杖に選ばれる?
あの後、色々検証した結果、ちょっと小休止は水しか選択出来なかった。
イーロヒさん改めイーロヒ師匠いわく“経験を積めば様々な飲み物を召喚出来る筈じゃ”との事。
エコバックの中に入っていたのはペットボトルのお茶・発泡酒・缶チューハイ・焼酎・缶詰各種・納豆・醤油・大根・蜂蜜・うめえ棒各種・竹の子の山・三食パックの焼きそば・インスタントラーメン数種類……数が少ないので、直ぐに食べ尽してしまいそうだ。いざって時の為に取って置こう。
(確か納豆って、店で売ってる物からも作れるんだよな……異世界で納豆屋始めました……絶対にこけるな)
「この威力なら討伐依頼も、問題なくこなせるじゃろう。若者を守る為にも、試練の洞窟に挑む前に戦闘経験を積むのじゃ」
師匠、それが既に試練なのですが。師匠の話では依頼は基本パーティーで受けるらしい。つまり呪文を唱える所を誰かに見られるのだ……勘弁して下さい。
「依頼は討伐以外だと採集や護衛ですか?」
美人の護衛だと頑張れると思う。もしくは年頃の娘のいる豪商とか。
自分の仕事に置き換えてみる。取引先に美人の事務員や綺麗な娘さんがいた……絶対に口説かないよな。悪評がたったら、他の取引先にも影響するし。護衛の依頼を受けても過度の接触は避けよう。
「護衛や採集はある程度ランクを上げないと受けられん。地道に実績を重ねるのじゃ」
……ナビ使って安全に採集クエストをこなそうと思っていたのに。そんなに甘くなかったか。
「護衛は分かりますけど、採集にもランク制限があるんですか?」
ゲームだと採集の方が低レベルの冒険者が受けていた。ナビを使って採集クエストこなそうと思ったのに。
「当たり前だろ。光の字、お前コンビニ弁当を倍値で買おうと思うか?」
師匠が返事する前に源治が突っ込みをいれてきた。でも、重吾の姿が見えない。もう特訓が終わったのだろうか?
「あー、自分達が行ける場所に生えてる物ならわざわざ依頼をしないか。それじゃ、新人は稼げないじゃん」
ギルドに依頼を出したら、それ分値段を上げなきゃいけない。何より商品として流通させるには、安定した品質と供給量が必須だ。
「薬屋なんて目を肥えさせる為、新人のうちは採集ばかりなんだぜ。魔物が出る所には、定期契約している冒険者が付いてていくんだよ。魔物や魔族を倒せば魔石が手に入る。それが新人の主な収入源だ」
お約束と言うか、強い魔物程高い魔石が採れるらしい。こっちの世界で稼げる技術なんてないから、やはり魔物を倒すしかないのか。
……ちょっと、待て。俺の目標はなんだ?
