加護と契約
試練の洞窟の講義を受けた結果、色々な事が分かった。
試練の洞窟はジャルダンにあるそうだ。
ジャルダンに入るには、王家の許可が必要……つまり試練の洞窟に挑戦するには王家の許可がいるって事だ。
騎士や貴族は無条件で挑戦出来るとの事。
それ以外は定額を払うか、定期的に開催されるトーナメントを勝ち抜けば挑戦権が得られるそうだ。
洞窟の一番奥には礼拝所があって、そこで祈りを捧げると神使と契約が出来て、加護がもらえるそうだ。どんな加護がもらえるかは、分からないらしい。
「加護は、SランクからEランクまで分かれています。当然、ランクが高い加護程、強力な力を発揮します」
神使から授かった加護をランク分けしているのかよと思ったら、ランクは神使サイドで決めているそうだ。Eランクと言っても、その戦力は普通の人間では相手にならないとの事。
高ランク加護を得られる人間は少ないそうで、Sランクに至っては歴史上でも数人しかいないそうだ。
「高ランクの加護を頂けたら生徒を守れるんですね」
重吾の行動基準は、どこまでいっても生徒の安全らしい。真面目な重吾なら、偉い神使様にも気に入られる筈。上手くいけばライトファングの噂が掻き消せるかもしれない。
「そうですね。しかし、デメリットもありますよ」
高ランクの加護を授かると、色んな面倒に巻き込まれるそうだ。
魔物退治を押し付けられたり、敵国や魔族に命を狙われたりするとの事。ギルドは神使と契約した人間を守る役割もあるそうだ。
「あの第三王子のレイン様って、どんなお方なんですか?」
偉いのは分かる。問題は何で俺達が護衛に選ばれたかだ。普通は年の近い騎士の息子とかが、護衛に選ばれる筈。
「お優しく、聡明なお方です。ただ少しお身体が弱く……それと異母兄弟のジード様がBランクの加護を授かってから、お味方が減ったのです」
ジード王子はやり手らしく、日本人転移計画も彼が立案したそうだ。カイルさんの表情を見ていると、ジードに対して良い感情を持っていない事が分かる。
◇
講義後、自室のベッドに横たわり、頭の中を整理していく。
神使との契約……話を聞いただけじゃ、いまいちピンと来ない。
契約には清く正しい心が必要らしいが、日本人転移計画を企てたジードが選ばれたとなると尚更納得出来ない。自国を救う為に、汚れ役を買って出たとでも言うのだろうか?
「光牙さん、源治さんからのお誘いです〝景気づけに一緒に飲まもうぜ“との事です」
下手の考え休むに似たり、源治に聞いた方が確実に分かる。
(源治との飲みか……あれを持って行くか)
ギルド長は日本の味が恋しい筈。絶対に喜ぶと思う。
……ここがギルド長の部屋?まじか!俺の部屋と大きさが変わらないぞ。
源治に会ってから聞くに聞けない事があった。それはロキシーさんとは、どうなったかだ。
どう見ても部屋は、男の一人暮らしだ。ロキシーさんどころか、女のおの字もない。
異世界まで来て捨てられたのか?……触れないのが武士の情けだと思う。
「おっ、来たな。ギルドの連中と飲んでも、変に気を使われて酒が美味くねえんだよ」
ギルド長は会社で言えば、社長みたいなもんだ。そりゃ気を使うさ。無礼講って、高確率でトラップなんだぞ。
「それは仕方ないだろ。ほれ、差し入れだ」
無限収納袋から、発泡酒とうめえ棒を取り出して、テーブルの上に置く……源治が準備していたつまみは厚切りのハムにチーズ。それとふかしたじゃが芋。美味そうではないか。
「へー、うめえ棒じゃないか。懐かしいな。餓鬼の頃、良く食ったぜ」
良かった、好感触だ。駄菓子系はどんな世代にも、受けが良い。
「俺は今でも食うぞ。やっぱりチーズ味が一番美味いよな」
安くて種類が豊富。酒のつまみにもぴったりだ……給料日前はお世話になっています。
「おいおい、一番美味いのはたこ焼き味だろ。このハードな食感はうめえ棒で唯一のもんだぞ」
源治はたこ焼き党だったのか。しかし、チーズ派としては負けられない。
「チーズはビールにも焼酎にも合うんだぞ。重吾もチーズ味が一番好きだよな?」
個人の好みを否定するのは危険である。それより味方を増やした方が、得策だ。
「私はコーンポタージュースープ味が一番好きですね。まずは乾杯しましょう。光牙さん、発泡酒、もらいますよ」
重吾はそう言うと、発泡酒を源治の前に置いた。先生、ノリが悪いな。
「コンポタか……懐かしいな。それ、下の弟が好きだったんだよ。うちは貧乏の子沢山で、おやつはいつもうめえ棒一本だけ……みんな、元気にしているかな」
源治が寂しそうに呟く。もし、ロキシーさんに逃げられたのなら、源治も日本へ連れて行こう。
「お前の家族はみんな元気だから、安心しろ。下の弟さんなんて県庁の職員だぞ」
「そっか、それなら安心だ……それじゃ、久し振りの再会に乾杯とするか……どうだ?こっちの世界には、慣れたか?」
