夏祭り気分
「あっつー…」
茹だるような残暑が残る夏の夜、俺は日向と夏祭りに行く為人ごみを進んでいた
「家からでも花火は見えるっつーのに…俺がインドア派だって日向も知ってんだろ…」
ブツブツ文句を言ってはいるが結局可愛い恋人に弱い自覚がある自分は断れないだろうという事は分かっていたし、それを分かった上で誘ったであろう日向の事も責める気は無かった
「…やっと着いた、ひゅうがー!どこだー!」
もう文字のやり取りで探すのが面倒になった俺は強引に呼び声で探す事に決めた
すると目印に使われる巨木の下で人ごみの中小さい手がピョコンと上がる
「ったく、そんな人が多い所じゃ見えないだ…ろ…」
文句の一つでも言ってやろうと近寄ろうとした俺の足は、駆け寄る日向の姿を見つけた瞬間立ち止まった
淡い水色にひまわりの柔らかい黄色
編んだ髪に飾られた小さいひまわり
甚兵衛とは言えそれは女の子用と言われても納得する程可愛らしいものだった
「な、あ、ひゅうが…?」
「もー!遅いよきたくん!僕もう10分も早く着いちゃったから退屈だったんだからね!」
プンスカしてる日向には悪いが、普段のパーカー制服姿からは想像もつかない姿に戸惑いを隠せない檸檬は何を言っていいのか分からなくなっていた
「きたくん…?」
固まる檸檬を心配そうに下から覗き込んだ日向の姿を見て、檸檬はようやく意識を取り戻した
「あっ、日向…その服…」
「え?服?…ああ、林檎ちゃんに相談したんだ
『お宅のお兄様のツボを突きたい』ってね」
「林檎に…?」
思い返せば普段お互いの予定何て聞かない妹が昨日急に「明日夏祭りがあるってね?行くの?」と聞いてきた事を思い出す
自分の趣味嗜好なんて考えた事が無かったけれど、自分が妹の好みを把握しているように妹が自分の好みを知っていても可笑しくはないだろうと結論付けた
「…ってか、そんな事より感想!何か言う事無いわけ?」
「か、感想って…」
感想といっても自分は素直に「可愛い」なんて言える性格でも無ければ行動で表せるほど素直でもない
しかし妹に聞き出す程分かりにくい自分の好みになろうとした彼の思いには答えたい
軽く汗をかきながら檸檬はかつてない程頭を巡らせた
その姿を見て何を勘違いしたのかフっと悲しい顔を一瞬した日向が口を開いた
「…なーんてね♪きたくんがそういうの苦手だって分かってるし…無理に粘っても面倒だしね!行こうか!」
ハッとなって檸檬が顔を上げると、眉を下げて笑った日向がいた
その顔を見て勘違いさせてしまったと悟った檸檬は、咄嗟に日向の手を取った
「えっ?きたく…」
「綺麗だ!!!」
日向が大きい目を更に見開く
これまでに経験した事が無い緊張が檸檬を襲ったが、構っている暇はない
「普段のお前も…もちろん、だけど…今日のお前は可愛い!綺麗だ!」
「ちょ、ちょっと、きたくん…」
暑い、暑い暑いあついアツい…
もはや気温のせいなのか人の熱気のせいなのか自分の体温のせいなのか分からなくなっていた
でもこのアツさのせいにでもしないと逆上せそうだと思う
「だから…あの…えっと…」
これ以上の誉め言葉が思い浮かばない悲しい語彙力に絶望した
何の為に勉強しているのか、もう少し本を読もうと少しズレた決意を檸檬がした所で握られた手に力が込められた
顔を上げると先ほどの悲しい顔はなく、恥ずかしそうに微笑む日向がいた
「…ありがとう、きたくん
こういうの苦手なのにこんなにいっぱい貰っちゃって…えへへ、バチ当たっちゃうな」
幸せそうに笑う日向の後ろで上がる花火を見ながら今年の夏はもう少し日向に素直になろうと心に決めた
やっぱり悲しい顔より笑った顔が好きだから
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「シャッターチャーンス!!!これは夏休み特大号にしましょうねー!!」
茂みからずっとカメラを構えていた団先輩の背後にゆっくり近づく影があったとか無かったとか…