絶対に、こっちの世界で生きる事じゃない筈。出来れば、日本へ帰りたい。
決して人が羨む人生ではないが、俺なりに必死で頑張って築いた人生なのだ。
(でも、転移させた本人が戻せないって言ってたしな……待てよ)
通勤鞄からボールペンを取り出し、思い付いた魔法を黒歴史ノートに書き込んでいく。
それは日本へ戻る為の魔法……しかし、書き終わると同時に文字がどんどん薄くなっていった。
「魔力量が足りないんじゃよ。その魔法を使う為には強くなるしかないぞ」
やはり、そんなうまくはいかないか。今回の転移魔法は国が総力を挙げて、やっと成功したそうだ。初級魔法しか唱えられないおじさんが使える訳がない。
「ですよねー……源治、重吾はどうしたんだ?」
重吾がいないうちに確認したい事がある。師匠もいるから、何か分かるかもしれない。
「あいつなら生徒の適性検査に付いてるぜ。どうかしたのか?」
全く異世界に来ても、先生なんだから。でも、そうなるとますます不思議だ。
「いや、この国の王様が滅茶苦茶言ってたのに、あいつノーリアクションだったんだよ」
俺は、謁見の間での王様達の言動を源治に伝えた。一瞬にして源治の顔色が変わる。
(おいおい、何つ―迫力だ。ちびるぞ)
流石はギルド長だ。源治の迫力に圧倒されて、俺は微動だに出来ずにいた。
「イーヒロの爺さん、何か分かるか?」
もしかして、とんでもない事をちくってしまったのだろうか?秘密をばらしたって、王国から目をつけられないよな。
「転移や召喚の際には、言語通訳魔法を付与するのが習わしじゃ。恐らく言語通訳魔法を改竄して、王国に不利な事は訳されない様にしてあるのじゃろ。だがコウガは、魔導書の通訳魔法が優先されたのじゃ」
俺はある意味、自分の黒歴史ノートに救われたのか。昔の俺、グッジョブ。
「重吾には内緒だな。こんな事知ったら、あいつ城に特攻しかねないぞ」
残留組が、今直ぐ酷い目に合う事はないと思う。今、出来る事は力をつける事でけだ。
「分かったよ。しかし、罰をくだされた王族を見た癖に何やってんだろうね……とりあえず、俺は連絡を入れて来る。光の字、魔法を何発打てるか試してみろ。座学は副ギルド長のカイルに頼んでおく。場所は会議室だ」
源治はそう言うとギルドの中へと姿を消した。そして俺を見てニヤリと笑うイーロヒ師匠……ちなみに魔力が枯渇すると、頭がボーッとして、動きも鈍くなる事が分かりました。
◇
師匠から魔力を分けてもらい、ギルドの中に移動。そのまま重吾達と合流し、師匠の案内で会議室に到着。
ちなみに薬師君の適職はヒーラーで、陽向さんの適職は料理人との事。料理人で大丈夫なのかと思ったが、大規模な遠征もあるので意外と重宝されるそうだ。
日本人特典により、全員各職の初期スキルが使えたそうだ。
ヒーラーならヒールだけど、料理人のスキルってなんだろう?焼くとか揚げるとかなのか?
「大規模な依頼やギルドの人事を決める時に使う部屋じゃ……カイル、連れて来たぞ」
そこにいたのは、ローブをまとった金髪碧眼の青年。色白で背も高く、モデル並みに容姿が整っている。
「カイル・ローシ、種族はエルフです。皆様の事はゲンジ様から伺っております。まずは椅子に座って下さい」
俺達が椅子に座ったのを見計らって、師匠が会議室から出て行った。
「カイル、頼んだぞ。コウガ、知識は魔術の基礎じゃ。しっかり学ぶんじゃぞ」
国が変われば、常識も変わる。日本では何でもない事が、外国に行けば相手を侮辱する事になる。
「それでは始めますね。まずこの国に名はプレロー王国、名前の通り王政が敷かれています。一日は二十四時間、大まかな時間は各所に設置された時計台で知る事が出来ますよ。そして三十日で一ヶ月、十二ヶ月で一年となっています。この辺は、皆さんの世界と一緒ですね」
随分と教え慣れていると思ったら、源治にこの世界の事を教えたのがカイルさんだそうだ。ちなみにちゃんと四季もあるとの事。
「先ほどエルフとおっしゃいましたが、他にはどんな方々がいるのですか?また人種で礼儀が違うのでしょうか?」
重吾が異種族に興味を持った?しかし、ファンタジー好きとしては、ナイスな質問だ。重吾君に花丸をあげよう。
「まず皆様は猿人という種族になります。猿人は数が多く、国の要職にも付いているので、一定の勢力があります。その他にドワーフや獣人がいますが、王都で暮らしている方々は文化や礼儀に大差はありません。しかし、他国や地方に住んでいる人は独自の文化を築いている場合があるので、事前の学習が必要ですね。それと気を付けるのは魔族です。殆んどの種族と敵対しており、遭遇したら戦いを覚悟した方が良いでしょう」
やばい、テンションが上がる。獣耳っ娘や合法ロリなドワーフとお近づきになりたいです。
その前に確認しなきゃいけない事がある。
「あの聞きたいんですけど、魔族や魔物はなんで人を襲うんですか?」
世界征服でもするつもりなんだろうか?それとも、何か根深い理由でもあるんだろうか?
