第26話、メリークリスマス
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さてさて、我がバンドおでんのメンバー、今は全員揃って楽屋に居たりする。
――さすがにさ、さっきのアンコール騒ぎに滅入っちゃっててさ……
メンバー全員、すっかり気を落として大人しくなってしまい、ただボーっと楽屋にある大型液晶モニターに映るステージの様子を観ているだけだった。
――画面には、ゲストとして招かれている、デビューしたてホヤホヤなバンドが、ライブ演奏しつつ歌を披露している、そんな様が映ってるんだけど……
それは、地元の南習志野市からメジャーデビューした、地元の大学に通う女の子バンドだった。
――審査員たちが審査をしている時間に、審査対象外の彼女たちが時間潰しに唄うみたいな……
メジャーデビューしたとはいえ、つい最近までインディーズのグランドで細々と活動していた彼女たち。
「まだまだデビューしたての初々しさ溢れるバンドみたいな、垢抜けてない芋姉ちゃんバンドみたいな」
――それにしても、バンド合戦の出番前までは活気に満ち溢れていた我がバンドのメンバーたちだったのに……
「今日の本番のために積み上げてきたものが、もう、一瞬にして台無しにされてしまったやるせなさ……そんなアレから醸し出される無気力感ダダ漏れまくりな背中がボクの前に並んでるんだけど……」
まだまだお子様のボク、そんな彼女たちの背中に何て声を掛けたらよいものか、全く言葉が浮かんできやしなかったりする。
――そんなやるせなさと気だるさに満ち満ちた空気が充満している中……
「コンコンコン」
突然、我がバンドおでんの楽屋出入口扉がノックされたのだった。
ボクは椅子から立ち上がると出入口扉を開けた。
「おでんの皆さん、そろそろ授賞式になりますんで、皆さん揃って舞台下手袖に集合してください」
そう言ったのはイベントスタッフの女性だった。
「分かりました。今すぐに行きます」
――ボクはイベントスタッフに返事をして、んで、すぐさまおでんのメンバーたちの方に振り返ったんだけど……
「っていうか、おわっ!!」
――みんなの方に振り返ってみてビックリ!!
おでんのメンバー全員、ボクの真後ろに縦列よろしく並んで立っていたのだった。
「秋ちゃん、さあ、行こう」
河鹿薫子は笑顔で言いつつボクの手を握りしめてくる。
「うん、おるこちゃん、行こう。みんな、行こう」
ボクは河鹿薫子の手を握り返しながら言うと、ボクはメンバー全員の先頭に立って下手袖へ歩き出したのだった。
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そして、いよいよ今回のバンド合戦のクライマックスとも言える授賞式が始まった。
出場した全てのバンドはステージの下手側に立ち並び、上手側には教育委員会の役員の皆さんが椅子に座っている。
――ステージ中央には真っ白なテーブルクロスで装飾されたテーブルがあり……
そこには大小様々なトロフィーや賞状などが並べられていたりする。
――何とか賞とか、何とか賞とか、次々に他のバンドたちのバンド名が呼ばれてさ……授賞したバンドたちは大喜びで賞状とトロフィーを受け取っているんだけど……
我がバンドおでん、まだ名前を呼ばれておらず、授賞した他のバンドたちが喜ぶ姿を指をくわえるかのように見るばかりだった。
――優勝最有力候補のBayシャイズがさ、まだ何の賞も受けてないから……やっぱ、優勝は出来レースバンドBayシャイズで決まりだな、こりゃ……
「さあ、残るは栄えある優勝の発表なのですが……ココで予定にはなかった特別賞の発表をさせて頂きますね」
ちなみに、授賞式の司会もバンド合戦の前説をやっていたイベント司会者が行っているが、彼女はプロのMCではないような気がしているボクだったりする。
――だってさ、まりんぱ食品の忘年会で司会進行をしてくれた佐月ヤヨイさんより下手くそなんだもん……
佐月ヤヨイさんはまりんぱ食品南習志野工場で事務の仕事をしているOLさんであり、件の忘年会でイベント司会者を生まれて初めてしたらしい。
「えっと、えっと……予定にはなかった特別賞は……えっと、最優秀作詞賞で、授賞したのは……何と、二人もいらっしゃるんですよ! そのお一人は!!」
――司会者が『えっと』とか言っちゃダメじゃんか……
「浅間秋さんです!!」
――それにさ、そんなたどたどしいベシャリじゃなくてさ、もっとスムーズに滑舌よくベシャリできないもんなのかなぁ……
「っていうか、誰かボクを呼んだ?」
「それに、河鹿薫子さんです!! 凄いですね! おでんから浅間秋さんと河鹿薫子さんの最優秀作詞賞ダブル授賞ですよ!!」
「あ゛? あたし? 最優秀作詞賞、秋ちゃんとあたし?」
河鹿薫子とボク、思わず顔を見合せてしまった。
「浅間君! 薫子! ほら、何やってんのよ!」
「え? デンちゃん?」
「ほらほら、早く賞状とかトロフィーとか受け取りに行かなきゃダメじゃん!」
そう言った田頭久美子ちゃんは笑顔で河鹿薫子とボクを表彰台へ送り出してくれたのだった。
――えっと、えっと……えぇー!? 本来はなかった特別賞、おるこちゃんとボク!? おるこちゃんとボクのために特別賞!?
