星空さんのジョブ
帰らずの森に入って、まだ一時間しか経っていない。それにもかかわらず、既に疲労困憊です。
この世界にストップウォッチなんてないし、多分お貴族様は俺達が森に入った時間を計っていなかった。
次の鐘の音が鳴る頃とか、かなりアバウトな計り方だと思う。少なく見ても十分以上のタイムラグがある筈。
(冒険者は名声が大事だって言ってたよな。貴族の度肝を抜くには最低でも二時間は滞在したいな)
体力や魔力を回復させる為に小休止したいところだけど、お目当てのキラーベアは既に移動し始めていた。多分、大量のアンデッドいなくなった事を警戒したんだと思う。
「お目当てのキラーベアが動き出した。追い掛けるぞ」
大分、アンデッドを減らしたから無駄な戦闘は回避出来る筈。
「光牙さん、無理はいけませんよ。キラーベアを倒すのは後日でも出来ます。深追いして戻れなくなる危険性があります」
日本にいる熊も猟師の追跡をかわす為に、様々な手段を使うって聞いた事がある。それに夜になればアンデッドの力が増してしまう。
「まずはー、ご飯を食べましょうー。腹が減っては、戦は出来ませんよー」
そう言うと、陽向さんはリュックからバスケットを取り出した。
「サンドイッチ?」
パンは少し茶色っぽく、コンビニで売っていた全粒粉のやつと似ている。
そして美味しそうオーラが半端じゃない。アニメなら口から光が溢れ出ると思う。
「ジャイアントボアのカツサンドですー。キャベツとトマトも入ってますよー」
イノカツですか。語彙力のないおじさんはワイルドな味ってしか言えないと思う……前の彼女に“とりあえず美味しいって言えば大丈夫だって思ってるでしょ”って突っ込まれたんだよな。
「トマトがあるんですか?トマトの原産地は南米大陸のアンデス山脈ですよ。この時代にあるのは、おかしくないですか?」
石動先生、ここは異世界ですぜ。トマトがあっても不思議じゃないと思います。中世ヨーロッパ風なだけど、ここはユーラシア大陸じゃないんだし。
「ギルド長が遠い国から、持ってきたそうですよー」
源治は日本人だから、トマトの事を知っている。しかも、あいつの奥さんは神使だ。この世界のどこにトマトがあるのか知っていてもおかしくない。
(トマトがあるなら、じゃが芋もある筈。そして源治は日本人だから米も手に入れているかも)
これは源治に確認しなくては!おじさんの胃は白米を求めているのです。
「それじゃ遠慮なく……陽向さん、このカツサンド凄く美味しいよ」
相変わらず、残念過ぎる食レポだ。カツは適度な歯ごたえがあり、今肉を食っているという満足感がある。
その肉がまた美味い。肉の味が濃く、噛む度に旨味が溢れ出る。
衣に使っているのは、荒めのパン粉らしく、時間が経っていても適度な歯ごたえがあった。
一つでも十分満足するんだけども、塗られているソースの後味が良くまた食べたくなる。
……これは温かいバージョンも食べてみたい。今後の事も考えて電子レンジ魔法を作るのもありだ。
「そう言って頂けると―、作り甲斐がありますー」
そう言うと、陽向さんは嬉しそうに笑った。たれ目気味の目が、さらに下がりほんわかとした空気になる。
「疲れもとれたから、キラーベアを追うか……重吾、デカい魔物が近付いて来るぞ」
キラーベアの位置を確認する為、どこでもナビを起動させたら大きなマークが高速で近付いてきていた。
「皆さん、私の後ろに移動して下さい……光牙さん、倒せますか?」
重吾の額に冷や汗が浮かぶ。現れたのは4m近い大きさのキラーベア。でも、御目当ての奴じゃない。きっと、あいつの部下だと思う。
ワルツを踊りながら、呪文の詠唱を開始する。それと同時に手の甲に紋章が輝きだす……これはテンションが上がる。
「わざわざ可燃物のない所に来るなんて、飛んで火にいる夏の虫ならぬ火にいる熊だな。生きたまま、火葬にしてやるぜ……炎の精霊よ。我が命に従い、ここに集え。汝は揺らめき、常に姿変えし者。我は命ず。猛き狼に姿を変え、残酷なる舞を踊れ!ファイヤーウルフズワルツ」
詠唱が終えると、巨大な炎が出現した。そして炎の中から、ファイヤーウルフが飛び出す。
ファイヤーウルフ達は、キラーベアを取り囲んだかと思うと一斉に襲いかかる。
