレだから宴会芸に不向きなんだぞ」
上手くいっても取引先のお偉いさんにネタばらし強要されるし、リクエストで長時間やってもだれてしまうからお勧め出来ない。
「なに言ってんだ?その杖は魔力を流せば空中に浮くんだよ。だから安心しな」
いやいや、宙に浮く杖って、厨二度がアップするだけじゃん。安心出来ないって。
次はどんな言い訳をしようかと考えていたら、軽鎧を着た女性が近付いて来た。
「ギルド長、今日はどの辺で戦えば良いんだい?」
源治に声を掛けて来たのは獅子人のルイネさん。赤い軽鎧を身に纏い、片手には巨大な戦斧を持っている。
ルイネさんに続いて薬師君と陽向さんもやって来た。薬師くんは薄茶色のチェニックに、樫の木の杖。これぞヒーラーって感じだ。
陽向さんは頭に三角巾、体には厚手にエプロンを身に纏っていた。料理人だから正解なのかも知れないが、このパーティーにいると違和感が凄いです。
「コーリン村の方に行ってくれ。近くでジャイアントボアの目撃情報があったそうだ。道中、ゴブリンやワイルドドッグと戦っていけば、良い経験になるだろ」
ジャイアントボア、名前からするとでかい猪の魔物か。確かにあの森なら、どんなでかい魔物が出てもおかしくない。
そしてワイルドドッグ、これはまんま野犬だと思う。動きがすばやそうだけど、俺の魔法当たるかな?
◇
コーリン村に続く林道まで馬車を使って移動する事になった。確認の為、どこでもナビを立ち上げてみる。
「ルイネさん、ジャルダンって所を通った方が近いと思うんですが」
俺が以前通った道は、かなり遠回りだった。ケイン君、わざとじゃないって信じてるよ。
「あの辺りは王家の管理地なんだ。許可がない者が入ったら、逮捕されるんだよ」
入っただけで、逮捕か……それは、気を付けなくては。
そのままコーリン村へと続く林道まで移動。業者に馬車を預けた後、林道へと進んだ。
どうやら前回の俺は運が良かったらしい。だって今回は数分で、魔物とエンカウントしたんだから。
良く考えれば、ただの犬が魔物扱いされる訳がない。でも、いくらなんでも、これは反則だろ。
「あれがワイルドドッグだ。あいつを倒せないと話にならねえ。危なくなったら、助けてやるから頑張りな」
ワイルドドッグの数は全部で二匹。低音ボイスで唸りながら、俺達を威嚇しています。
あのルイネさん、少しスパルタ過ぎませんか?ドッグと言ってますが、仔馬並みの大きさがあるんですが。顔付きも険しく野犬と言うより狼だ。
「囲まれたら不利ですね……光牙さん、魔法をお願いします」
重吾、ワイルドドッグさんはご機嫌斜めなんだぞ。それなのに俺に喧嘩を売れと言うのか。
(ゲームでも野犬はザコキャラ扱いだったよな。つまり、こいつに勝てないと日本に帰れないどころか、この世界で生き残れないと)
なんの魔法を唱えれば良いんだ?犬だから動きが素早い筈。そしてワイルドドッグは全身が分厚い毛でおおわれている。
丹田に気を送り、精神を集中する。翼の杖に魔力を流すと、淡い光を放ちながら宙に浮き始めた。
左手に黒歴史ノートを持ち、攻撃魔法の章風の項を開く。右手で手刀を作り、大気を切り裂きながら詠唱を開始する。
「遠くより、来たりし旅人。奔放で何者にも捕らわれない無垢なる精霊。それは風の精霊。我が魔力を糧とし、鋭利な刃に変じ敵を切り刻めっ!ウィンドゥッブレイドォー」
手刀より放たれた風がワイルドドッグを両断した。
「薬師君、陽向さん下がっていなさい」
重吾はそう言うと、もう一匹のワイルドドッグに向かって攻撃をかけた。そして毛並みに逆らわぬ様、逆袈裟に斬りつける。
ワイルドドッグは悲痛な叫び声をあげながら、大地に倒れ込んだ。
