第9話、秋ちゃんカリスマ炸裂
★
――さてさて、相変わらず突然な場面転換ばっかりだけど……
我が校の全校生徒は体育館に全員集合をして座っていたりする。
――実は、今は全校集会の真っ只中だったりして……
「秋ちゃん、秋ちゃん?」
「え? おるこちゃん、なぁーに?」
「全校生徒の前に座ってるのに、秋ちゃんったら、全然緊張とかしてないの?」
「え? ボクは緊張しなきゃいけないの?」
――でね、全校集会にありがちな、今は校長先生の長ったらしくて、シコタマ、スコブル面白くもない話を聴かされている最中だったりするんだけど……
「あれ? まさか……おるこちゃんは緊張してるの?」
「まさかじゃなくて……緊張してるに決まってるじゃないのよ」
「えぇー? どうして?」
「だって、秋ちゃんとあたし……全校生徒の真ん前に座って注目を浴びちゃってるんだもん」
――実は、今日の全校集会、件の生徒会選挙のために企画されたもので……
立候補や推薦された面々が演説をするために開かれたものだったりする。
「っていうか、演劇部の発表会とかで何千人もの大勢が見守る舞台とかに悠然と立つおるこちゃんなのに?」
――どうして、たかが数百人程度の視線にさらされた位で緊張とかしちゃうんだかワカンナイし……
「んじゃさ、ボクたちの目の前っていうか、眼下に並んで座ってる全校生徒はジャガイモだと思えば? ただの馬鈴薯みたいなアレだって思っとけば大丈夫なんじゃない?」
「はい? 秋ちゃん、何ですって?」
河鹿薫子とボクは生徒会選挙の候補者席に座っている。
――その席は壇上というか、舞台というか……
候補者席、それは全校生徒の皆を見下ろす高さの高台みたいな感じになっている、いわゆるステージの上にあったりする。
「おるこちゃん、もしかしてさ、ジャガイモは嫌い?」
「え? 秋ちゃん?」
「じゃあ、ボクたちの目の前にいる全校生徒たちを土手カボチャだと思えばイイよ」
「いやん、隣に座る土手カボチャと目が合っちゃったわ……」
「おるこちゃん、おるこちゃん……」
「秋ちゃん、なぁーに?」
「ボクは土手カボチャじゃないし」
――ボクが振ったワードとはいえ……おるこちゃん、自分の彼氏を土手カボチャ扱いしちゃってるし……
「いやん……隣に座る土手カボチャの芋兄ちゃんの目を見ると石になっちゃうのよ」
「あのさ、ボクは何とか神話に出てくる髪の毛が蛇のアレじゃないし」
――っていうかさ、自分の彼氏を芋兄ちゃんとか宣っちゃってるし……
「秋ちゃん、あのね……あたし、セリフが無いとダメなのよ」
「え? 意味ワカンナイし」
「だから、あたし、台本のセリフが無いとダメなのよ」
「は? ダイホン? 尚更のこと意味行方不明になったし……」
――緊張のあまり、おるこちゃん、メチャクチャ支離滅裂になってるみたいな?
演劇部で活躍する河鹿薫子、舞台慣れしているはずなのに、なぜなのだか、目を泳がせながら激しく緊張をしている様子をとボクに見せている。
「っていうか、ウチの学校ってさ……ステージの上から良く良く見渡したらさ、たったの500人位しか全校生徒いなかったんだね。少子化っていうの、ボクたちが住んでる千葉県北西部地方でもアリアリなんだね」
「ねぇ、ねぇ……秋ちゃん、秋ちゃん? 余裕かまして全校生徒を見渡しちゃったりしたりして……まるで王様とか殿様とかが、お城にある高台から庶民を見渡してるみたいに悠然としちゃってるし……」
「え? 今のボクってさ、そんな風に見えてるの?」
「ねえ、秋ちゃん? 全然緊張とかしてないの?」
「あはは……おるこちゃん、その質問さ、二度目なんだけど」
本当に激しく緊張している様子をさらけ出す河鹿薫子、そんな彼女に思わずボクは笑ってしまった。
――ちなみにね、ステージ下というか、舞台下というか……眼下には500人位の全校生徒たちが並んで座ってるんだけど……
「ウチの中学校ってさ、ボクの母さんが在学してた頃は……」
「ばれいしょ、ばれいしょ、馬鈴薯……って、いやん!」
「1500人位もの在校生が居た、かなりのマンモス校だったらしいよ」
「あたし、どうしても500個のジャガイモに見えないわ」
「おるこちゃん、まだ言ってるし」
「土手カボチャにも見えないから困ったわ……」
「っていうか、ボクの話なんか聞いちゃいないし」
――おるこちゃんは演劇の大会だか何だかで、いわゆる大ホールと呼ばれる規模のハコなんかで舞台に立つ人なわけで……
「秋ちゃん? 全然緊張とかしてないの?」
――大ホールには千人単位の観客席があるわけだし、たかが500人規模なんて屁のカッパだと思うんだけどなぁ……
「おやおや、おるこちゃん……その質問、三度目だし」
――ちなみにね、ハコっていうのは会場となる建物を言い表すとある業界の業界用語らしいんだけど……
「秋ちゃんったら舞台慣れしてるのね」
「はい? 舞台慣れしてるのは演劇部のおるこちゃんじゃんかさ」
――ボク達みたいな学生から見たとして、最も身近なハコを言い表すならさ、市民文化ホールとかみたいなアレって言ったら解り易いのかな?
