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あたしたちが「おでん」です。  作者: 千葉あんず
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第30話、助けてと言う勇気

★第30話、助けてと言う勇気


「おーい! 浅間ぁー! ちょっと、こっちに来てくれ!」


 ――うわっ! ガンジーせんせから呼ばれちゃったし!


「あぁーあ、遠くから怒鳴って呼ぶ時はロクな用事じゃないんだよなぁ……」


 今は月曜日の朝で、間もなく朝のショートホームルームが始まろうという、いわゆる登校したての朝っぱらな頃合いだったりする。


「ガンジーせんせぇー? あたしを呼びました?」


 ――なんて言いつつ、座っていた椅子から立ち上がり、我がクラスの担任へと駆け寄って行ったのは……


 そう、河鹿薫子改め、浅間薫子なのだった。


 ――ショートホームルーム開始の予鈴は鳴り終わり……


 2年2組の教室内には着席したクラスメイトたちが静かにショートホームルームの開始を待っている。


「あ? 河鹿? 何か用か?」


 浅間薫子、担任の三浦教諭から河鹿と呼ばれるや否や、

「いやん! ガンジーせんせったら! あたし、浅間なんですけどぉー!」

と、しかめっ面を顕にしつつ、猛烈な威圧感をもって三浦教諭の顔を見上げ始めたのだった。


 ――あぁーあ、蛇に睨まれた蛙ならぬ……蛇女おるこちゃんに睨まれた膨れっ面フグのガンジー先生みたいな、朝っぱらから与太マヌケな睨み合い炸裂ちゃんになっちゃってるみたいな……


「ああ、もう……仕方ないなぁ……」


 ボクは自分の席から立ち上がると、浅間薫子と三浦教諭が居る教卓まで歩いた。


「ガンジーせんせ? ボクを呼びました?」


「おう! 浅間、あのな……」


「はぁーい! 浅間薫子です! えへ、うふふ」


「いや、そっちの浅間じゃなくてな、こっちの浅間……」


「はぁーい! 浅間薫子です! あはは、えへへ」


「あぁーあ、ガンジーせんせ教卓に肘ついて頭を抱え始めちゃったし……」


 ――ああ、もう……ホントに仕方ないなぁ……


「えっと、あの……ガンジーせんせ、ボクは浅間生徒会長です。んで、おるこちゃんは浅間副会長です。浅間の後に、生徒会長とか、副会長とか、そういうワード付加して呼ぶようにすれば……」