何が何だか分からないまま、河鹿薫子とボクは表彰台に立つと二人揃って深々とお辞儀をした。
そして、二人して賞状とトロフィーを受け取ったのだった。
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「陽のあたる場所、この曲は夢と希望に溢れる青少年の皆を元気づけ、そして、勇気を持って羽ばたかせてくれる曲です。河鹿薫子さん、これからも陽のあたる場所のような曲、次々に作詞してください」
そう言ったのは賞状とトロフィーを授与している教育委員会の役員さんだった。
「ねむり、この曲から悩み多き青少年の皆の本音を伺い知ることができました。浅間秋さんがねむりを歌唱されていた時、客席におられる青少年の皆様方、浅間秋さんの歌声に深く移入なされておりましたからです」
河鹿薫子に祝辞を授けた教育委員会の役員である彼は、ボクにも祝辞を授けてくれていたりする。
「人には陰と陽の二面性があります。その陰陽を与えられた短い時間でドラマチックに表現してくれました。おでんの皆さんが見せてくれたステージ、まるで一つのドラマを見ているようでした」
――そっか、今日のボクたちのステージ、そんな風に見えてたのか……
「イジメと呼ばれるものが絶えない昨今、イジメから命を消してしまう青少年もある昨今……わたくしはステージの最後に浅間秋さんが叫ぶように会場へ向けた言葉が脳裏に焼きついて離れません」
――主観と客観……ボクは今日のステージを主観的にしか捉えてなかったんだ……
「おでんの皆さんは中学生だとか。わたくしは嬉しく感じます。中学生の今からこれだけ素晴らしいドラマをステージで見せてくれるのですから」
――客観的に見たらどうなのか、ボクはそこまで考えてライブをしなくちゃダメなんだって、今日初めて気づかされたよ……ボクたち、やりたいものをやりたいように見せてるだけだったんだ……
「さあ、おでんのメンバーの皆さん、全員で表彰台に上がってください」
――っていうか、はい?
「この教育委員会の役員さん、何を言い出しちゃってんの?」
教育委員会の役員さんから呼ばれた我がバンドおでんのメンバー、田頭久美子ちゃん、卜部さん、江澤さん、言われるがままに表彰台へやって来た。
――客席から見て左から、デンちゃん、おるこちゃん、ボク、トベちゃん、エザちゃんの順番で横一列に並んでるんだけど……
「何のために呼ばれて並んでいるのか皆目のこと見当がつかないボクみたいな」
――それは、我がバンドおでんのメンバー全員も同じように感じていたりして……
そのため、バンドのメンバー全員で顔を見合せつつ、お互いがお互いに首を傾げるばかりだった。
「会場にお越しの皆様、お待たせいたしました!」
――なんて、首を傾げるボクたちなんてお構い無しに……
イベント司会者は会場に向けて声も高らかに下手くそなアナウンスを再開したのだった。
「会場におられる皆様からの得票数……えっと、1278票で断トツ一位!! 審査員10名からの得票数7票で断トツ一位!! クリスマスバンドコンテストの優勝者は……おでんの皆さんです!!」
――うわっ!! イベント司会者が宣った言葉を聞くや否や……
「客席から地響きがするくらいの大歓声が起き始めちゃったし!!」
気がつけば、田頭久美子ちゃんと河鹿薫子は抱き合って大喜びをしていた。
――それに、トベちゃんとエザちゃんも抱き合って大喜びしちゃってるし……
「っていうか、うぅーわぁー!! 四人イッペンに抱きついてきたぁー!!」
田頭久美子ちゃんと河鹿薫子はボクの左側から飛びつくように抱きついてきて、卜部さんと江澤さんはボクの右側から力任せに抱きついてきたのだった。
――さしものボク、四人の女の子たちの体重を支えるなんて無理だし……
まるで女の子四人から押し倒されるかのように、ボクは表彰台の舞台上に引っくり返されてしまっていた。
――うわぁー! こんな恥ずかしい姿を写真なんかに撮らないでぇー!!