「んもう、だから……あたし、ホンに書いてあるセリフが無いとダメなのよぉー。ホンのとおりに役づくりしてないとダメなんだもん」
「え? ホン? 役づくり? もしかしてさ、それって脚本のこと?」
「うん、そうよ」
――あ、ボクさ、やっと分かったよ。おるこちゃんは台本やら脚本やらが無いと素のままなんだ……
「いやん、もう……落ち着かないわ、あたし……」
――脚本から割り当てられた配役のキャラに成り切ってハマってないと上がっちゃう人みたいな……アドリブが無理な人みたいな……
「あ、ほら、校長先生の話が終わったよ」
「いやん、終わっちゃったのね……」
「ああ、やっとさ、無駄に長ったらしい校長の話が終わったよ。しかしさ、仕事が出来ないヤツほど無駄に話が長いってホントだよね」
「いやん! 校長の話が終わったら、今度は秋ちゃんの毒舌が始まっちゃったわ!」
「あんりゃま、おるこちゃん……その物言い、余計なお世話だから」
★
――校長が舞台中央にある演台から舞台袖へと歩き行き……
舞台袖の中へ姿を消すや否や、全校集会の司会をしている教頭は、
「それでは、次に、生徒会選挙の候補者、その皆さんからの選挙演説に入ります」
と、なぜかボクの顔を見ながらマイクに向かって喋り始めたのだった。
「それでは、まずは浅間秋君の演説から始めたいと思うのですが……」
――は? ボクからなの?
どうしてなのか全く理由は分からないが、教頭はマイクを使ってボクの名を呼んでくれていた。
――ボク、選挙候補者先達の頭に座ってないけど? 予定では、選挙演説は、先頭に座ってる候補者からするんじゃなかったっけ?
「まずは浅間秋君ですが……彼は見た目どおりの淑女でありまして、2年2組の女子生徒であります」
――って、おいおいおいおい!! 教頭せんせ!! 教頭せんせ!!
「ボクは女子生徒違うし!! 男子生徒だって判り易くさ、ちゃんと学校指定の男子用の学ラン着てるんだし!!」
教頭は何をトチ狂ったのか、よりによってボクを淑女な女子生徒だなんて紹介してくれたから始末に負えない。
――しかもさ、教頭せんせから発せられた頓珍漢な言葉を聴いた瞬間、体育館内は爆笑の渦に包まれてしまったから、もう、とりつく島もありゃしないみたいな……
「彼は女子生徒? 彼は淑女って、あはははははは!」
「いや、あの……おるこちゃん、おるこちゃん……」
「教頭ったら、小学生から国語の勉強をやり直した方が……あはははははは!」
「だから、あの……おるこちゃん、おるこちゃん……笑い過ぎだって」
「彼は秋君で、ときどき女子生徒の秋子ちゃんだし、あたしの彼氏で、美少年だけど淑女で……実は、美少年女装男子美少女ですみたいな? いやん、あはははは!」
「いや、あの……おるこちゃん、おるこちゃん、訳ワカンナイし」
「うっひゃー!! カリスマ美少年女装男子美少女参上みたいな? うひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「あぁーあ……ダメだ、こりゃ……」
――おるこちゃん、ボクの彼女は緊張のあまり、どうやら壊れてしまった様子みたいな?