どうやら源治は俺達を心配して飲み会を開いてくれたらしい。
「慣れるも何も毎日鍛錬で、そんなことを考える暇なんてなかったよ。米の飯が食えないのは、寂しいけどそれは贅沢って物だしな」
プレロー王国の主食はパンとパスタだ。ご飯好きとしては、寂しいが鍛錬で金が稼げる訳がない。食わせてもらえるだけで、恩の字だ。
「巻き込まれた光牙さんと違って、私は生徒が心配で付いてきた身です。覚悟は決めていましたよ」
重吾はそう言って穏やかに笑うけど、俺からしたら石動先生は、はめられたとしか思えない。ここは異世界なんだから、石動重吾個人の感情を表に出しても良いと思う。
「それよりも神使と契約出来るのかの方が、心配だよ。俺には清く正しい心なんて欠片もないぞ」
清く正しい人間ですって、胸を張って言える大人なんて存在するのだろうか。いるとしたら、平気で嘘をつく政治家位だろう。
「神使は清く正しい心の持ち主を好む方が多いってだけさ。正確に言うとそんな奴の物清浄な魔力を好むんだよ。異世界人の持っている魔力は独特らしくて、八割の人間は契約出来ているから安心しろ」
俺の魔力か。味も素っ気もない没個性魔力だと思う……そして八割か。
「つまり二割の異世界人は、契約出来なかったって事だろ?その二割にならないか心配なんだよ」
しかも今回プレローに来たのは、才能が豊かで容姿が整った人達ばかり。俺以外みんな物語の主人公が務まりそうな人達なのだ。俺は確実に売れ残ると思う。
「選ばれなかったのは、極悪人みたいな奴だけさ……それと光の字は、絶対に大丈夫だから安心しろ」
人畜無害の存在だとでも言いたいのか?反論出来ないけどねっ!
「契約はどんな感じで行われるんですか?」
今の所、奥の間で祈りを捧げるって情報しか聞いていない。
「試練の洞窟にある奥の間に主神ミゲーカ様の像があるんだ。そこで祈りを捧げて、光に包まれればオッケー。そうすると、体のどこかに紋章が刻まれる。後は紋章辞典で、どのランクで何属性か調べればオッケーだ」
光に包まれるか。俺だけノーリアクションだったら、どうしよう。
「紋章?そんな物を付けている人なんて見た事ないぞ」
街中でもギルドでも見た事がない。
「魔法やスキルを使う時だけ浮かび上がるんだよ。何の紋章か調べる時は、刻まれた所に魔力を流せばオッケーだ」
なんでも刻まれた瞬間、そこが熱くなるらしい。お願いですから目立つ所は止めて下さい。
◇
いや、まじか。今までの話を総合すると、レイン王子様の味方は少ない筈。
「ゲンジ殿、レイン様の護衛はどこにおられるっ!」
出発当日、ギルドにやって来たのは大勢の騎士と兵士。中でも頬に刀傷のある騎士は、物凄い気合いが入っていた。
「コーネルマ団長、護衛にはここにいる日本人が付いて行きますのでご安心下さい」
源治の言葉を聞いたコーネルマ団長は、クルリと俺達の方を向く……正直ビビっています。だって迫力が半端ないだもん。
コーネルマ・マーク、プレロー騎士団の団長で加護はCランク。熱血漢の武人との事。
「主らが護衛か……もし、レイン様になにかあったら、覚悟は良いな!?」
コーネルマ団長は俺の肩を掴みながら、詰め寄ってきた。何故、俺を選んだ?
(薬師君と陽向さんは、子供だから見逃したんだろうな。重吾は……女性陣の視線か!)
重吾はギルドの女性陣から大人気だ。イケメンなのに真面目。ギルド長の知り合いなのにおごらない。
そして勉強をする機会がなかったメンバーや、子供達に無償で勉強を教えているそうだ……そりゃ、人気もでるよね。
それと団長、強面なのにしっかり空気を読むんですね。
「マーク、お世話になるのは私なんだから……皆様、初めましてレイン・プレローです。試練の洞窟ではお世話になります」
話掛けて来たのは、金髪の美少年。高貴オーラが半端ないです。
(優しそうだけど、気弱な感じだな。あの腹黒王子が競争相手じゃ、多分敵わないだろうな)
でも騎士や兵士が付いて来ている所を見ると配下から慕われているんだと思う。しかし、そうなると疑問が出てくる、これだけの人数がいれば王子と年が近い子供を持つ親もいる筈だ。
「王子すみません。我が息子クーマネルが怪我をしなければ」
源治を呼び寄せ確認をする。
「レイン王子って味方がいないって聞いんだけど」
それと騎士の皆様、俺はレイン王子の味方ですよ。だから睨まないで下さい。
「味方が減ったのは事実だぜ。それと王子の護衛に選ばれた奴が、謎の怪我をしたのも又事実なのさ」
お約束で犯人は見つかっていないらしい。襲われたのは一緒に試練の洞窟に参加する予定だったレイン王子の側近。
何かを察したレイン王子は単独で試練の洞窟に挑戦すると宣言したそうだ。
……絶対にジードが暗躍しているだろ!
巻き込まれ人生だと思っていたら、とうとう政争にまで巻き込まれてしまった。
明日も七時に更新します