「無事に倒せたな。ワイルドドッグは腹の中に魔石がある。切り裂いて取り出せ。それと毛皮は高値で売れるから、丁寧に扱え」
ルイネさん、またもや無茶振りです。その視線の先にあるのは、血塗れで横たわるワイルドドッグ。
……正直、触りたくないです。魔石って魔物倒せば、勝手にドロップするんじゃないんですね。
俺は剣を持っていない。ここは重吾にお任せしよう。しかし、その重吾もしり込みしていた……くじ引きとかじゃんけんになったら、どうしよう。
男性陣がしり込みしていると、陽向さんが前に出た。
「あのー……多分、私出来ますよー」
陽向さんはそう言うと、ワイルドドッグに包丁をあてがう。そして手際良く解体していく。
「流石は二ホン人だな。もう、料理人のスキルが使えるのか……それに比べて、男連中は情けないね」
溜め息をつきながら呟くルイネさん。反論出来ません。おじさんは“ちょっと小休止”で水を召喚して、陽向さんの手を洗い流すしか出来ませぬ。
◇
その後もワイルドドッグやゴブリンと戦闘しながら、林道を進んで行った。
……正直きついです。戦いには少し慣れた。でも、そうなると厨二な詠唱がたまらなく恥ずかしく感じてしまう。
いい年したおっさんが大声で“炎よ”とか叫ばなきゃ駄目なんだぜ。しかも、少しでも照れが入ると威力が落ちるし。戦闘を重ねる事に魔力が減っていくので、ダブルパンチなのだ。
「平野さん、格好いいです。良いな、僕も攻撃魔法を使いたいな。僕のヒールはまだまだですし……堂々と戦っている石動先生や平野さんに憧れます」
薬師君が毎回キラキラした目で話し掛けてくれる。馬鹿にされるよりは良いけど、恥ずかしいです。
「薬師君のヒールがあるお陰で、ここまでこれたんだよ」
薬師君のヒールは傷を完治させられないが、出血を止められるし微妙に体力を回復してくれる。
「そうですよ。人にはそれぞれ適役があります。光牙さんも仕事だと割り切って下さい」
重吾、お前はビジネスライク過ぎるんだよ。ダチなら少しはいじれ。
(そうは言っても無理か。こっちの世界に来た原因は重吾の生徒なんだし)
大事なのは生き残る事だ。絶対に日本へ帰ってやる。
「後二時間くらい歩けばコーリン村に着きますが、このまま進みますか?」
戦闘をしながらの移動なので、前回の倍近く時間が掛かっている。途中でへばって遭難なんて笑えない。
「コーリン村まで行ってジャイアントボアの目撃情報や証拠を集めておきたい。サイズによっては、褒賞金が出るしな」
ルイネさんの話によると、畑を荒ら進み魔物や人を襲う魔物を倒せば国から褒賞金が出るそうだ。
「コーリン村には、金色の風のケインさんが常駐していますが問題になりませんか?」
どう見ても横取りだ。恩を仇で返す形になってしまう。
「問題ない。今回の情報も金色の風から届いたんだよ。ジャイアントボアはずる賢い魔物で、人がいると近付いて来ないんだ。ねぐらに襲撃をかけるのが、定法だがケインは村を守らなきゃいけないからねぐらに攻め込めないのさ」
金色の風に人手があれば応援を頼めるが、皆依頼を受けているそうだ。そういう時は他のギルドが手助けをするのが決まりらしい。
◇
嘘だろ?この間まで平和その物だったコーリン村が、経った一週間で荒れ果てていた。元気に走り回っていた子供達も、哀し気な顔で座り込んでいる。
「ジャイアントボアは、巨体だ。それ分、一回に食う量も多い。作物以外だけじゃなく、村の近くで採れる果実も可能性があるね」
ジャイアントボアの退治が遅れて廃村になった村もあるらしい……これ、試験だよね。展開が重すぎないか?
明日も七時に更新します