「あー、さてさて……それでは浅間秋君、気を取り直して選挙演説を……さあ、どうぞ!」
教頭は全校生徒がくりなす爆笑の渦の中、声を張り上げるかの様に、少しだけ音響機器をハウリングさせながらボクに演説を即している。
「っていうかさ、気を取り直さなきゃなんないのは教頭の方なんじゃないの?」
「えぇー!? そんなこと言って、余裕綽々かましちゃったりしちゃって……秋ちゃんったら、ホントに全然緊張してないのねぇ……」
「よし!! じゃぁーさ、おるこちゃん行くよ!!」
「え? あ、ちょっと……秋ちゃん? あぁあぁ、秋ちゃんったら……」
ボクは座っている椅子から立ち上がると河鹿薫子の手を握り、彼女の手を優しく引きながら、二人揃って舞台中央にある演台へと歩いて行ったのだった。
★
「きゃー! 女装した秋ちゃん、可愛ぃー!」
「美少年が女装した美少女ぉー! 待ってました!」
「ラブリー美少年女装男子美少女の秋ちゃぁーん!!」
「頑張って、秋ちゃん! ツマンナイ中学校生活に夢と希望を与えてくれる秋ちゃんに、絶対に投票するぅー!」
――いやはや、なんて感じで、唐突に体育館イッパイに黄色い歓声が巻き起こっちゃったけど、その震源地は我が2年2組のクラスメイト達だったりして……
我がクラスメイト達が黄色い歓声を上げるや否や、その歓声は体育館に居る全校生徒達へ飛び火し、体育館の床が共振するくらいの大歓声となってしまったのだった。
「全校生徒の皆さん! 静粛に! 静粛にしなさい!」
――という、マイクで叫ぶ様に全校生徒へ向ける教頭の声は、異様に興奮した全校生徒達には全く効果無しだし……
「ああぁあー秋ちゃん! あたし、あわわわわ……」
「あはは! おるこちゃん落ち着いて」
全校生徒達の大歓声に呑み込まれ、もう完全に舞い上がってしまった河鹿薫子、すっかり地に足が着いていない有り様を顕わにしている。
そんな彼女をボクの右脇に軽く抱きつつ、ボクは演台の上にあるマイクの前に立つと、全校生徒に向かって深く一礼をしたのだった。
――ボクのお辞儀に合わせてね、おるこちゃんも深々とお辞儀をしたんだよ……
「ああーぁわ……わわわわたしが推薦しました秋ちゃん……じゃなくて、浅間秋君ですけど……」
――うーわ、おるこちゃん、少し落ち着いて喋ろうよ……っていうか、ボク、笑っちゃいそうだし……
「あたしの彼は女子生徒じゃなく、美少女に見える美少年のあたしの彼氏です……って、あわわわわ!」
「おるこちゃん、あはははは!」
――おるこちゃんのせいで、ボクの選挙演説、その第一声は笑い声になっちゃったじゃんか!
そう、ボクの選挙演説第一声は「おるこちゃん、あはははは!」だった。
――まあ、当選する気なんてサラサラないし、どうでもイイやぁ……
シドロモドロの推薦者応援演説をする河鹿薫子からマイクを奪うと、ボクは大きな声で全校生徒へ向け、
「ボクは生徒会長なんかやってる暇なんてないんです!」
と、キッパリ、ハッキリ言い切ったのだった。
――うーわ……ボクの声に体育館は急に静まりかえっちゃったし……
漫画なんかにありがちな『シーン』という擬音の漫符、それが最もふさわしくなってしまった体育館。
「500人の沈黙って気持ちイイね」
「え? 秋ちゃん?」
「沈黙した500人から注目されるっていうのもさ……」
――こんなに気持ちイイなんて、ボク、知らなかったし。この快感は初体験だし……
その初体験の快感の中、ボクは次の言葉を淡々と発した。
「はっきり言って、退屈しのぎのアイドルみたいなのを求めてるだけなら、ボクは生徒会長なんてやらない! 学校内にアイドルを求めているなら、ボクみたいなのじゃなくて、もっとアイドルに相応しい人に生徒会長になってもらえばイイ!」
――うわ……あんまり静かすぎて、会場に居る一人一人の呼吸っていうか、息遣いが聞こえそうだよ……
