黒歴史お届け
書き出し祭りにも出した黒歴史ノート持って異世界へ 連載です
子供の頃の夢は、正義の味方になる事。本気でヒーローや勇者になれると信じていた。でも、ヒーローになれるのは一握りの人間だけ。今はどこにでもいるサラリーマンなのです。
階段を登る足音が闇夜に響く。築三十五年で俺と同い年のアパートに備え付けられているのは、今時珍しい鉄製の階段。所々に浮かぶ錆が物悲しい。
右肩に掛けているのは通勤カバン。左手には愛用のエコバック。
英雄に憧れた少年も今はしがないサラリーマン。大活躍なんて夢のまた夢で、現実は地味な生活に日々追われている。
昔は料理に凝った時期もあったが、今は手軽にパッパと食べられる物が好きだ……凝った物作っても、食べさせる相手がいないのです。
エコバックから食材を取り出し、冷蔵庫に詰めているとインターフォンがなった。
「平野……光牙さん?お届け物です」
やって来たのは宅配業者。ちなみに俺の名前は平野光牙……光牙なんて、どう考えてもイケメンにしか許されない名前だ。
名刺を渡すと、大抵の人が二度見してくる。目の前の冴えないおっさんがアニメキャラ見たいな名前なんだから、驚くのも無理はないと思う。
最近では、自分から「光る牙と書いてコウガって読みます。未だにヒラの光牙って覚えて下さい」そう説明する様になった。名前が似合うイケメンになりかったです。
荷物の差出人は実家の母親。
「な、なんて危険な物を送ってくるんだ」
出て来たのは、卒業アルバム……それとマジックで黒く塗りつぶされた大学ノート。中央部には赤字で魔導書と書かれている。
そうこれは、俺の厨二ノートだ。あまりにも危険な為、処分も出来ず実家の押し入れ奥深くに封印していた。しかし、俺の部屋を甥っ子が使う事になり封印が解かれたそうだ……親愛なる母上様、賢明なるご配慮感謝致します。
魔導書は攻撃魔法の章、支援魔法の章、回復魔法の章、マジックアイテムの章に分けてある。
攻撃魔法に至っては属性別になっていて、初級から秘伝奥義まで書かれているのだ。しかも全部オリジナル呪文付き。
最初のページに書かれているのは、どんな国の言葉でも話せる様になる魔法。
そしてページをめくる度に、恥ずかしさが増加していく。
火炎属性の初級呪文はファイヤーボール、これはまだ大丈夫だ。
これが中級魔法になると“火炎狼の円舞”なんてのが出てくる。
呪文は『炎の精霊よ。我が命に従い、ここに集え。汝は揺らめき、常に姿変えし者。我は命ず。猛き狼に姿を変え、残酷なる舞を踊れ!ファイヤーウルフズワルツ』……母さん、中身見てないよな。
他には巨大な剣を召喚する巨人の剣撃。
無限収納袋にどんなに強力な魔法でも防げるマジックシールド。直接攻撃を防ぐ無敵包帯……包帯に憧れるのは、厨二のお約束。
中ボスの力を借りるレントアタック。
そう、あの頃の俺はお馬鹿でした。
(懐かしいな……今欲しい魔法を書いてみるか)
通勤鞄からボールペンを取り出し、黒歴史ノートに書き込む。
空間にウィンドウを出現させ、周辺地図を表示する魔法どこでもナビ。うちの会社は歩きスマホに厳しい。でも方向音痴の俺には辛いのです。
手の中に見えないコップを召喚し、好きな時に飲み物が飲める魔法ちょっと小休止……人目が気になる時に便利。
好きな時にカレールーを召喚出来る魔法おかずヘルプ。これはがあれば出先で外れ飯に当たっても大丈夫。
汗染みや汚れが目立たず、暑くても寒くても快適に過ごせるスーツとシャツ(脱ぐと汚れが落ちる)おまけに滅多な事じゃ破けない……クーラーがガンガンに効いたオフィスかと炎天下の行き来はきついのです。
……発想が切ない。厨二病だった少年も、今やサラリーマン。願いも現実的になってしまう。
黒歴史ノートを、ペラペラとめくっていき、最後のページで手が止まった。
そこには筆跡が違う文字があった。書いたのは中学の時にクラスにやってきた留学生。
金髪碧眼の美少女で、名前はルーチェ・エラク。俺の初恋の相手だ。
ルーチェは、エスフェルドって国から来たそうだ……エスフェルドって、どこだよ!