「なるほど! その手があったか! 浅間生徒会長、お前、賢いなぁー!」


 ――ありゃま、急に大人しくなったと思ったらさ……おるこちゃん、黒板に縦書きで大きく『浅間薫子』って書いてるし……


「おいおい、こら! 浅間副会長? お前は何をやっとるんだ?」


「2年2組の皆さん! 今日からお世話になります、浅間薫子です! ヨロシクお願いしまぁーす!」


「って! おい、こら! 浅間薫子副会長! お前は転校生か!」


 そんなやり取りにクラスメイトたちは大爆笑を始めてしまったのだった。



 ――さてさて、ショートホームルームが終わり、そのまま一時間目に突入した我が2年2組だったりするんだけど……


「というわけで、あたしは浅間薫子になったわけなんです」


 ――なんて……おるこちゃん、河鹿薫子から浅間薫子になった事と次第をクラスメイトたちに向けて説明してるみたいな……


 ちなみに、一時間目は裁量の時間と呼ばれている、何の教科も時間枠に配置できなかった、いわゆる、ゆとり教育の後遺症的な空白の時間割りだったりする。


「浅間薫子副会長、お前、しっかりしたやつだと思ってたが……」


「え? ガンジーせんせ?」


 ――さらにちなむとさ、この裁量の時間っていうのは……


 特定の教科を学ぶ時間枠ではなく、担任の裁量で自由に消化してよい時間割りだったりする。


 ――ほとんどのクラスは担任が生徒に向かって一方的に説教たれまくる道徳の時間みたいなツマンナイ時間にしちゃうんだけど……


「我が担任のガンジーせんせはさ、今みたいにクラス全員で腹割って話し合う時間にしてくれるんだよ」


 ――ボクはさ、ガンジーせんせのね、そういうとこが大好きで堪んないみたいな……


「幼い頃から虐待されたり、家庭内暴力に苛まされたり……苦労を重ねていたから……」


 ――うわぁ、ガンジーが染々と語りだしちゃったみたいな……


「だから、お前はな、そんなにしっかりした自分自身に成長できてるんだぞ」


 ――っていうか、クラスメイトたちもさ、何だか染々しちゃってるし……まあ、それも無理はない話かもだね……


「いや、だってさ、それでなくとも全校生徒のアイドル的な存在のおるこちゃんだし」


 ――そんな憧れのアイドルを襲った悲劇にクラスメイトたちは感情移入するばかりの様相になりけりみたいな、それは無理もない話かもみたいな……


「まあ、おるこちゃんの場合、災い転じて福となしたから良かったんだけどさ」



「クラスメイトのみんな、実はな、俺は前々から知っていたんだが……」


 我が2年2組の担任である三浦教諭は独演よろしく、浅間薫子が苛まされた虐待と家庭内暴力について語り始めた。


「当時の河鹿薫子から相談を受けていた。浅間秋からも相談を受けていた。浅間のお母さんからも相談を受けていた。なのに……すまない! 本当に申し訳ない!」


 ――どわ! 三浦ガンジーせんせ、急にペコペコ謝りだしちゃったし!


「実際問題、俺は河鹿薫子を救えなかった。河鹿薫子を救ったのは浅間のお母さんだ」


 クラスメイト全員、唐突に謝罪を始めた三浦教諭へ釘付けになっている。


「俺は自らの無力さを思い知った。だからこそな、俺は担任としてクラスメイト全員に言いたい……」


 そこまで宣った三浦教諭、急に黙るとクラスメイト全員の顔を一人ひとりと見渡したのだった。


「これは担任の俺からのお願いだ。決して独りで抱え込んだりするな。心配事、悩み事、辛い事、悲しく苦しい諸々な何か、決して独りで抱え込んだりするな!」


「いやん! ガンジーせんせの言うとおりだわ!」


 浅間薫子、突然に座っている椅子を蹴散らかし、彼女は勢いよく立ち上がった。


「でも、でも! ガンジーせんせはゴメンなさいなんて言う必要ない! だって、ガンジーせんせ、あたしのためにみんなの見えないトコで頑張ってくれたもん! それに、誰にだって出来る事と出来ない事あるもん!」


 浅間薫子の発言を聞くや否や、我らが担任の三浦教諭、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になってしまった。


「出来る事と出来ない事……例えば、全校生徒から怖がられてて、先生たちですら手に負えないくらいの不良キクリ先輩……秋ちゃんにだけは乙女の可愛い顔を見せちゃうし、秋ちゃんからのお願いは何でも利いちゃうし……」


 その浅間薫子の言葉を耳にした途端、

「なるほど、浅間秋の言うことは何でもハイハイと従うキクリなんだよな。あの無法者キクリを自由自在に操れるのは浅間生徒会長だけなんだよな」

と、三浦教諭は呟くように言ったのだった。


「出来る事と出来ない事……例えば、あたしには絶対に出来ない事を秋ちゃんは平然と出来ちゃう。逆に、秋ちゃんは出来ない事をあたしはヤっちゃう」


 ――うん。おるこちゃん、ボクには真似できない事とか、色々やっちゃってるし……


「出来る事と出来ない事……例えば、ガンジーせんせに出来ない事を奈菜子お母様は平然と出来ちゃう。逆に、奈菜子お母様には出来ない事をガンジーせんせはヤっちゃう」


 ――まぁーねぇ、やるかやらないかっていう事とさ、出来るか出来ないかっていう事は別系統な話なわけだし……


「出来る事と出来ない事……例えば、ガンジーせんせから数学を教えてもらうのって無理かもだし」


「理数系はヤメてくれ! 理科はまだしも、俺はな、トコトン数学はダメなんだ! そんなのは数学の先生に相談してくれ!」


「出来る事と出来ない事……例えば、秋ちゃんから泳ぎ方教えてもらうの無理だし」


「うげ! ボク、泳げないよ! 金づちなんだし……水泳なんて体育科のガンジーせんせから教わってよ」


「で? 浅間薫子副会長は何を言いたいんだ?」


「ガンジーせんせ、あたしが言いたいのは、問題解決出来る人を見つけないとダメっていう話なんです」


 ――ありゃ? おるこちゃん、ちょっと話が飛んだみたいな?