「全校生徒の皆さん、それに、全教職員の皆さん、あのね……そんな生意気を言うボクに生徒会長をやって欲しいなら、どうしてボクじゃなきゃイケナイんだか、ソコんとこをハッキリさせてくださいませんか?」
――あれま、おるこちゃんなんて、目が点になったまま、直立不動状態を炸裂させちゃってさ、ボクの横顔を見つめてるし……
「あのですね……それに納得いったなら、ボク、生徒会長やってあげてもイイですよ」
――うん、これだけ生意気を言ったんだから、まさか、ボクの生徒会長当選は有り得ないよね……
「でもね、残念ながら、きっとボクじゃ、全校生徒の皆さんや、全教職員の皆さんや、それに、PTAの皆さんも、それら全ての皆さんがガッカリする羽目になるかもですよ。だって、鼻から生徒会長なんてのヤル気ないもん」
――そう、ボクは生徒会長とか、そんな面倒な役目なんてやりたくないし……
「どうしてもボクじゃなきゃイケナイんなら、どうしてもボクを納得させてください。お願いします。納得いかないなら頼まれてもやりません!!」
――っていうかさ、生活費を稼ぐために商業用作品クリエイトしなきゃだし、バンドでライブやりたいし……学校のギャラリーの管理しなきゃだし、部活で部長しなくちゃだし……全然時間足りないし、生徒会長やってる時間の捻出なんて不可能だし……
体育館に居る全校生徒、それに公務員という名の学校関係者たち、雁首を揃えてボクの発言を微動だなく聴いてくれている。
「ハッキリ訊くよ。みんなさ、この学校をどうしたいの? どうしたいんだかハッキリさせてね。それに納得いったなら、ボク、みんなの神輿になってもイイよ」
――あぁーあ、どんだけ生意気な演説やらかしてんだか、ボクは……
「だけれども、ボクはみんなのサポートがないと何も成せずの役不足なヤツだから……生徒会というムーブメントを全校生徒が一丸になってやらないとっていう、お粗末で面倒炸裂な生徒会長しかできないよ」
――あぁーあ……んまり生意気でさ、言ってるボク自身が呆れちゃう演説みたいな……
「ボクが生徒会長になったならさ、全校生徒の皆さん全員が生徒会役員の仕事しなきゃならなくなるよ。そんな器が小さくてさ、何も出来やしない面倒なヤツに生徒会長やらしたいの?」
――なんてさ、こんなこと言うヤツだから、こんなんだからさ、ボクはイジメられるんだよ……
しかし、そんな呆れる程に生意気極まりない演説に対して全校生徒たちは、
『パチパチパチパチ!!』
と、唐突に激しく拍手をし始めたのだった。
――うわぁ……500人の拍手ってさ、こんなに大音量なものだったんだ……
「いやはや、ビックリだよ。体育館内に響き渡る大音量の拍手だし……って、しまった! マイク持ったまんま独り言とか言っちゃったし!」
しかし、その盛大なる拍手の大音量から、ボクがマイクに向かって言ってしまった独り言は、見事なマスキング現象によって聞き取れなくなってしまっていた。
「拍手は待って!! お願い!! お願いだから!! ボクの話、もう少しだけ聞いていて!!」
というボクの叫びに、再びシーンと静まりかえる体育館だった。
――そよ風に吹かれる木の葉の音色が明確に聞き取れちゃっている静けさ……静寂ってさ、こういう様を言い表す言葉なんだろうね……
そう、我が体育館は有り得ない静けさを垣間見せている。
その静寂の中、ボクはマイクを使わずボクの肉声で体育館に佇んでいる人々へ、
「あのさ……どうせなら、ボク達の学校!! 県内で一番居心地が良い学校にしようよ!!」
と、腹の底から精一杯に声を張り上げつつ訴えてしまった。
――ボクの小脇でボクを見つめているおるこちゃんの呼吸が……
「あなたにもボクにも、一生に一度きりで、たった数年間の中学校生活でしかないわけだよ」
――ボクのおるこちゃんの息遣いがハッキリ聞こえてる……
「今っていうのは永遠なんかじゃなくてさ、泣いても笑っても一瞬みたいな、あなたにもボクにも儚い中学校生活でしかないんだし……」
――おるこちゃん、不意にボクの手を握りしめてきた?