「魔族は人の負の感情を糧にして生きています。恐怖、悲しみ、欲情、怠惰。そして今の魔王は恐怖で、世界を支配しようとしているそうです。彼等にとって私達は乳牛と代わりありません。魔物は魔族によって作り変えられた動物だと言われています」
日本なんて、魔族にとって天国だろうな……もしかしてサキュバスもいるのだろうか?陽向さんの前で聞いたらセクハラになるから、後からこっそりと確認しておこう。
「あの僕達お金とか持ってないんですけど、生活費や装備を買うお金はどうしたら良いんでしょうか?」
薬師君、真面目だね。おじさんは旧友にたかるつもりです。出来れば、もらった銀貨には手をつけないでおきたい。
「当座の生活費は、ギルドが持ちます。ですが、試練の洞窟以降は、ご自分で稼いでもらいますよ。それと、日本の物を売るのは控えて下さいね。混乱を招きますし、皆様が襲われる懸念があります」
早い話が生き残りたきゃ強くなれと。でも、強くなる為には、黒歴史ノートを披露しなきゃいけない訳で……決めた!地道に魔力を強化して、日本に帰ろう。
「すみません。城にも生徒がいるのですが、この世界で生きるのに気を付ける事はございますか?」
どうも重吾は城に残った生徒が心配らしい。あいつ等は元屋先生を選んだんだから、任せちまえば良いのに。
「至極簡単ですよ。自分で手に負えない敵や問題と関わらない事です。例えそれがどれだけ、理不尽で許し難い事であってもです。この国には王政。つまり王や貴族が権力を握っています。そして奴隷も存在します。もし、貴方が生徒さんを守りたいなら、強くなってランクを上げて下さい。何も出来ない人間が理想論を説いても、ここでは笑われるだけですので」
奴隷いるのか……冷たいかと思われるかも知れないが、関わるのは避けよう。幼い子供が奴隷として売られていたら、手を差し伸べたくなると思う。
でも俺は日本に帰る人間だ。その後の責任なんて持てない。何より他人様の人生を背負う度量なんて持ち合わせていない。
◇
座学後、案内されたのは保管庫。なんでも個人の特別な装備や、冒険で手に入れた物をここで保管しているそうだ。
「ここにあるのは個人の特別装備もありますが、売値の安い物や持ち手を選ぶ物が殆んどなんですよ」
安くても売れば良いのではと思ったが、鍛錬で使うので保管しているそうだ。
(凄いな。ここで酒が飲めそうだ)
銅の剣や木の杖も置いてあるが、中でも俺の目を奪ったのは武具。炎の様な飾りがついた剣や、禍々しい飾りのついた斧。見るだけで、失われた厨二ハートが蘇ってくる。
「光牙さん、嬉しそうですね。前に塩化ビニールの筒をバズーカに見立ててはしゃいでいましたもんね」
確かに心の中でバズーカを撃っていました。てか重吾、見ていたの?
でも俺は特別な武器は選ばない。選ぶのは身の丈にあった武器だ。
「ここで言わなくても良いだろ。とりあえず、俺はこの木の杖を借ります」
木の杖に手を伸ばそうとした瞬間、布に包まれた杖が俺の手に倒れ込んできた。
「どうやら、コウガさんは選ばれた様ですね……なるほど、翼の杖ですか」
カイルさんはそう言うと、意味ありげに笑った。
「選んだって杖がですか?そんな事ないでしょ……これを使うんですか?」
布解くと出て来たのは銀色の杖。先端には銀で作られた翼がついていた。どう見ても分不相応だし、目立ち過ぎます。
「俺が見立ててやろうとしたら、杖がお前を選んだ様だな。どうやら、光の字も年貢の納め時だな。他の奴が使う武器は俺が選ぶ。明日は実戦だ。飯を食ったら寝ろ」
源治君、俺の意見は聞いてれくないの?
明日も七時に更新します