キラーベアは断末魔をあげる暇もなく、燃え尽きていった。
……俺の顔が赤いのは炎の熱の所為だ。絶対にそうだ。
「だ、だっさー!いい年して、厨二病なの?残酷なる舞を踊れって、おじさんが踊ってんじゃん。しかも一人でワルツってやばくね?」
星空さんさんが腹を抱えて笑っている。普通なら怒るところかも知れない。でも、俺は嬉しい。ようやく突っ込みスキルを持っている人が現れただもん。
薬師君との絡みもあるから、是非彼女はパーティーに加入して欲しい。
「星空さん、一生懸命やっている人を笑ってはいけません。光牙さんは自分で考えた魔法が恰好悪い事も、良い年して恥ずかしい事も分かってやっているんです。笑うのを我慢するのが、マナーですよ」
重吾、お前の言葉の方が胸に刺さるんですけど。
「平野さんー、キラーベアのお肉燃えちゃったじゃないですかー!これはれじゃ、食べられませんよー」
陽向さん、激おこです。いや、おじさん頑張ったんですけど。
きっと、薬師君は俺の味方だ……そう思っていた時もありました。
星空さんを意識しているらしく、いつものように俺を誉めてくれません。
せっかく、勝ったのに切なすぎる。
「あー、おっさん、ごめん……それと天然に囲まれて大変だったね」
星空さん、がバツの悪そうな顔で謝ってきた。いいえ、おじさんの現状を分かってくれただけで、充分です。
「良いですよ。とりあえず、虚ろ石を探すぞ……これだな」
鑑定を発動させながら、キラーベアの死体を探っていくと、真っ黒な珠があった。黒真珠の様に貴賓のある黒で、宝石としても値段がつきそうだ。
(これで依頼達成か。一回帰って魔力を回復させてからトムさんの敵討ちだ……そういや、魔石の中に虚ろ石と似た奴があったよな)
無限エコバックに手を突っ込んで、お目当ての物を取り出す。でも、それはどこか薄汚れており、どこかおどろおどろしい。とりあえず、鑑定してみる。
穢れた虚ろ石 タイプ:マジックアイテム
何体ものゴーストが憑りついていた虚ろ石。穢れが濃く、本来の力を発揮出来ない。
絶対に買い叩かれるよな……浄化スキルを持っている人を探そう。
「それじゃ一度戻りますか……光牙さん、ナビを確認して下さい」
遠くの方から足音が近付いて来ていた。木々をなぎ倒しながら、猛スピードで近付いて来ている。ナビで確認してみると、件のキラーベアだった。
「俺達を危険だと判断して倒しにきたのか……マジかよ」
現れたのは、優に7mはある巨大な熊。本能で戦ってはいけない相手だと分かる。
「こっちだ。森の中に逃げるぞ」
キラーベアの隙をついて、森の中へと逃げ込む。幸いな事にキラーベアは追って来なかった。
一息つこうとして、顔をあげる……マジですか。
「どうやら、誘い込まれた様ですね。ここで火炎魔法を使ったら、私達が先に焼け死んでしまいます」
重吾の言葉を聞いたキラーベアがニヤリと笑った。どうやら、かなり知性が高い様だ。
「なんとかー、クマさんの動きを止める事は出来ませんかー?」
陽向さんの言葉に応じて、魔法を唱えようとしたらキラーベアが鋭い爪で牽制してきた。
今、確実に俺を殺す事が出来たと思う……どうやら俺達を弱らせてアンデッド化させようとしているんだと思う。
このままじゃ、ジリ貧だ。
「お願い!あたいに虚ろ石をちょうだい。ほら、早く!」
星空さんが、手を突き出してきた。何か策があるんだろうか?
「分かった。あんたに賭ける」
星空さんは、虚ろ石を受け取るとリュックから何かを取り出した。
あれは、どう見てもペンタブだ。
「マジックペンタブ、起動。おいで、フォックスラビのコン太」
星空さんがタブレットのスイッチを押すと、どこでもナビの様に空中にディスプレイが出現した。
なに、あのファンシーなキャラ達は?星空さんのキャラからして、スプレーアートやタトゥーっぽい絵なのかと思ったら、ファンシーで可愛いキャラばかりだ。
「ご主人様をいじめる奴は僕が許さないコーン」
そして現れたのは、狐と兎を混ぜた様な奴……可愛いけど、戦力になるんだろうか?
とりあえず、星空さんを鑑定。
星空希来里 ジョブ:バースイラストレーター
マジックペンタブを使う事で、自分が描いたキャラを誕生させる事が出来る。ただし、虚ろ石が必要。
星空さん、キャラと違い過ぎます。