「浅間……すまない! 何の役にも立てなかった俺を許してくれ! 情けなくて仕方ない俺を勘弁してくれ!」


「は? ボク? ガンジーせんせから勘弁してくれって言われるようなことなんて何も……」


「って、そっちの浅間じゃなくてな、こっちの浅間だ! 今言った浅間は浅間薫子の浅間だ!」


「あぁーもう! ヤヤコシイなぁー!」


 そんなやり取りにクラスメイト全員が大爆笑してくれた。


 ――ああ、良かった。あんまりにも重たい空気が続いたからさ、ここらで笑いを一発って、狙いどおりにみんな笑ってくれて良かったよ……



「ガンジーせんせは何度も何度も家庭訪問してくれました。奈菜子お母様は何度も何度も児童相談所みたいなトコへ相談しに行ってくれました」


 ――うん。ボクの母さん、児童相談所とかいうアレにさ、虐待とか家庭内暴力とか、赤裸々な事実を両手に抱えて……根気強く、何ヶ月も足蹴く通っていたよ……


「ガンジーせんせは何も出来なかったんじゃないわ! だって、あんなに一生懸命に河鹿薫子の家庭へ訪問してくれたのに、ガンジーせんせの心意気なんて無視して、あたしの産みの母親が馬鹿を卒業できなかっただけだもん!」


 ――ちなみに、おるこちゃんに虐待をやりたい放題していた元両親は……


 結局、裁判所が発行した逮捕状を持ってきた刑事さんたちから逮捕されてしまったのだった。


 ――おるこちゃんの産みの母親は殺人未遂みたいな重罪をつきつけられたとか……


「んで、おるこちゃんの父親はさ、その幇助罪をつきつけられたとか……」


 ――なんて、それはボクの母さんが教えてくれた内緒ばなしなんだけど……


「ガンジーせんせ……あたしはガンジーせんせからゴメンなさいなんて言われる立場じゃないんです。あたしはガンジーせんせにありがとうございますって言わなきゃいけない立場なんです!」


 ――んでさ、『むやみやたらと自分の子供だからって叩いちゃいけないのよ。虐待や家庭内暴力を見て見ぬふりしてもいけないのよ。何でかって言うとね、叩いた親も、見て見ぬふりしていた親も、どちらも人間としてイケナイ人のレッテルを貼られてね、結局はね、投獄されて償わなきゃイケナイ羽目に自分を追い込むだけだから』って、ボクの母さんはボクに真顔で染々と話してくれてたっけ……



「あたしからクラスメイトみんなへのお願い! 相談って、誰か一人にしたから解決するもんじゃないんです」


 ――あれ? おるこちゃん、急に笑顔になっちゃったし……


「根本的な解決を出来る人に当たるまで、もう、何人も何人にも相談しまくらなきゃなんです」


 ――どわ!! 立ち上がったまんま喋ってるおるこちゃんからさ、急にボクの頭を抱きしめられちゃったし!!


「あたしを救ってくれたのは秋ちゃん」


「へ? ボク?」


「あたし、必死になって告白しました。秋ちゃんを彼氏にしたくて必死になって……」


「えぇー!? おるこちゃん、どうしてさ、今そんな話をし始めちゃうの?」


 ――おるこちゃん、話が飛んでるし……クラスメイトみんなの前でさ、そんな話とか恥ずかしいし……


「あたし、秋ちゃんを彼氏に出来たから奈菜子お母様に会えたんです」


 ――っていうか、おるこちゃん抱きしめ過ぎ! 力入れ過ぎ! 頭がスイカ割りになっちゃう!