会場の客席に居る皆さん、無数に瞬く星のようにフラッシュを輝かせて、写真やら写メやらを、各々、好き放題に撮っている。
「デンちゃん! おるこちゃん! トベちゃん! エザちゃん! 早く起き上がろうよ! っていうか、早くボクを起こしてよ!!」
ボクの声を耳にするや否や、我がバンドおでんの四人は慌ててボクを抱き起こしたのだった。
――そして、一時的に頓挫してしまっていた表彰式は再開されて……
客席からの大歓声が続く中、優勝の表彰状を田頭久美子ちゃんが受け取り、とてつもなく大きな優勝トロフィーは卜部さんと江澤さんの二人がかりで受け取った。
――んでさ、表彰状とトロフィーを掲げてバンドのメンバー全員が大喜びしている中……
イベント司会者はボクの目前に歩み寄り、
「浅間秋さん、授賞の喜びを会場におられる皆様へ伝えてください」
と、ボクに向かってマイクを差し出しつつ言ってくれたのだった。
――はい? ボクなの? おでんのリーダーはデンちゃんなのに、ボクがおでん代表で喋っちゃってイイの?
ボクはマイクを受け取りながら田頭久美子ちゃんの顔を見てしまっている。
――ありゃま、デンちゃんは右手でVサイン掲げてるし、マイク受けとる気サラサラない雰囲気あらかさまだし。ボクに喋れって丸投げしてる合図にしか見えないし……
ボクはマイクを受けとると、会場を真正面にして立ち、会場の三階席、二階席、一階席の全てを見渡していた。
そんなボクの姿を見ると、大歓声の合唱は止み、代わりに拍手の大合奏を捧げ始めてくれた客席の皆さんだった。
「このバンド合戦の客席、空席を除けば満員な会場内ですが……」
――なんて、とりあえずボクはボケてみたんだけど……
会場からはドっと笑いがボクに返されたのだった。
「今日はクリスマスイブです。そして、今はクリスマスイブの夕方から夜に変わろうとしている頃合いで……」
何気なく腕時計を見てみたら、その針たちは17時半過ぎを指していた。
――清し、この夜……それは間もなくっていう頃合いみたいな……
「きっと、これから皆様はそれぞれのクリスマスイブの夜を満喫なさるんだと思います。その前にボクたちおでんに素敵なクリスマスプレゼントをくださいました」
――ボクの言葉に再び巻き起こる拍手の大合奏……
その有り難い大合奏が落ち着くまで、ボクは、客席を見渡しながら少しの間だけ待った。
そして、大合奏が止んだのを見計らって、ボクはおでんのメンバー全員を引き連れ、表彰台からステージ中央の客席間際まで歩いたのだった。
「ボクと河鹿薫子は最優秀作詞賞の名誉を渡されました。でも、それは田頭久美子ちゃんが作曲してくれたからこそなんです」
――そう、デンちゃんが詞を引き立たせるメロディーを付けてくれたから詞が魅力的になったんだし……
「それに、卜部さんと江澤さんが編曲してくれたから、皆さんが聞き入ってくださる楽曲になったんです」
――おっとっと! トベちゃんとエザちゃんから不意に抱きつかれちゃった! 二人とも可愛い!
「ボクも河鹿薫子も、メロディーを付けてくれる田頭久美子ちゃんが居ないとダメなんです。」
――あはは! 照れくさそうにしながら嬉しそうな顔しまくりのデンちゃん、可愛い!
「そして、ボクは河鹿薫子が居てくれないと作詞できないんです。実は、ねむり、この曲は河鹿薫子の心内をボクなりに言葉として紡いだだけなんですよ」
――うわっ! おるこちゃんが泣き出しちゃった!
急いでマイクを卜部さんへ渡したボクは慌てて河鹿薫子をお姫様抱っこしてしまう。
卜部さんはもらい泣きしそうな表情をしつつボクにマイクを向けてくれている。
「客席にいらっしゃる、お父さん、お母さん? あなたの家庭はメリークリスマスですか?」
そう言うや、ボクは会場の全てを見渡した。
――三階席、二階席、一階席、ステージ下手、ステージ中央、ステージ上手の、その四方八方の全てを……
「客席にいらっしゃる、おじいちゃん、おばあちゃん? あなたの家庭はメリークリスマスですか?」
河鹿薫子、ボクの言葉を聞きながら涙を流しつつボクの顔を見つめている。
「客席にいらっしゃる、お兄さん、お姉さん? あなたの家庭はメリークリスマスですか?」
――先程までの大喝采がウソみたいに驚くほどの静けさが包む会場内……
「ボクたちおでんは願っています。全ての人々が『ねむり』に陥らないことを願っています。全ての人々が『陽のあたる場所』へと願っています……さて、んじゃ……おでんから皆様へ、せぇーの!!」
ボクの掛け声に合わせ、おでんのみんなで、
「メリークリスマス!!」
と、会場に向けてメッセージを叫び、そこでボクたちおでんの挨拶を終わりにしたのだった。
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