いくら検索してもエスフェルドなんて国はない。当然、書かれた文字の意味は分からず。
(どんな国の言葉でも話せる様になる魔法。ルーチェの国へ迎えに行った時の為に、考えたんだよな)
頑張ってルーチェと仲良くなれたけど、気持を伝えられないまま彼女はエスフェルド?に帰ってしまった。
そこから俺の中二病は悪化、ルーチェとの冒険を夢見て黒歴史を量産しまくったのだ。
でも、ピュアな少年はもういない。黒歴史ノートは押し入れの奥に封印しておこう。
しかし、運命の女神は悪戯好きらしく、立ち上がった瞬間に玄関がノックされた。ふと、スマホを見ると友人の名前が表示されている。
どうやら、黒歴史ノートに夢中になって気付かなかったらしい。
うん、これを見られたら末代までの恥。一時的措置としてノートを通勤カバンにしまっておく。
「重吾、どうしたんだ?」
部屋を訪ねて来たのは、眼鏡を掛けたイケメン石動重吾。
中学と高校の同級生で今は高校で教師をしている。インテリ系イケメンで、性格は生真面目。校則に厳しくて、一部の在学生からは煙たがられているらしいが、卒業生からは感謝される事が多いそうだ。
「ちょっと君と飲みたくなりまして……上がりますよ」
重吾とはアパートが近いから、良く互いの部屋で宅飲みをしている。しかし、俺は明日出勤だ。適当に断っておこう。
俺の思考を察したのか、重吾は手に持って行ったレジ袋から酒瓶を取り出した。良く見るとつまみも沢山入っている。
「それは豊杯の大吟醸……おちょこを出すから座って待ってろ。良いアルバム(つまみ)もあるしな」
豊杯は故郷の地酒だ。全国的に人気で入手は困難。しかも大吟醸なんて滅多に飲める物じゃない。これは飲むしかない。
「中学と高校のアルバムですか……懐かしいですね。あの頃は、気楽でした」
重吾が深い溜め息をつく。教師の仕事は色々大変らしい。
今もクラスにやって来た留学生が、他の生徒とトラブルを起こしているそうだ。
「あの頃は大人になれば、自然に結婚出来るって思っていたんだけどな」
でも、世の中そんなに甘くない。仕事に追われて気付いたら、三十を過ぎていた。
重吾はイケメンだからすぐに結婚すると思っていたんだが、仕事の忙しさに加え出会いがなく未だに独身だ。
毎年新入生が入ってくるから、出会う機会が多い筈。
実際、重吾は女子生徒から人気が高いらしい。
しかし、重吾は石頭と言って良い位の堅物。卒業生なら問題ないだろって言ったら、“元であっても生徒に手を出すのは、教職の倫理に反すます”と一蹴された。
「高校のクラスメイトも殆んど結婚しましたよね。源治君まではいかなくても、積極的に動いてみてはどうですか?」
不破源治は高校の同級生で、重吾と同じく剣道部に所属していた。
部活を通じて知り合った留学生と付き合い、卒業と同時に彼女の故郷に移住したのだ。
彼女の名前はロキシー・クローク。海の様に真っ青な髪の持ち主で、凛とした美女だった。
あいつ……別れたらどうするつもりだったんだろう?とてもじゃないが、俺には真似できない。
「親にばれたら連れ戻されるって、国名も知らせないで行ったんだよな……仕事の調子はどうだ?なにかあったんじゃないか?」
重吾が突然飲みに来る時は仕事で何かあった時が多い。最近は少なくなったが、先生になった頃は月一で来ていた。
「何十人もの生徒を相手にしてるんですよ。何もない方がおかしいですよ……例の留学生がクラスの奴等と仲直りしたと思ったら、今度はやんちゃな生徒と喧嘩をしましてね」
重吾は深い溜め息を漏らすと、コップに入っている酒を一気にあおった……美味しい酒なのにもったいない。
「怪我とかはないのか?」
重吾は教頭や学年主任から監督責任を追及されたそうだ。そりゃ、飲みたくもなるか。
「怪我はないですけど、留学生の家に、その生徒を連れて明日謝りに行ってきます。君の方はどうなんですか?」
先生って大変だよな。自分がした事じゃなくても、頭を下げなきゃいけないんだから。偶然にも留学生は、俺のアパートの近くに住んでいた。
「相変わらず、お得意様のご機嫌伺いの毎日さ」
俺の仕事は産業用ロボットの営業だ。お約束で厨二病を卒業した後はロボットにはまり、高校卒業と同時に入社……大学どころか工業高校すら出ていない素人が開発に携われる訳もなく、営業に回されたのである。
ロボットを作るという夢は叶わなかったが、それなりに充実している。
難点はお付き合いと出張が多い事位だ。
「私と違って休みもきちんと取れるじゃないですか。そろそろ結婚したらどうです?」
言い訳させてもらおう。相手がいないし、出会いもないんです。
お得意様は工場だから男性率が高いし、たまに女性がいても男性職員のブロックが凄いのだ。こっちとしても大切なお得意様のご機嫌は損ねたくない。
「この年になると、最初の一歩が踏み出せないんだよ。若い子を口説いたらセクハラ案件だし、年が近い人はもう結婚しているし」
なんだかんで盛り上がり、買って来た食材を大分食べてしまった。
明日、買い直さねば。
◇
食材の他に日用品も買い足して、帰路に着く。ちなみに今朝ギリギリに起きてしまった為、厨二病ノートはまだ通勤カバンの中だ。
絶対に事件や事故に巻き込まれる訳にいかない。
慎重に歩いていると、ある家が目に飛び込んできた。
そこは重吾が謝りに行っている家。中の様子が気になるが、喧嘩の話し合いをしている最中に覗いたら荒れるに決まっている。巻き添えは喰らいたくない。
三十代のサラリーマン、何者かに暴行され意識不明の重体。魔導書と書かれたノートを持っており、事件との関連を調べている。そしてテレビに映し出される黒歴史ノート。
(こういう時は挙動不審にならない様に他の事に集中すれば良い……例えば白線から足を踏み外さないで、歩けたら明日の契約が上手くいくと。もし踏み外したら、異世界転移……なんてね)
目線が足元にいくから、家を見る事はない。もし、もしも外国の方がお住まいになっていても、俺の事は気にしないと思う。
「あっ、踏み外した。まっ、ただのおまじない。明日の契約は成功するさ……えっ?」
白線を踏み外したら、歩道の筈だ。しかし、俺の足は空を切った。そのまま、どこかへ落下していく。
落下と同時に眩しい光が、俺を包み込む。
……ここはどこなんだろう?光がおさまったと思ったら、見た事もない場所にいました。
五時に二話を更新します