「あたし、本気で秋ちゃんを愛してます」


 ――うん。おるこちゃんはボクを本気で愛してくれてるって、それ、染々と分かる……


「秋ちゃんはあたしを本気で愛してくれてます」


 ――うん。ボクはおるこちゃんが死にそうになった時、ボクも死にたくなったし。ボクにとっておるこちゃんはボクの命と同じだもん……


「秋ちゃんも本気。あたしも本気。だから、奈菜子お母様も本気になってくれたんです」


 ――気がついたらさ、初めはガンジーせんせの独演会だったのに、いつの間にかさ、おるこちゃんの独演会になってるみたいな……


「本気って大切。だって、本気も本気の本気になったから、だから、あたしは救われたんだもん!」


「うん、そうなんだよね。本気も本気の本気にならなきゃ見えてこない世界があるんだよね」


「うん。あたし、秋ちゃんが言いたい事が分かるもん」


「うん。ボクもおるこちゃんが言いたい事が分かるよ」


「あたしからみんなへのお願い! 助けてって言う勇気を持ってほしいの!」


 ――助けての勇気! おるこちゃん、イイ事を言うなぁー!


「どんなに悩んでも、どんなに心配しても、言わなきゃワカラナイから!」


「そのとおりだ。俺は大した事なぞ出来やしないが……しかし、言ってくれたなら、俺は出来る限りの頑張りでみんなに応えたいぞ。このクラスの担任としてだな、俺は精一杯の頑張りで応えるぞ」


「ボクは助けてって言う勇気がなかったからさ、おるこちゃんが助けてくれるまでイジメ三昧エブリディだったんだよ」


「あたしも、助けてって言う勇気がなかったなら、また殺される勢いで殴る蹴るされていたはずだわ」


「よし! 我が2年2組の今月の標語が決まったな! 助けてと言う勇気を持とうだな!」


「いやん! ガンジーせんせったら甘いわ!」


「浅間? どうしてだ?」


「え? ボク? どうしてだとか訊かれても、ボクは何も言ってないですけど?」


「って、そっちの浅間じゃなくてな、こっちの浅間だ! 今言った浅間は浅間薫子の浅間だ!」


「あぁーもう! ヤヤコシイなぁー!」


 二度目のボケだというのに、またまたクラスメイト全員は大爆笑をしてくれたのだった。


 ――このボケ、我がクラスのお決まりなボケになりそうみたいな……


「っていうか、おるこちゃん? どうして『甘いわ』なの?」


「いやん、秋ちゃんったら、ワカラナイの?」


「えっと、あの……ワカンナイかも」


「卒業するまでのクラス標語にしなきゃだからよ」


「そっか、2年2組は3年2組にさ、今のクラスメイトのまま進級するんだっけ」


「浅間生徒会長の言うとおりだ。クラス替えせず、今のメンバーのまま3年2組になるぞ」


「でも、おるこちゃん? どうして中学校卒業するまでの標語にしたいの?」


「だって、一ヶ月で身に着けられるような簡単なアレじゃないもん」


 浅間薫子の発言にクラスメイト全員がうなずいている。


「よし、分かった。『助けてと言う勇気を持とう』は2年2組の年間標語にしよう。3年2組へ進級しても同じ年間標語だ。賛成の者は挙手してくれ」


 三浦教諭はクラスメイト全員を見渡しつつ言っていたが、クラスメイト全員が挙手していたのだった。


「よし、全会一致だな。予想外に予期せず年間標語が出来上がってしまったが、浅間の提案どおり、我がクラスは『助けてと言う勇気を持とう』を身に着けるべく……」


「っていうか、どっちの浅間からの提案?」


「こら、浅間秋生徒会長! いちいち話をヤヤコシクするな!」


 ――わお、またまたクラスメイト全員が大爆笑しちゃったし……


 どうやら、このボケ、我がクラスのお決まりなボケとして定番化してしまった様子だった。


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