「気がついたらさ、きっと皆は、『あの頃が懐かしい』なんて言う年齢に年老いててさ、今の中学校生活を懐かしんでいるくらいに儚い一瞬が今のボクたちなんだよ」
――ああ……おるこちゃんの手が……
「若さは永遠なんかじゃないんだし、気がつけば年老いてるんだし……あなたにもボクにも一瞬しかない今!! 後悔したくなんかないじゃん!?」
――おるこちゃんが握りしめてくれている温もりが心地イイ……
「だからさ、居心地が良い環境を創れる人を皆の頂点に立たせなきゃ勿体無い中学校生活になるし……ボクならさ、その環境をクリエイトできる人に投票したいよ」
――あぁーあ、すっかり若気のいたりな少年の主張になっちゃってるボクの候補者演説だし……
いたずらに長々しいボクの発言に、我がクラス担任のガンジー先生が改めて拍手を始めるや否や、他の教員達も再び拍手を始めてしまう。
――それに、よりによって校長までが拍手を始めてしまうし……
そんな校長の姿を見た教頭は、なんだか仕方なさそうな様相ありありの表情と態度、それらを隠せないまま、見るからにがさつな拍手を始めていたのだった。
「ウチの学校を県内で一番居心地が好い学校にしたい? いや、全国で一番居心地が好い学校にしたい?」
と、ボクは再び体育館に居る全ての人々へ問い掛けてみた。
「秋ちゃん! 秋ちゃん! 秋ちゃん!」
――えぇー!? 体育館に居る全校生徒のみんな、ボクの名前を大合唱し始めちゃったし……
「秋ちゃん! 秋ちゃん! 秋ちゃん!」
――まるでさ、アイドルタレントのライブ会場みたいになっちゃったし……
「秋ちゃん! 秋ちゃん! 秋ちゃん!」
――うわぁー、どうしよう……ボク、思わずビックリしちゃったし……
「秋ちゃん! 秋ちゃん! 秋ちゃん!」
気がつけば、体育館の床に座っていた生徒全員が立ち上がっていた。
「秋ちゃん! 秋ちゃん! 秋ちゃん!」
――立ち上がった全校生徒たち、みぃーんな楽しそうな笑顔になってるみたいな……
「楽しそうっていうか、嬉しそうっていうか、気持ち好さそうMAXな光悦に溢れた笑顔だし」
「秋ちゃん! 秋ちゃん! 秋ちゃん!」
――っていうか、ボク、失敗しちゃったみたいな? 選挙に落選しようと馬鹿な選挙演説をやらかしていたつもりだったんだけど……
「秋ちゃん! 秋ちゃん! 秋ちゃん!」
――意図に反して壮絶な拍手喝采を浴びちゃったボクは大失敗みたいな?
★
「あたし、こんな熱い歓声なんて初めて聴いたかも……」
静まらない大歓声の中、河鹿薫子は静かな口調で呟くように言葉を発し始めた。
「あたしが頑張って熱演しても聴いたことない大歓声だし……心からの大歓声だし……」
――あれ? おるこちゃん、何だか遠くを見るような目で呟いちゃってるみたいな……
「今まで演劇をしてきた舞台の歓声なんて子供騙しに思えるくらいの心のこもった歓声……秋ちゃんったら、もう、凄いわ」
「え? おるこちゃん?」
――っていうか、まだ大歓声が静まらないし……
「秋ちゃん! 秋ちゃん! 秋ちゃん!」
「秋ちゃん凄過ぎ……やっぱり凄いカリスマ性を抱える人だわ。あたし、カリスマ溢れる秋ちゃんに惚れ直しちゃったわ」
「え? え? おるこちゃん?」
河鹿薫子、体育館で拍手喝采をする500裕余名を見渡しながら、半ば茫然自失の様相になっていた。
「秋ちゃん! 秋ちゃん! 秋ちゃん!」
――どうしよう……全校生徒のみんな、まだ秋ちゃんコール止めないし……
そんな中、教頭は間の悪いことに、
「浅間秋君、演説を続けなさい」
なんて、茶茶みたいなコメントを司会者マイクを使ってほざいてくれたのだった。
少しカチンと頭に来たボク、場の空気を無視する茶茶を入れた教頭へ対し、ボクはシッペ返しのように問うてしまう。
「教頭先生に質問します。全校生徒のために、教頭せんせ、あなたはボク達の学校をどうしたいですか?」
――そのボクの言葉がスピーカーから体育館へ響き渡った瞬間に大歓声は止み……
体育館に鉛筆を転がしたならキチンと聞き取れんばかりの静寂な大空間へと、一瞬にして体育館内の空気は様変わりしてしまった。
「私は……え? あの……私は……」
――って、おいおい! あなたの立場上、この質問に即答できなきゃ不味いでしょ! ほら、あなたを校長が睨んでますよ!
「えー、あの……私は……我が校を、あの……」
ボクの予想外に口ごもる教頭に対して、ボクは心の中で盛大に笑うしかなかった。
「はい、時間切れです。教頭先生、今の質問は明日までの宿題にしますね。明日の昼休みにでも校内放送設備とか使って、校内に居る全ての皆へ、今の質問の答えを流しましょうね」
――なんていう、待ち切れなくなってボクが発した言葉を聴くや否や……
体育館に居る全校生徒と教職員たちの全てが大爆笑を始めてしまったのだった。
――いや、ただ一人、校長だけは教頭を睨みながらシカメっ面をしているけどね……
「というわけで、ボク浅間秋の演説を終りにします。御清聴ありがとうございました」
ボクが演説の締めの挨拶をすると、体育館の天井や床が共振するくらいの盛大な拍手を全員がボクへ捧げてくれたのだった。
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